【 寝屋川市】 議会条例審議は寝屋川を変えるチャンス
                                 寝屋川市実現する会 山口一郎   08年30号2面
   
 
市民要望握りつぶす市長室


 10月24日、法定数の2倍を超える7,971筆(有効数7,274筆現在縦覧中)の署名を選管に届けると同時に市長面談を申し入れました。ところが市長室は、「日程が合わないから」という理由で拒否してきました。5年前の直接請求(3市合併問題)の際には市民とあって懇談しているのに。しかも、11月12日の交渉では、我々の申し入れに対して、市長に直接伝えず、事務方で勝手に握りつぶしたということも判明しました。空いた口がふさがらないとはこのことです。現在、再度市長面談を申し入れているところです。

  市民の声を聞く市政に変える

 11月15日には、署名の取り組みを振り返り、今後の議会対策をはじめ、どのように運動を進めていくか考える「つどい」を持ちました。つどいはマジックの披露あり、ヴィオラの演奏ありという和やかな雰囲気でした。参加者からは、「広島の被爆者の聞き取りをしている。原爆を教えられていない広島の子どもさえいる中で、広島をどう伝えていくかが課題」「署名受任者に電話したが、皆反応が良い、寝屋川を変えていくチャンス」という声がありました。
 この市民の共感を力にして、市民の声を聞く市政、市議会にしていきたいと思います。

            
    【京都府精華町】町議会で軍民分離と弾薬庫を焦点に充実した議会審議を!
  
                無防備・平和都市精華をつくる市民の会   中田光信  08年30号2面 
                      
 
     
 精華町の「平和・自治基本条例」は、12月10日開催の定例議会で審議される見込みです。
 
 これに先立ち11月14日、どうすれば議会を動かすことができるかの論議を深めるため、元国立市長の上原公子さんを招いて「平和を生み出す自治のちから」と題してつどいを開催しました。上原さんから「国民投票法ができ、教育基本法も改悪された今日、イラク訴訟の高裁判決に示された平和的生存権の「具体性」を根拠に、地域が自ら立つという選択をして地域力をつけていくことがこれからの重要な闘い」と今後の運動の進め方についてアドバイスしていただきました。
 また、フロアーからは、弾薬庫のために土地を奪われた当時を知る人の証言の掘り起こしてはどうか、弾薬庫が「学研都市」の真ん中に位置していることについての政府見解を明らかにさせる「質問主意書」を出してはどうか、各議員がどんな発言をしたかを全戸配布ビラにして市民に知らせて議員に圧力をかけてはどうかなどの意見が出されました。

 そして、普天間飛行場について、米軍が自ら定めるクリアーゾーン(土地利用禁止区域)に違反して
軍用機の離発着を行っている事実を宜野湾市長が暴露して「普天間飛行場の安全不適格宣言」を発し米軍の責任を追及した例を参考に、弾薬庫の安全問題について取り上げてみてはどうかなど、弾薬庫を本当に無くしていくためには何が必要なのかを中心に据えた実りある条例審議を作り出していく方向性を確認することができました。

   
   【大阪府吹田市】 やるぞ!来年4月直接請求署名へ 吹田の会結成!
  
                                           08年30号3面
                   
 
  1月15日(土)「戦争に協力しない平和な街づくり 平和・無防備条例をめざす吹田の会発足の集い」が約50人の参加で開催され、来年4月直接請求署名開始へ向けてスタートが切られた。

   平和と市民自治をつくる

 集会では、前国立市長で無防備全国ネット共同代表の上原公子さんから講演を受けた。「この無防備条例化運動は、4年半の間、否決されても全国に広がり続けている。他に例を見ない意義ある運動。この運動で憲法九条改憲の国民投票に、必ず『×』を投ずる人々を生み出している。…市民一人一人が街角に立ち語りかけ拡げていける。自分たちで作っていく運動、楽しくやりましょう!」と九条の内実をつくり市民の自治を作り出す運動として会を激励された。

 また、尼崎市の会から、参考人招致から7月臨時議会と9月定例議会と2会期に渡って充実した審
議を作り出した報告がされた。

    来年4月スタートへ

 それを受けて、吹田市の会準備会として活動してきた方々が発言。
 「直接一人一人に問いかける非常にいい運動と思っているが、何度も吹田でほんとにやれるのかな―?と迷い、話し合って一年半準備してきた。歩みは遅いかもしれないが、『やろう!』とスタートしたら後へは引けない、今日集まった人たちと一緒に学習し、やって行きたい。」「この署名を通じて市民の力をどれだけ高めていけるか、そのために街頭でどれだけの人に語りかけられるか。来年4月25日(土)からスタートしたい。」と力強い決意が表明された。

