立川市〜基地の町からの無防備運動 18日目で法定数突破(4/22〜5/22)
   基地は最も危険な場所と市民は認識 平和な町づくりへ署名終盤に全力!
             平和な町条例を作る立川市民の会 事務局 有賀精一  09年35号2面
  平和・無防備条例直接請求の署名期間も残すところもあと一週間。この間の署名を通じて街頭ではおそらくは1万人を超える市民の皆さんにチラシを渡し、話しかけてきました。市民のみなさんとの会話を通じ、見えてきたものがいくつかありますのでそのことをまず述べます。 

   基地は最も危険と市民は認識

 まず、立川市というのは町のど真ん中に自衛隊の基地(陸上自衛隊立川駐屯地、1400メートルの滑走路も併設)があり、国立市との境には陸上自衛隊の基地(東立川駐屯地)あり、そして米軍空軍横田基地とも市の北西部で隣接している、まさに基地の町です。
 署名をして頂く多くの方に聞いてみると、7、8割の方がそのこを知っています。武力紛争等のいわゆる有事が発生すれば、軍事基地は最も危険な場所になるということも「そうですね」と返答があります。これは、署名をして頂けなかった防衛協会に関係している女性も同様に答えました。
 ややもすれば、基地は国の管轄で、撤去するなんてできないだろうというあきらめ感は当然ありながら、基地そのものに対して漠然とした不安感があることが今回の
署名を通じてハッキリしてきました。

   基地撤去へ市民意識を高める

 また、基地の隣には、現在国営公園(もとは基地)があり、立川周辺をはじめ都内一円からも市民がやってくる憩いの場所となっ
ているのですが、これも何とも不釣り合いレイアウトでもあり、かつ基地という存在をぼかす効果も合わせ持っているのかもしれません。ジュネーブ条約が禁じている
 予防措置に完全に違反しているこの基地の存在をもっとシャープにそして現在の情勢と絡め、恒常的に宣伝していけば、基地を撤去していく市民の意識を高めることができるのではないかと感触を掴んだ次第です。
 
   署名で平和な町づくり

 四月初めの北朝鮮「人工衛星」(ミサイル)問題でも、基地は危ないということを前提としてしまうので、マスメディアも立川基地問題と絡めたことはほとんど触れようとしていません。そればかりか立川市が四月に策定を完了した国民保護計画にすら基地という存在に対してどう対処していくのかの具体的な文言は何一つないという状況です。当たらず障らずごまかして、基地を温存させておこうとする国や行政に対して、市民自治を生かして積極的に無防備地域宣言での平和な町づくりを要求する運動が緒についたのが今回の署名だったのではないかと思います。
 
   熱気ある実行委員会

 最後に運動の舞台裏について。今、平和な町条例を作る立川市民の会は実行委員会を毎週水曜日に開催していますが、部屋の狭さも手伝ってか、十数名が集まるとすごい熱気に包まれて討議が進みます。もちろん脱線話も多いのですが、こうした運動が今後の立川市での平和運動を発展させる軸になるのではと予感させる雰囲気を十分醸し出しているなと感じています。
            【大阪府吹田市】 署名16日目で法定数突破!
   〜市民の願いを代弁する署名〜街角の対話が地域の平和をつくりだす09年35号3面
 大阪府吹田市の「平和無防備条例をめざす吹田の会」では、4月25日から無防備平和条例直接請求署名を始めました。

   冷たい風雨も吹き飛ばす!

 署名初日は冷たい雨に強い風、それでも9時30分にJR吹田駅前広場で約20名のメンバーで署名スタート集会を開き、「吹田めざす会」からの決意表明の他、無防備全国ネット、教育合同労組、「憲法を守り、生かす会」からは激励の挨拶がありました。その後市内5ヶ所に分かれて元気に署名活動。 
 事前の戸別チラシ配布で署名開始を待っていた市民もいて、悪天候であったにもかかわらず、406筆の署名が集まりました。

