4/25(金)〜5/25(日) 全国から支援を!
                       川崎市、尼崎市で無防備署名スタート!

                                                     08年25号2、3面 
   
 [川崎市


  川崎市では、当初4月26日から署名開始の予定でしたが、予定より早く市長の証明書がされたので、急遽、25日から署名体制を組みました。十分な体制が組めない中でも初日600筆集まり、順調なスタートを切ることができました。

  平和・非軍事でこそ福祉・医療を充実できる!

 市民の反応は上々。多摩区や中原区では、「平和の署名ですね。」と署名をしに駆けよってくる方、「こういう地道な運動が大切」「ジュネーブ条約がこういう風に使えるんですね。」等、川崎市民の平和を求める声を改めて感じました。
 高津区では、「戦前は、ここに軍需工場の土地だった。川崎市にはもっと年金や福祉のことをしっか
りやってほしい。」と署名してくれる人がいました。
 高齢者で署名してくれた方からは、「もう我慢できない。老人党を作ってでも今の政権を変えていきたい。」という怒りの言葉をたくさん聴きました。年間5兆円の防衛費、イージス艦は1,400億円。維持するのに年間30億円。これをやめさせれば後期高齢医療制度など廃止できるという話のなかで、「福田内閣はひど過ぎる!辞めさせるべき。」「年寄りは死ねと言っているようなもの。」の声続出。街のなかには怒りが溢れています。平和・非軍事こそ福祉・医療を充実させるものと実感しています。

 また、自衛隊員のお母さんから、「入隊するときに海外に行くことは考えなかったし、聞いてもいない。行かせたくない。派兵されたら現地に行ってでも連れ戻したい。この運動が成功するように願っています。」と署名された例もあります。
 
  軍隊のない世界を

 5月6日には、9条世界会議のゲストであるスイスのクリストフ・バルビー(軍隊のないスイス運動 弁護士)さんをお迎えして、「軍隊のない世界へ」の集いを開催しました。参加した請求代表者の方から、「ピースゾーンという言葉に感動した。心の中に、家庭に、近所同志にピースゾーンがいくつもの輪となってつながり世界に広がる。川崎は、軍需産業を持つことを口実に攻撃された。軍需産業が人を殺す産業なら、平和産業は人の命を救い育てる産業。川崎に平和産業を育てる取り組みを進めたい。」と発言がありました。

  全国から支援を!

 川崎市の署名数は、5月6日現在 11,948筆、法定数(22,000筆)の54%です。会では無防備署名を大きく成功させるため奮闘します。全国の皆さんのご支援をお願いします。

  [尼崎市]

 尼崎で条例制定の署名運動が始まりました。市役所前をはじめ、商店街・スーパー前で進めています。

  ちょっとした町おこしやな
 何も言わなくても寄ってきてペンを取ってくれる方や、「平和は当然やけど後期高齢者のことも言うて」「政治はメチャクチャやな、署名なんか役に立つんかいな」という声にも対応しながら集めています。借りている事務所の大家さんも受任者になり、アパートの一人一人を順番に連れてきてもらったり、商店街の半分近い方から協力を頂くなど「ちょっとした町おこしやな〜」といった話題も起こっています。

 請求代表者の宮城さんは、沖縄県人会の有志の皆さんや保育園関係者にも訴えておられます。阪神医療生協の平和委員会の皆さんも受任者となり、診療所やデイセンターで利用者や組合員の方の署名協力を広げています。しかし、順調に進んでいる中で受任者の数が100程度というのは大きな問題です。期間後半に署名簿がどんどん届くように受任者登録や署名の持ち帰りを働きかけています。
 
  法定数突破!3万筆へ!

 こうした取り組みで、5/7現在7,713筆となり、法定数(約7,700筆)を突破しました。
 5/3には毎日新聞に尼崎の運動を丁寧に取材した記事が掲載されました。マスコミの影響力も期待しながら、目標の3万筆を目指したいと思っています。5月3日の集いでは、西宮市議会で無防備条例に賛成の論陣を張った西宮市の森池議員から話を聞きました。署名をどんどん積み重ね、議会を動かし条例を実現したいと思います。

            
  [札幌短信]    無防備地域宣言運動・北海道(準備会)結成!
                        