 正式に結成した「吹田の会」では、これから条例案づくりや市民への宣伝、幅広い学習会を開催す
るなど取組みを強めていく予定である。
    
      
消防庁国民保護運用室と国民保護計画で交渉
    国際人道法の軍民分離原則の前に欠陥否定しきれず立ち往生
 
                                           08年30号3面  

  
 無防備全国ネットワークでは、10月27日に行なわれた中央ワンデイアクションで、総務省消防庁と交渉を行なった。

    軍民分離で国民保護計画を追及

 国民保護法に基づく自衛隊の住民避難誘導が軍民分離を定めたジュネーブ条約違反であり、自衛隊派遣を計画に盛り込むなという要請に、国民保護運用室の岡田係長が対応した。今回は、国民保護法の所管である内閣官房に要請したにも関らず、これまでと同様に消防庁が要請を受けたもの。
 消防庁は、「自衛隊の運用によって違反にならない」とごまかしたが、ジュネーブ条約に規定する「軍隊とは別の護身用小火器のみ携帯した国民保護専任部隊」に敵殲滅に出動している自衛隊をどう運用するのかという問いに「運用については防衛省の所管」と無責任にも逃げた。さらに運用したら違反にならない根拠を示せという追及には「法の解釈権限は消防庁にない」というあきれ果てた対応に、参加者から「それなら要請を受けるな!」と怒号。消防庁は立ち往生した挙句、内閣官房にこの内容を伝え、内閣官房がなぜ今回要請を断ったかを私たちに明らかにすると約束した。
 消防庁が実質的に国民保護法の欠陥を認めたことを再確認した要請であった。


     
田母神論文は言論クーデタだ! 
   前空幕長田母神らを生み出した戦争国家づくりを止めよう!
    
                            全国ネット事務局 08年30号4面〜7面  

   国会で改憲・集団的自衛権行使を主張

 (1)参考人質疑で持論展開

 11月11日、論文「日本は侵略国家だったのか」執筆により空幕長の職を解任され、「定年退職」となった田母神前空幕長が参議院外交防衛委員会に参考人として招致され、質疑が行なわれた。この中で田母神は「持論」を臆面もなく展開した。曰く―
 「(憲法を)いまは改正すべきと思っている」「国を守ることについて意見が割れるようなものは直したほうがよい」
 「私の書いたものは、いささかも間違っているとは思っていないし、日本が正しい方向に行くためには必要だ」
 「自衛官も言論の自由が認められているはずだから、言論の自由が村山談話によって制約されると、いうことではないんではないか」
 「(統幕)学校の中ではですね、いろんなことを議論、学校の中だけですから、例えば専守防衛という決められた枠から我々がはみ出て行動するとかいうことではないわけですね。だから、それを、結局、議論して、自由に議論しましょうということですね」
 「びっくりしているのは、『日本は良い国だ』と言ったら解任された(こと)。『日本は悪い国だ』という人を(幕僚長に)就けなさいということだから」
 「(文民統制を)これだけ徹底していてまたやるとなったら、ほんと、自衛隊は動けなくなります」「そういう言論統制が徹底したような軍にはですね、自衛隊をすべきではないと思います」
 「(社民党・山内徳信議員の「集団的自衛権も行使し、武器も堂々と使用したいというのが本音ですね」との問いに対し)ええ。私はそうすべきだと思います」
 以上のように田母神は、「我が国が侵略国家だったなどというのは濡れ衣だ」などという歴史の事実に全く反する論文を勝手に執筆・公表したことについて、何の反省もなく自らの「正当性」を主張した。そればかりでなく改憲、集団的自衛権行使の必要性について公然と認めた。まさに「確信犯」として問題論文を執筆し、防衛省の懲戒免職処分を拒絶し、国会質疑に臨んでいる。
 何故、田母神がこのような行動に出たのか、出ることができたのか?