    地域全戸ビラ配布の成果

 署名活動の中では、「私も街頭署名に立ちます」「「保育所等で署名集められますからあずかって行きます」といってくれた若い女性、母親が現れたりで元気をもらっています。
 また、「家に入っていたチラシで署名をやっているのを知っていました。平和は大事だからみんながやってくれればいいのにね」と言いながら、署名を夫婦でしてくれる方。地域での全戸ビラまきをやった甲斐を感じさせられました。
 連休中の子どもカーニバル会場では、多くの若い家族連れの方が快く署名してくださいました。「あなた達のような活動があるから、平和がつくられるんやね」と高齢のご婦人。戦時中の話を昨日のことのように語る男性。チラシを受け取って一読して、帰ってきて署名をしてくれる人。人。
    対話が平和を切りひらく

 一方、北朝鮮の脅威を力説するご婦人とは約30分以上話をする例も。「テロが怖いからやっぱり軍隊が必要」になぜアメリカやイギリスはテロ攻撃を受けるかなどを話し、「意識を変えなければいけないのね、署名します。」と署名をされ、その受任者の方は「30分かかったけど、とてもうれしい!」と最高の笑顔を見せていました。こうした無差別の対話が、地域の平和を切りひらくのだと感じた場面でした。

    市民の願いを代弁する署名

 今日の憲法9条がソマリア派兵など政府の「解釈」によって、踏みにじられている現状を、なんとかしたいという市民の願いを代弁する署名として広がっています。
 署名開始後16日目の5月10日には法定数5,600筆を突破し、第2次の目標、法定数の2倍へ奮闘しています。「吹田めざす会」では、署名活動やカンパなどへ、もう一回り大きい支援を訴えています。ぜひ、多くの皆さんの支援をお願いします。
   走り始めた那覇市の無防備運動   基地の島から戦争非協力を発信
    「戦争はイヤです!那覇市民の会(無防備平和都市宣言)」(準備会)事務局 西岡信之 09年35号4面 
    マスコミも大きく取り上げる

 「基地の島『無防備』に/国際法の宣言/条例制定へ那覇で準備会」と4月26日付け琉球新報は、社会面のトップ9段抜きで報じた。4月16日に開催した「無防備那覇市民の会」(準備会)が発足したことやジュネーブ条約追加第一議定書などが詳しく記されている。

 5月3日の憲法記念日には、読者からの投稿コーナーで読谷村在住の大湾武さんが「歴史に沿って語る/5冊の憲法読本」の評論の中で「安保と有事関連法制定の動きは、沖縄にとって真綿で絞られる思いだ。(略) それでも希望はある。戦争への非協力を鮮明にし、無防備地域宣言をすることで、武力攻撃から国際法で守られるという運動の取組だ。(略) 非核から無防備へと力強い小さな運動は動いている。…」など無防備運動について熱心な関心を寄せる記事が
掲載された。琉球新報の記事は、県内に大きな波紋を広げた。
 
     準備会スタート

 4月16日にスタートした会の名称は、「戦争はイヤです!那覇市民の会(無防備平和都市宣言)」(準備会)として参加者一同で確認されたが、会議後も何人かから「那覇市民の会」は「なは市民の会」の方がいい。「無防備平和都市宣言」は、「無防備平和条例をめざす会」に変えた方が良いなど、次回の準備会を待たずに直接意見を私に寄せられるなど無防備運動を主体的に関わるように参加者の意識も変わった。

     各界から請求代表者

 請求代表者は、準備会結成段階では、沖縄国際大学教授の石原昌家さんと元県議会議員の狩俣信子さんのお二人だったが、その後精力的に要請に入っている。
 沖縄県物産企業連合会会長の宮城弘岩さんも肩書なしで了承いただいた。沖縄県の自立経済をめざし、物産公社わしたショップを立ち上げられた方だ。また、NPO法人沖縄戦遺骨収集ボランティア・ガマフヤー代表の具志堅隆松さんも確認いただいた。具志堅さんは、「無防備運動は未来の子どもたちに残していけるもの」と語っていただいた。先日、舛添厚労大臣に、遺骨収集を失業対策事業として行政が取り組むよう直談判されたり、仲井眞知事に会うなど異例の取り組みをされている。
 