 
08年25号3面
                      
 
 4月26日(土)札幌市で、無防備地域宣言運動・北海道準備会が結成されました。
 これは、札幌市での無防備運動を踏まえ、無防備平和条例直接請求運動を北海道で大きく広げるためのネットワークとして設立されものです。実際には、無防備運動をやりたい気持ちはあっても、なかなか踏み出せないのが現実。そこへ準備段階からともに学び、交流・援助をしながら、一人の非戦の気持ちを直接請求運動でその地域全体の声にしていくためのものです。
 札幌市、石狩市、江別市から共同代表が選出され、今後全道に呼びかけて、6月14日に結成集会を開催します。

   北海道ネット設立集会
★6月14日(土)午後1時〜
★札幌北光教会
★講師 澤野義一(大阪経済法科大学教授 憲法学)

   
    無防備地域を無数に増やして憲法の永世中立宣言実現を
                井上ひさしさん、松浦悟郎さんが熱く訴え
!
                                     08年25号4、5面 
 
 神奈川県川崎市の無防備直接請求署名開始一週間前の四月十九日、同市多摩区の明治大学生田校舎でカトリック正義と平和協議会会長・松浦悟郎さんと作家の井上ひさしさんを迎えて集いが開催された。題して「戦争を無くす、二十一世紀の新しい平和の創造」。約三百人の参加者は二人の講演から、無防備宣言が可能であり、情勢からも一層その意義を高めていることを確認し、川崎署名運動への決意を新たにした。

 集会は主催者を代表して請求代表でもある国井潤さんのあいさつから始まった。前々日(4/17)名古屋高裁で出された自衛隊イラク派兵違憲判決に触れて「こうした動きも力にして非武装・無防備の平和なまち川崎を作りましょう」と呼びかけた。
 
   [松浦悟郎さん]
 
  無防備運動は市民が主体的に取り組む対案の運動

 八四年の大阪無防備署名以来各地の無防備運動に支援を寄せてこられた松浦さんは、「ジュネーブ条約を憲法九条と結び合わせて地域で平和を実現していくこの運動に大きな意義と展望を見出している」と切り出され、三つの点でそのことを説明された。
 先ず、この運動が市民一人一人が主体的に取組む運動であること、「私たち」の前に「わたし」があって運動が始まり、ひろがっていることがすばらしい。二つ目にはこの運動はオルタナティブ(対案)を持った運動。「地雷ではなく花を植えましょう」と、できることを呼びかけ次から次へと広がっていく。そして三つ目には、連帯が生まれ輪が広がっていること。
 その上で、この運動は地域の取り組みから全国レベルの問題に直結している、武器も基地も持たないことが本当の安全、平和であることを全国、世界に広げて行こうと呼びかけられた。

  [井上ひさしさん]
 
  地域が無防備地域宣言をして、これが無数に増えて、憲法の永世中立に近づく

 つづいて立った井上ひさしさんは、二十世紀は戦争は違法であり、正しい戦争は一つもないことを確定した世紀だと規定した。
 その上で、この世紀の初頭一九〇七年には第2回ハーグ平和会議が開かれて「中立国の権利と義務」が確認されていること、第二次世界大戦中にはこれに基づいてスイスやスウェーデン、スペインなど六つの国が中立を宣言し戦争に巻き込まれない、攻撃されない権利を行使していることを紹介した。

 また、パリ、ローマ、マニラで実際に無防備を宣言したオープンシティーン(無防備都市)もあったことも。つまり、無防備地域宣言が国際法で約束事になったのは一九七七年だが考え方は一九〇七年のハーグ会議からあったと言うこと。

  「宣言は国のみ」は成立しない

 藤沢市はじめ多くの自治体で条例案否決の理由に「宣言は国がおこなうもの」とか「宣言しても効果がない」とか言うのはおかしい。だいたい、国が戦争しているとき、地域がいやだと′セうのを「国がする」と言うのは論理的に成り立たない。

   無防備でしか守れない

 憲法はもともと永世中立宣言。地域が無防備宣言をやって、これが無数に増えていくことで憲法の永世中立に近づいていく。
 「無防備」と言うと、「攻められたら…」とか「きれい事では…」と言う人がいるけど、戦争になったらみんな死ぬんです。だから自分で守らなきゃいけない。食料自給率三九%、エネルギー四%で戦争できる国ではない。そこからも無防備宣言でしか守られないのです。
 井上さんは、イラク戦争に行っているアメリカ軍の民間戦争会社は中世傭兵隊に似ているとか、歴史のエピソードなどユーモアを交え一時間二〇分の熱弁、会場は沸いた。

