2/22 8,001筆を提出 小田原市民の熱い思いを条例制定へ
                               08年23号2面 小田原無防備平和条例をめざす会  河辺邦夫
   
   8,001筆を提出!

 1月18日より2月17日までの一ヶ月間、無防備平和条例の制定を求める直接請求署名運動は最終的に署名簿1.055冊、署名総数8.001筆(法定数の2・47倍)を集め、2月22日無事小田原市選挙管理委員会に提出しました。
 署名総数8.001筆の内訳は、街頭4.786筆、受任者3.215筆で6:4の比率。街頭でも本当に多くの市民の方が署名していただきましたが、正式受任者登録65名をはるかに上回る多くの市民の方が友人や職場の仲間を訪ね一筆、一筆署名収集に協力していただいた署名であることがわかります。

  熱い思いあふれた一ヶ月

 署名最終日2月17日日曜日、エンディング集会が開かれる小田原駅東口には、集めた署名簿を持った50名を超える多くの受任者・協力者の方が集まりました。前日16日夜の集約で6.127筆であった署名数は17日になってキリスト教教会の礼拝参加者から700筆が届けられ、集会持ち込み、また、最後まで1筆でも多く集めようと駅前で署名収集する協力者の署名とあわせ1.400筆以上が積み上げられ7.593筆が集まりました。

 一ヶ月間の署名運動は私たち会事務局の予想をはるかに超える広がりでした。
 8.001筆、小田原市内有権者の20人に一人と言う数字は重く、大きなものです。職場、地域で色々な方がこの署名簿を受取り、広げ、「無防備はね・・」「ジュネーブ条約があって・・・」自分の言葉で、時には独自のリーフレットを作成しながら丁寧に対話して集められた署名数です。
 「保守的といわれる小田原でこれだけの署名が集まったことに本当に感動している。」「大きな事をやりとげた。」報告ニュースをもってお礼に伺う先々で驚きと、感動の声が寄せられます。協力していただいたスーパーの店長さんは早速ニュースを拡大したコピーを店の掲示板に張り出してくれました。小田原市民の平和を願う熱い想いがあふれた一ヶ月間でした。

  条例制定へ、自治拡大へ

 次は、議会です。早速、会事務局に加え、受任者、協力者の方も交えた相談会が3月1日開催されました。そこでは、なんとか市長、議会に対して8.001筆の市民の熱い思いを伝えて条例制定を実現していこうと、議員と市民の対話集会、要請行動と共に、市民の一言メッセージハガキを協力者に書いていただき市長、議員宛に出していこうと話し合っています。また、大きな要求として市民の方が一人でも多く議会を傍聴出来る様、「議会の土曜日開催」を要求し、市民が参加できる市議会に変えていく運動としても取り組んでいくつもりです。
 条例制定に向け、また、この直接請求運動をきっかけに小田原の市民自治がより発展する運動としてこれからの第二ラウンドを頑張っていく決意です。

            
  川崎で平和無防備都市条例の実現をめざして!
署名期間4月26日〜5月25日 

                      08年23号3面 平和無防備条例を実現する川崎の会共同代表  國井 潤
 
   会を結成しスタート

 2月23日に、「平和無防備条例を実現する川崎の会」を結成し、4月26日の署名開始に向けて新たなスタートを切りました。

   法定数超える署名は大きな力

 前国立市長の上原公子さんの記念講演では、岩国市長選挙での井原候補の支援行動を通じて、今までに無いあからさまな政府の補助金を使った兵糧攻めの中での岩国市民の闘いを熱く語っていただき、地方自治・住民自治の意義と重要性について再確認することができました。
 国立市では、それまで活動等に関わったことの無い市民が慣れない署名活動を一生懸命街角で続けているのをはらはらしながら見ていて、その姿に心を打たれたとのことです。無防備条例の直接請求署名は市民一人ひとりが住所、氏名、生年月日、さらに押印までするとても重い署名で、法定数を超える署名は大きな力になることを話され、川崎での取り組みを励ましていただきました。
 
   さっそく市民から声が

 「会」の結成報告に対して、参加者から「早く署名用紙をくれ」「各政党や、団体にもオープンに呼びかけていこう」「うちの会合でも話をしてもらいたい」などの声が寄せられました。地域から平和を築くため、私たち市民が1歩前に踏み出すことの重要性を確認し「会」結成が確認されました。
 
   市議会でも無防備活用を審議

 川崎市及び議会では、この「無防備地域宣言」について、これまでに何度か議論がされています。05年秋に、川崎市での「国民保護計画」策定を前にして、議員から「日本国憲法の定めた軍事力によらない平和への誓いを具体的に進めていくには、この無防備地域宣言しかない」との発言がなされ、無防備地域宣言規定の活用の請願も行われました。
 これに対し、市当局は「無防備地区宣言によって、本市において武力攻撃事態等が発生する危険が完全になくなることはないと考えますので、国民保護計画の策定等の国民保護法に基づく準備体制の構築については、進めてまいる考えです。」と言う回答です。請願に対する委員会審議では、賛否が拮抗しました。この請願者の方々ともいっしょに条例制定に向け準備を進めています。
 
    条例を実現するぞ!