 (2)これは自衛隊内歴史修正主義派の言論クーデタ

 田母神が「最優秀賞」を受賞したアパグループの懸賞論文「真の近現代史観」には、彼以外に航空自衛隊員を中心に97人もの自衛隊員が応募していた。それは空幕教育課がファクスで懸賞論文に応募するよう通知を出し、空自小松基地・第6航空団では司令が幹部に論文を執筆するよう指示をしていたからである。同航空団では62名分の論文をまとめ、内容をチェックした上で応募するということまで行なっていた。アパグループの懸賞論文への応募は完全に組織的なものであったのだ。
 
 そして、田母神がこの行動によって狙っていたことは、侵略戦争・植民地支配についての「政府見解(=村山談話)」を否定、旧日本軍−自衛隊の「正当性」を公然と打ち出し、改憲・集団的自衛権行使・攻撃用兵器保有を自衛隊トップとして公言することを認知させる、ということであった。
 空自トップが「決起」し、それに佐官・尉官級幹部が続く、このような動きを進めることで、「言論統制」からの「自由」を確保し、自衛隊=軍の政治への介入権、政治的発言権を確保する、これはまさしく言論クーデタというべきものである。
 
 田母神がこのような行動に出るまでには、「前史」があった。田母神は、自衛隊統合幕僚学校長時代(02年12月〜04年8月)に、一方では自ら空自隊内誌『鵬友』に「航空自衛隊を元気にする10の提言」なる文章を寄稿し(03年7月号から04年7月号にかけて)、他方では、幕僚学校の課程の中に「歴史・国家観」講座を組入れていた。『鵬友』−「10の提言」では、次のように書いている―

 「時代は大きく変化している。……今有事法制が国会を通過する情勢になり、いよいよ自衛隊が行動する時代になってきた」「東京裁判の呪縛から日本国民も少しずつ解放され、自衛隊に対する国民の期待も高まりつつある」「国民の国防意識を高揚するのも自衛隊の任務だと考えた方がいい」(03年7月号)「国民の国防意識の高揚と言う第2の戦場における戦いは、自衛隊はこれまで総理大臣や政治家の戦いだと思ってきた。しかしこれからは、各級指揮官や基地司令等がこれを第2の戦場における戦いと位置づけて勝利を追及することが必要」「これから部隊指揮官等に配置される皆さんは、この国を愛する正しい国家観、歴史観を確立して、部下隊員を指導するのはもちろんのこと、部外における講演などでも国民を啓蒙する気構えを持って頑張ってほしい」(04年3月号)「10年後には航空自衛隊の戦闘機部隊が、飛行隊丸ごと海外に展開し、空域の哨戒や艦艇のえん護などの任務に就くぐらいのことは予想しておいたほうがよい」「国家の方針の決定に当たっては、自衛隊は国家、国民のため軍事的見地から意見を述べなければならない。……『私にも言わせてほしい』の心意気が自衛官に求められている」「具体的にどうすればいいのか。私はすぐにでもできるのは月刊誌に論文を投稿することだと思っている。正論、諸君、VOICE This Is 読売などに論文を投稿してみることだ」(04年7月号)
 
   学校講師は「つくる会」副会長

 また、幕僚学校の「歴史・国家観」講座では、「東京裁判の本質」「東京裁判史観」「大東亜戦争史観」「現憲法及び教育基本法の問題点」などのテーマで講義が行なわれ、合計390人の幹部自衛官が受講−修了していた。
 これらの講義に当たった講師は明らかにされていないが、「赤旗」によれば「新しい歴史教科書をつくる会」副会長の福地惇が講義をしていたとのことである。他の講師も推して知るべしであろう。歴史修正主義派と結託して「歴史・国家観」講座が運営されたことは疑いを入れる余地はないものと思われる。
 そして、田母神がこのような発言を行ない、幹部教育において侵略戦争・植民地支配を「美化」する教育を進めることを防衛庁−政府は「黙認」し、半ば推奨していた。自衛官が国民に対し国防意識の高揚を働きかけ、政治的な発言を行い、自衛隊の行動の自由領域を拡張していく活動を展開することを促す田母神を事実上後押ししてきた。幕僚学校長を務め上げた後、田母神は空自トップ=空幕長に登用された。イラク派兵違憲訴訟−名古屋高裁判決に対して、「そんなの関係ねぇ」との暴言を吐いたが、これについても何らの咎めもなく、空幕長の地位に留まっていた。これが田母神を言論クーデタに走らせ、そして多くの幹部自衛官をクーデタに"参戦"させた。田母神事件は一朝にして起きたものではない。