   川崎署名請求代表者が決意

 講演の後壇上に揃った五人の請求代表者から一週間後に迫った直接請求署名に向けた決意表明と呼びかけがなされた。
 明治大学教員の生方卓さんは沖縄前島の調査活動の経験を踏まえこの川崎でも是非成功をーと。ぐらす・川崎の木村雅子さんからは一人でも多くの方が受任者にビラまきにと熱っぽく呼びかけられた。会代表の国井さんに続いて、多摩平和サロンの須見正昭さんから旧陸軍登戸研究所の保存運動と同一線上の運動としてと、そして小田原無防備署名にも参加された川崎教会の滝澤貢さんからも決意が語られた。
 さらに、つい二ヶ月前の署名運動で大きな成功を収めた小田原市からも激励のメッセージがあり、「実現する会」高畑事務局長からは実際の署名活動に当たっての具体的な諸注意、説明もされた。この集いで、川崎無防備署名は一気にスタートラインに立った。

    
      名古屋高裁イラク派兵違憲判決と憲法を踏みにじる
                          国民を守らない自衛隊トップの正体
       今こそ、国際法に基づき平和的生存権を実現する無防備運動の拡大を!
      
          08年25号6、7面  無防備地域宣言運動全国ネット事務局

  
 4月17日、名古屋高裁はイラク自衛隊派兵違憲訴訟において、原告の請求自体は棄却しながら、イラクへの自衛隊派兵についてはこれを憲法9条1項に違反すると断罪する判決を出した。
 自衛隊の活動を違憲とした裁判所の判断は、73年の長沼ナイキ訴訟(北海道長沼町へのミサイル基地建設をめぐり提訴)札幌地裁判決以来であり、9条にかかわっての確定違憲判断としては、憲法施行61年にして初となる。

    イラク派兵は憲法・特措法違反

 「バグダッドは国際的な武力紛争の一環として人を殺傷し物を破壊する行為が現に行われている地域」「現代戦では輸送などの補給活動も戦闘行為の重要な要素」「多国籍軍の武装兵員の空輸は他国の武力行使と一体化した行動で、自らも武力を行使したとの評価を受ける」―よって、武力行使を禁じたイラク特措法・憲法に違反、と結論づけた。

    平和的生存権は具体的権利

 さらに注目すべきは、「平和的生存権」を「憲法上の法的な権利」と認めたことだ。「すべての基本的人権の基礎にあってその享有を可能にする基底的権利」であって「裁判所に保護・救済を求め法的強制措置の発動を請求できる具体的権利性がある」と明言した。しかも、「戦争や戦争の準備行為で生命・自由が侵害され被害や恐怖にさらされる場合、また、戦争遂行への加担・協力を強制される場合は、差し止め請求や損害賠償請求ができる」として戦争の被害者になることだけでなく加害者になることも法的手段をもって拒否できるというところにまで踏み込んでいる。

    「そんなの関係ねえ」と憲法踏みにじる航空自衛隊トップ

 この判決は、戦争推進勢力に衝撃を与えた。
 なかでも驚いたのはこの判決に対し航空幕僚長・田母神俊雄が発した言葉である―「そんなの関係ねえ」。田母神は、記者会見でこの判決についての受けとめ方を問われ、「私が〔隊員の〕心境を代弁すれば『そんなの関係ねえ』という状況だ」と答えたのである。
 イラク・バグダッドにおける空自の活動、とりわけ武装米兵を輸送する活動が、明確にイラク特措法、憲法に違反するとの司法判断に対し、このような回答をするということは、彼が憲法にも司法判断にも従わない、縛られないという立場を明確にしたに等しい。これは憲法99条=公務員の憲法尊重擁護義務に明白に違反するものだ。このような公務員は即刻罷免するべきである。
 