 市との打ち合わせで、署名期間が4月26日(土)から5月25日(日)と確定し、7月下旬に臨時議会で審議する予定です。1982年に都道府県・政令指定都市で最初に「非核平和都市宣言」を行ったこの川崎市で世界で最初の条例実現をめざし取り組みます。

   
    イージス艦「あたご」の漁船衝突事故
       国民の命を守らない軍事優先・軍特別扱いが事故を招いた!
            08年23号4、5面 無防備地域宣言運動全国ネットワーク事務局
 
   衝突事故の全責任はイージス艦「あたご」にある!

 2月19日早朝、4時7分、野島崎沖の海域でイージス艦「あたご」がマグロはえ縄漁船「吉清丸」(新勝浦漁協所属)に衝突、漁船は船体を真っ二つに裂かれ沈没し、乗組員2人は海に沈んで行方不明となった。事故から約2週間経過した今も(3.2)、吉清さん親子は発見されていない。
 
 この衝突事故に関し、防衛省・海自側が様ざまな隠蔽工作を行なっているが(これについては後述)、海自側も否定し得ない事実も明らかになっている。
 @「あたご」のレーダーは30分ほど前には現場海域に漁船団を認めており(漁船団側は30分前にはレーダーで「あたご」の存在を確認していた)、遅くとも12分前には、「あたご」は漁船団を視認していたこと。
 A「あたご」は、衝突前に漁船「吉清丸」を右舷側に見ており、海上衝突防止法15条に規定する「避 航船」に当たる船舶として、「吉清丸」(同法17条に規定する「保持船」)を回避する義務を負っていたこと。
 Bところが、「あたご」は、回避義務を果たさず、衝突1分前まで自動操舵で航行していたこと。その時、艦長は艦橋におらず仮眠中であり、衝突後に「艦内マイクで"衝突"という意味の放送があり、上に上がった」(2.27記者会見発言)ということ。
 C救助作業を開始したのは事故13分後であり、海上保安庁への事故通報も16分経過後であったこと。
 以上の事実から判ることは、事故の全責任はイージス艦にあり、漁船側には落ち度はなかったということである。現場海域はタンカー、コンテナ船、商船、漁船などが多数航行する「過密地帯」であるにもかかわらず、イージス艦は自動操舵を漫然と続けていた。

 東京湾には年間約28万隻の船舶が入港し(1日当たり平均760〜770隻)、「通行量は世界でも3指に入る」(日本財団・吉田氏)、ところがイージス艦の艦長はそれについて明確な認識を有していなかった(「(現場海域について)漁船が多いという認識がなった」2.27記者会見)。漁船を右舷に視認してもなお自動操舵を続け、一切の回避義務をとらなかった。しかも責任者は寝ていた。どれも許されることではない。

   軍事優先・軍特別扱いが事故を招いた!

 では、なぜ「あたご」はこのような事故を引き起こしてしまったのであろうか?一言で言えば、軍事優先・軍特別扱いが事故を招いたのである。

 先ず、確認すべきは、上述したような「過密海域」に横須賀港という軍港を設置すること自体が問題であるということだ(「あたご」の母港は舞鶴港)。既に1988年に潜水艦「なだしお」が遊漁船を沈没させ、30人を死なせるという大事故を起こした時に、東京湾口に軍港を置くことは誤りであると指摘されていた(注:"そもそも"論で言うならば、横須賀を含む4軍港(鎮守府が置かれた軍港)は、戦後、平和港に転換させることが決定され、1950年には旧軍港市転換法という法律まで制定されたのであり、このような軍港が存在すること自体がおかしいのだ!)。しかし、この指摘は無視され、海上自衛隊は増強の一途をたどり、横須賀港は海自、米海軍が自由に使える軍港としての地位をいっそう強固なものとした(米軍・自衛隊艦船50隻が母港にしている)。戦前の「軍港」という「歴史」を復活させ、自衛艦に「特権的な地位」を事実上付与してしまったことが事故の背景にある。
 