   田母神の背後には政・軍・民を貫く旧軍復活派が存在

 (1)田母神を懲戒免職できなかった理由〜森、安倍と国防族

 麻生内閣−防衛省は、このような田母神に対して、空幕長の任を解くことはしたが、文民統制違反、憲法遵守義務違反をもって懲戒免職にすることはできなかった。「定年退職」とし、制服を脱がせるところでとどまった。浜田防衛相は、「懲戒免職処分にするためには時間がかかる」ことを「定年退職」で済ませた理由、言い訳にしている。
 しかし、田母神「処分」の舞台裏について「毎日」(11.9朝)が暴露している。浜田防衛相、増田防衛事務次官が空幕長を解任し、辞表の提出を求めた時、田母神は「辞めたら間違いを認めることになる」と拒否し、さらに元首相2人の名前を持ち出し、「(2人に)私の考えは理解されている」と言ったという。これが浜田、増田を"怯ませ"、結局、「定年退職」処分の線で決着させることとなった。そして、「毎日」は、その元首相2人のうちの一人は、森喜朗元首相であることを暴露している。森"周辺"は、「田母神氏との思想的なつながりはまったくない」と打ち消しに躍起となっているが、森と田母神の関係には浅からぬものがある。
 「森さんは歴代の小松基地幹部と親交がある。空幕長就任時にも森さんから祝い酒が届いた」と空自幹部も証言している。「毎日」は、田母神が自分の主張を正当化するために森の名前を利用した、と推測しているが、そのようなレベルではなさそうである。もう一人の「元首相」の名前は明らかにされていない。しかし、それはほぼ安倍晋三に間違いなかろう。何故ならば、アパグループ代表の元谷は、「小松基地金沢友の会」会長であると同時に、安倍晋三の後援会=「安晋会」の副会長というポストに就いているからである。田母神―元谷―森・安倍というつながりが田母神を支え、懲戒免職処分を免れさせたと言える。田母神の背後には、改憲、靖国派の"頭目"が控えていた(る)のである。
 また、田母神問題について、自民党国防部会では佐藤正久をはじめとして空幕長更迭批判が大勢を占めているという。佐藤(元陸自サマワ派遣部隊長)は、更迭は旧軍で言えば大将から中将への「実質降格」であって、「『軍人』にとっては恥辱」と言い、これ以上の処分は不要と主張した。他の議員も「田母神論文のどこがおかしいのか」と処分どころか田母神擁護の声をあげている。このような国防族の存在が、田母神の免職をストップさせた。
 
 そして、自衛隊の中に、とりわけ幹部層に田母神と歴史・国家観−思想を同じくするものが少なからず存在するという事実がある。先述したように、田母神の指示に従ってアパグループの懸賞論文に応募する自衛官が約100人おり、幕僚学校で「東京裁判史観」「大東亜戦争史観」などの講義を受け、その影響を受けている幹部自衛官も400人近くにのぼる。現に「現役幹部に擁護の声も」(「朝日」11.11朝)ある。「田母神空将の論文のどこが悪いんでしょうか」「歴史論争の一方の側の主張なのに、それをけしからんという方がおかしい。思想統制につながる」と反発する層が存在するのである。このような層の存在、影響力を防衛省、自公政権は無視し得ない。何故ならば、このような層の「育成」、彼らがこのように「成長」してくることを、権力は認め、促してきたからである。
 さらに元谷などの民間右翼、渡部昇一らの右翼学者、幹部自衛官と結びつく産軍複合体、このようなグループがつながりを持ち、"連合"を形成している。このような政・軍・民のコネクションが田母神を支えている。

 (2)戦争国家づくりが田母神らを生み出した

 このようなコネクション、田母神のような"モンスター自衛官"を生み出した背景に何があったか?それは言うまでもなく戦争国家づくりの動きである。アフガン、イラク戦争への参戦、そして有事法制の制定が、田母神のような存在を生み出した。
 田母神は、『鵬友』で何回も書き、講演でも繰り返している−「時代は大きく変化している」「状況は変わった」と。つまり「専守防衛」を旨としてきた自衛隊が、アフガン戦争に参戦し(インド洋での補給活動)、イラク戦争では占領に参加し、武装米兵等輸送−兵站活動(武力行使と一体化した活動−憲法9条1項違反)を担うに至った。防衛庁が防衛省に「昇格」し、自衛隊法が変えられ「海外活動」が本来任務となった。自衛隊は、旧日本軍同様に「外征軍」化されてきている。
 この変化が、田母神たちを変え、旧軍に「接近」させている。空自OBで、自衛隊幹部学校講師を務める潮匡人(帝京大准教授)も「イラク派遣など危険を伴う国際任務につき、自分を軍人として意識する機会が増えている。同じ国家体制を守る組織の人間として、『旧軍の時代だけが悪かった』とは考えなくなった層がいる」ことを認めている(「朝日」11.11朝)。
 また、有事法制整備によって、軍官民が一体となって戦争に備える、地域・国民を巻き込んで戦時体制を構築していくことが現実的課題となった。その中で、自衛隊はその「中核」に位置付けられ、国民保護計画策定、有事訓練などにおいて自治体・住民を「指導」するような立場に立たされてきている。 このような法整備が、田母神をして「国民の国防意識を高揚するのも自衛隊の任務」と公言させるに至った。
 戦争国家づくりが田母神を生み出し、田母神のような存在が戦争国家づくりを加速化させる。この循環を止めなければならない。

   戦争国家づくりストップ!自衛隊に対する市民監視を強めよう!