    人権・人道法守る意思なし

 そして、さらに重要なことは、田母神という自衛隊幹部(制服組トップ)は、およそ憲法に規定された人権、国際人道法の諸原則を守る意思のない人物であると言う事実である。このことを日刊『ゲンダイ』(08.4.22付)が暴露している。田母神は、「昨年5月にも、人道上問題となっているクラスター爆弾について、日本国民が被害を受けることになっても、『島国日本の防衛に有効』と言い放って」いた。さらに、「自衛隊のサークル誌に寄せた論文では、親自衛隊派と反自衛隊派の日本人を同じに扱うのはおかしいとして、『新自衛隊派をえこひいきしろ』と書いていた。『我々は今、日本国内において反日的グループとの冷戦を闘っている』という認識も披露し」ていたというのである。
 先の「そんなの関係ねえ」という言葉が、発せられても不思議ではない人物なのである。東京を焼夷弾などによって焼き尽くし、広島・長崎への原爆投下作戦を指揮したカーティス・ルメイ(1964年に航空自衛隊育成の功績により勲一等旭日大綬章を授与されている。ヒロヒトによって!)によって創設され、育成された航空自衛隊は、今やこんな人物をトップに仰ぐ集団となっている。

    ファシズムに傾倒する人物が自衛隊のトップ〜統合幕僚長

 もう一人、自衛隊にはとんでもない人物がトップに据えられている。齋藤隆統合幕僚長である。
 彼は、「親子三代続く海軍一家で、戦前の『国家改造運動』の影響を受けた最後の世代」である。そして、齋藤は、「舞鶴地方総監時代から海上勤務から戻ると再三上京しては民間人らとの会合で『国家革新』の"アジ演説"を繰り返していたことで治安当局の監視対象になってきた」。「それが内局の人事チェックをくぐり抜け、横須賀地方総監、海上幕僚長、遂には統幕長にまで登りつめたのである」(『世界』08年5月号「海自スキャンダルの底流」川邊克朗、『世界』07年7月号「瀕死のシビリアン・コントロール(1)」川邊克朗)。齋藤がこのような人物であることは、防衛庁内局も治安当局もよく知っていたのである。この齋藤を多くの反対を押し切って統幕長に起用したのは前防衛事務次官の守屋であった。戦前の軍ファシズム運動に傾倒するような人物が、汚職、防衛疑獄の事務次官によって登用され、文字通り自衛隊のトップに「君臨」している。そして、この齋藤の後を襲って統幕長に就任するのは、田母神であると言われている(『世界』07年7月号、川邊論文)。これがニッポンの自衛隊である。
 
     自衛隊は国民を守らない

 憲法遵守義務に確信犯的に背を向け、戦前の軍ファシズム運動の「承継者」たらんとする者がトップに据えられているニッポンの自衛隊。このような人物に率いられる自衛隊が、国民を守るなどということがあり得るだろうか?あり得ない。自衛隊保全隊による市民運動の監視・スパイ活動、沖縄県・名護辺野古沖への掃海母艦「ぶんご」の出動など、自衛隊の違法・超法規的活動は守屋やこのような制服組トップによって指示・指揮されているのである。

 自衛隊幹部の思想傾向、その動向について我々は窺い知ることは難しい。しかし、小渕元首相(故人)は、1998年9月の防衛部品を巡る背任事件で、防衛庁(当時)が東京地検特捜部の家宅捜査を受けた際に、側近らに「調本(調達実施本部)を叩いて大丈夫か」と心配したと言われる。そして、その理由を問われると、小渕は銃を撃つ構えをして見せたとのことである。
 「凡人首相」「真空総理」と言われた小渕であったが、自衛隊クーデターを「懼(おそ)れ」る感覚は持っていたのである(『世界』07年7月号、川邊論文)。

     高まる無防備運動の意義

 日本には軍事オンブズマン制度はなく、自衛隊の"闇"に切り込むメディアも稀である。しかし、自衛隊の現場、下級隊員はトップとは異なる感覚のもとで生活し、仕事をしているはずである。そのことを手がかりに自衛隊の活動を監視し、文民統制から外れることがないようチェックしていく取組みが求められている。
 そして、名古屋高裁判決で輝きを増した「平和的生存権」を国際法に基づいて実現していくのが無防備地域運動にほかならない。イラクから自衛隊を撤退させよう。川崎市・尼崎市での直接請求を大きく成功させよう。


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