 第2は、自衛艦が「治外法権」となっている事実である。

 「あたご」は海上衝突防止法を守らなかったが、他の幾つかの法律は初めから適用外とされている。船舶安全法で3千t以上の船に装備が義務付けられ、航海レーダーや船内会話等を記録する「航海情報記録装置(VDR)」は、自衛艦がこの法の適用を免れているため装備されていない。自動操舵装置の適正使用などを定めた船員法も自衛艦だけには適用されない(注:この外に船舶法、船舶職員及び小型船舶操縦者法等も不適用)。このような自衛艦特別扱いは、軍事機密秘匿が理由とされているが、このことが結果的に自衛艦及びその乗組員から"法を守る"という意識を希薄化させている。
 
 第3は、「国民を守る」ということが組織規範となっていないことである。
「なだしお」事件でも、今回の事故でも乗組員は「漁船側が避けてくれると思った」と言っている。そして、事故後、両事件とも、事故を起こした自衛艦側は直ちに救助活動に入るという当然のことをしていない。今回の事件では、捜索に当たるべきヘリコプターを、航海長を事情聴取のため防衛省に呼びつけるために使用した。命は二の次なのである。
 何の役にも立たぬことが明白なミサイル防衛‐SAM3発射訓練、米軍との合同演習などには熱心だが、国民の命を守ることは彼らの埒外にあることが今回の事件を通じて改めて明白となった。そして、自衛隊が海外派兵を主任務化し、米軍との一体化への道を進んで行けば行くほどこの傾向は強まる。

   真相究明を、自衛艦の特権的地位の剥奪を!横須賀港を平和の港に

 なだしお」事件の際、海上自衛隊は「なだしお」の航海日誌を改ざんした。
今回の「あたご」事件でも防衛省‐海自は隠ぺい工作を行い、ウソを重ねている。「吉清丸」の発見時刻、海上保安庁の了解抜きの事情聴取とそこでのやり取り、乗組員の飲酒、等。どれも真相は明らかとなっていない。防衛省‐海自は今も必死に「ツジツマ合わせ」に躍起となっている。
 
 従って、このような事故を起こさせないためには、先ず事故の真相を究明しなければならない。国会での追及、海難審判庁での徹底審理、これらを国民監視のもとに進めさせることが問われている。
 第2に、先述したような自衛艦の特権的な地位を剥奪し、最大限一般法のもとに置く必要がある。そして、それらの法を遵守させるとともに、自衛官に安全教育を徹底させ、安全航行の義務を果たさせなければならない。 
 第3に、東京湾を平和の海域に、横須賀港を平和港に変えていく必要がある。
超「過密海域」の東京湾口に軍港を置くことが問題の根本にあり、野島崎南方海域に広大な海自の射撃訓練場「C区域」を設けるなどということもあってはならない。民間船舶の安全航行を損なうような軍事優先主義を今こそ撤廃していかなければならない。
 そして最後に、イージス艦はいらない、廃船にするということである。北朝鮮のミサイル問題は、核問題とともに6カ国協議の枠内で解決すべきであり、ミサイル防衛は百害あって一利なしだ。イージス艦「あたご」の事故は図らずもそのことを白日のもとに曝け出した。「あたご」は廃船しかない。
    
      寝屋川を市民の声が届く平和な町に9月中旬直接請求へ
      
                  08年23号6面  寝屋川市 戸川博行

  
   準備会を結成

 大阪府の寝屋川市で、「平和無防備条例をめざす寝屋川市民の会」(仮称)の準備会を三月二日に立ち上げました。
 寝屋川市とは、大阪府の北河内地域(大阪市の北東に位置し淀川の南側の地域)にある市で、〇四年に無防備条例の直接請求署名運動を取り組んだ枚方市の隣の市です。人口は約二四万五千人、有権者は約二〇万人で、北河内地域では枚方市に次いで二番目の規模の市です。

   市民の平和への思いが行政に届いていない現実を変える

 寝屋川市内で有事法制反対の取組みやイラク写真展をしていた教員の仲間を中心に、大阪市や枚方市で無防備条例の直接請求署名運動を取り組んだ仲間も加わり、〇七年の秋頃から数回の相談会を持ってきました。
 北河内地域では、今年一月に七市合同の自衛隊も参加した国民保護計画に基づく机上訓練が行なわれるなど、戦争国家作りの具体化の動きが顕在化してきています。
 また、寝屋川市では市民運動も廃プラ施設反対運動はあるが、国民保護計画のパブリックコメントの取り組みなどで、行政当局や議会も含めて地域での平和の取り組みが弱く、市民の平和の思いが行政当局に届いていないことなどが明らかになってきました。
 こうした現状の中で、「平和な町寝屋川市」「市民の声が届く寝屋川市」にするためにも、平和無防備条例の直接請求運動に取り組む意義があるのではないかと論議し、〇八年に直接請求運動にチャレンジしようと意見がまとまってきました。