 (1)政治家任せでは文民統制は機能しない

 11.11参院外交防衛委員会の参考人質疑などで、野党議員から田母神の行動が文民統制違反、憲法遵守義務違反であり、彼を懲戒免職処分としなかった問題を追及された防衛相、麻生は、「更迭したことが文民統制」という言い逃れに終始した。
 しかし、田母神は論文「日本は侵略国家だったのか」を書いたことによって何らの懲戒手続きにのせられることもなく、「定年退職」によって無事6千万円もの退職金を手にすることができた。国会の参考人質疑では、言いたい放題を言い、改憲、集団的自衛権行使まで主張した。これでは文民統制どころの話ではない。断固とした(!)処分無くしては、田母神のような動きを封じていくことはできない。それは戦前の5.15、2.26事件という軍クーデタの経験が教えていることである。
 しかも現在、防衛省が進めている「防衛省改革」では、陸海空自衛隊の部隊運用を担う統合幕僚監部の強化が目論まれている。その中では、統合幕僚監部を「制服組」主体から「背広組」「制服組」の混成部隊とし、他方、「背広組」が独占してきた国会答弁、運用面での政策立案もこの混成部隊が担うように変更される。また、内局幹部(「背広組」)が防衛大臣を補佐する防衛参事官制度についても「制服組」の要求によって廃止される。「改革」は、「制服組」の役割拡大が基調となっている。このような「改革」によって文民統制が強化されるなどということはあり得ない。
 石破前防衛相は、「『軍人を政治から隔離しておいたほうが文民統制に資する』との考え方では今日の政軍関係は成り立たない」と言い、「制服組はもっと世間の風にあたり、国民やマスコミと正面から向き合うべきだ。おさえつけ、隔離すればするほど思想は内面化しマグマのようにたまっていく」と"警告"している(「朝日」11.12)。
 しかし、「マグマ」を溜めているのは、田母神のような輩、政治家と結びつき、歴史修正主義派と軌を一にした行動をとっている自衛官たちである。彼らのような存在を自衛隊の中から一掃することが不可欠である。
 同時に見ておくべきことは、文民統制がきかなくなっているのは組織にのみ問題があるからではない、という事実である。海外派兵を禁じた国会決議を踏みにじってアフガン、イラク派兵を強行し、違憲判決が出されたにもかかわらず参戦を継続する、その中で人手不足、過重任務、危険任務押し付け、イジメ・パワハラ・セクハラが横行するような組織と化してきた、それこそが自衛隊員の"鬱憤"、不満を高じさせている。政治に対する不信、不満を高めている。自衛隊(員)「暴走」の素地をつくり出している。このような状況を作り出してきた自公政権、政治家に任せておいて文民統制が機能するはずがない。

 (2)戦争国家づくりを止めよう!市民の監視を強めよう!
 

 田母神問題は、自衛隊が大きく変わってきていること、自衛隊内に改憲派・旧軍復活派が頭をもたげ影響力を拡大してきていることを暴露した。防衛大学、幕僚学校などの教育課程には、侵略戦争を否定し、「大東亜戦争」・植民地支配を美化・肯定する教科が組み込まれ、系統的な教育が実施されていることが明らかになった。そして、そのような教育を受けた層が自衛隊中枢を占めつつあることが見えつつある。
 田母神問題を、空幕長「更迭」で終わらせてはならない。1)自衛隊員、とりわけ幹部層に対する教育課程、その内容についてのチェック、監視が強化されねばならない。憲法に反する教育は排除されねばならない。2)自衛隊員の人権保障の制度化−イジメ、パワハラ、セクハラの一掃、違法業務従事への異議申し立て権(拒否権)の保障、3)幹部任用における透明性の確保、憲法遵守義務の徹底、4)自衛官の軍需産業等への天下り禁止、5)軍事オンブズマン制度の導入、等。
 このように自衛隊に対する市民の監視を強め、自衛隊員の人権保障を強化していくことが問われている。そして、決定的なことは、戦争国家づくりを止めることである。海外派兵をやめさせ、災害救助派遣、自然災害等に対応するための国際緊急援助などに任務を特化させていく取り組みが問われている。 
Copyright © 2004 Non-Defended Localities Movement Network. All rights reserved.