   2名の市議も激励

 三月二日の準備会では、澤野義一(大阪経済法科大学教授)先生より、「無防備地域運動を地域で取り組む意義」についての講演と、「無防備地域宣言PART2 平和をつくる」のビデオ上映を行いました。また、二名の市議会議員も集いに駆けつけてくれ、この運動への期待と連帯のあいさつを頂きました。今後の予定としては、五月に「会」を正式に立ち上げ、九月中頃から直接請求署名運動に踏み出す予定です。
 条例案の検討や市民に「平和無防備条例」を広げる活動、署名を一緒に集めてくれる受任者の拡大など課題は山積です。枚方市に続き、北河内での2番目の取り組みとなる寝屋川市での直接請求署名運動を成功させるため、頑張ります。
 全国ネットをはじめとした全国の仲間の皆さんのご支援をよろしくお願いします。
       
   劇作家 井上ひさしさん 無防備地域宣言運動を熱く語る!08年23号7面 
 
 9条の会呼びかけ人で作家の井上ひさしさんが、毎日新聞紙上(2月4日夕刊)で無防備地域宣言運動を「「9条を守れ」から「半歩でも前に」へ」進める運動として広く呼びかけています。(以下抜粋)

「(井上) これまで「9条を守れ、憲法を守れ」と声をあげ、「戦争をしない、交戦権は使わない」といった否定路線を守ってきた。そこで痛感したのは、100%守っても現状維持なのですね。守れ、守れというだけでは先に進まない。だから今年は「する」に重きを置きたい。一歩でも半歩でも前に進む、そのように我々の意識を変えていきたい。

 「守れ」から「する」への転換ですね。具体的には。

(井上) たとえば、ジュネーブ諸条約に基づく「無防備地域宣言」の条例制定運動です。無防備地域の考え方は憲法9条の非武装平和主義にうながされてできました。動く武器、つまり兵隊がいない、固定された軍事基地は封印する、市民に戦う意思がないなどの条件を満たす「無防備地域」であることを宣言した場合、国際条約によって攻撃を禁止しています。こうした平和地域を日本全国のあちこちに誕生させたいのです。

 全国で約20の市町村で直接請求が行われました。しかし、すべての議会で否決されています。

(井上) 強調したいのは、これは国際条約で、日本政府も2005年3月に批准している。憲法98条の2項には、こう明記されています。「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守(じゅんしゅ)することを必要とする」。だから、国際条約は国民の名誉にかけて守るといった気概を見せて、国際的に認められた特別の平和地域をつくれるように、そのことに理解と共感を示す議員や市長を選んでいきたい。

 政府と自治体は一線を画す、ということですか。

(井上) そうです。権力と我々の主権とを分けることが実は大事なのです。戦争を起こす主体は常に政府で、決して国民ではありません。そんな政府に、主権者の国民が絶えず批判を加えていくのが国民主権の基本的枠組みです。ところが国家と国民は一体という幻想があって、国が何かやるとき国民は協力しなければならないんだと考えてしまう。しかし、昨年夏の参院選では、時の政府・為政者と国民は別なのだと示したと思います。「美しい国」はうさん臭いと分かった。(以下略)
  
   札幌短信  平和事業係長を新設・予算も5倍増  でも  08年23号7面 
 
 上田札幌市長は、「『無防備平和条例』制定の条例案は市議会で否決されたが、直接請求を求める署名が約4万人に上ったことを重く受け止め、平和担当係長を新設する。」(1/31定例記者会見)とし、これまでの平和事業予算200万円を、5倍の1千万円に増額しました。
 2月25日札幌市総務局行政部にいきました。「市民まちづくり局地域振興部に平和係長が新設され担当する。」
 ここまでは、いいのですが、「来年度予算は時間がないので急ぎ決定された。PMF音楽祭と洞爺湖サミットに原爆展で協力する」とのこと???政府主導のサミットにお金を出すくらいなら、市民主催のサミットに協力すべきではないか。音楽祭よりももっと平和に直結する事柄があるでしょう!と話しました。予算編成の時間が無いなどとは職務怠慢です。まちづくりの基本は戦争のない平和なまちにすることであり、市民の意見を取り入れさせ、戦争に協力しない市民の平和活動を活性化させたいと思います。

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