      早くも謀略情報

 このように運動への弾みは出てきたが、逆風が早くもたち始めた。5月8日付けうるま市石川局の消印で「正論の会有志」と名乗る差出人不明の謀略手紙が、那覇市議会議員全員と翁長雄志那覇市長に郵送されたという情報が飛び込んできた。10月の署名運動なのに、もう右翼団体からの嫌がらせが始まった。「甘い言葉にだまされるな! 狙いは反米・反基地・反自衛隊」「今やるべきことは中国の軍拡を警戒し国防体制を強化することである!」と主張し、琉球新報の記事と2年前のインターネットで流れた謀略情報のコピーが添付されていた。
 よほど、「美しい国日本」をめざす靖国・国防派の人たちは、無防備運動が気にいらないようだ。私たちの予想を超え、思惑以上に那覇市の無防備運動は、走り始めている。
   【北海道 帯広市】署名実施へ向け「市民の会」を設立  09年35号5面
  鮮やかな新緑と満開の桜が、広大な北海道十勝地方を彩っている5月10日(日)に、帯広市で「ピースゾーン無防備地域宣言をめざす帯広市民の会」設立総会が十勝毎日新聞社の後援を受けて開催され「市民の会」が設立された。

   みんなで署名実施を

 これまで歩行者天国での宣伝、森啓(札幌市請求代表者)さんや前田朗(東京造形大教授)さんを招いての学習会を行ってきたことを踏まえ、署名実施をめざして本格的に活動するため正式に設立した。
 あいさつに立った主催者の野村和幸さんは「無防備運動は難しいことではなく、平和な町をつくろうということ。勇気を持って地域をより幸せにする、武器や核がなければより幸せになれる。そのひとつの手段としてやろう。来年か再来年か日程は未定であるが、みんなの力でやろう」と力強く語った。

    軍民分離原則の徹底

 続いて、設立総会が行われ、会則案と人事案(代表に野村さん、事務局長に笠原美香子さんなど)が提案され承認された。その後、佐藤直巳(品川無防備平和条例の会)さんから「今、私たちにできること」と題した講演を受け、学習会を行った。学習会では無防備運動は戦争に協力しない地域を、人々と協力して自治の力で創り出す憲法9条の実践であることが訴えられた。
 また、会場から「帯広市には陸上自衛隊駐屯地があるが無防備地域宣言との関係はどうなるのか」との質問があり「戦時には、戦闘員と移動用兵器の撤去と固定施設を使用しないことで満たされる。自衛隊施設を無防備地域から除外することも可能。」と軍民分離原則の徹底が必要なことが強調された。

    道内外から激励

 この設立総会には道内外から激励の発言があった。まず、無防備北海道ネットワーク共同代表の和田順義(石狩市議)さんから「無防備は市会議員として公約したもの。ぜひ実現させたい」と自身の決意も含めて発言がされた。
 さらに札幌市民の会共同代表の谷百合子さんからは、「札幌では多くの自衛官から署名があった。この署名は自衛官を敵に回すのではなく、平和を実現するために一緒に考えていける運動だ」と札幌の経験から、この運動の大きな可能性を指し示す発言があり、最後に無防備全国ネット事務局からも激励の発言が行われた。
 帯広市民の会は、今後学習会や宣伝を重ね、署名実施をめざして行く予定である。
  【寄稿】無防備平和」の手ごたえ みちのくひとり旅
                谷百合子(無防備平和のまちをつくる札幌市民の会) 09年35号6〜7面
 4月16日から21日に掛けて「無防備平和」出版会で東北を周りました。昨年、郡山、福島、三春に行き無防備の説明会を開いて頂き、種を捲いてきましたので、このたびは発芽の様子を確かめに行ってきました。今回は、仙台と須賀川にも足をのばしました。

   郡山と福島に宣伝

 16日は福島空港からまっすぐ郡山の市民の会に伺いました。郡山の市民派の議員さん2人を含め10名ほどが熱心に耳を傾けて下さいました。前回は福島の非暴力平和隊の会員さんやN先生の学生さんを含め50名ほどお集まり頂いています。郡山と福島の反原発の運動をリードしてきた実力派の皆さんなので、理解力、行動力共に頼もしく感じました。
 福島は、前回もお世話になったSさん宅に一泊させて頂きました。豪華なお宅、豪華な手料理で、次々と市民の方が訪れて説明に必死でした。Sさんの幅広い人脈が広がっていきそうです。
 
   三春は東北無防備の要

 三春(福島県三春町)は、六ヶ所の核燃反対でテントを張った仲間の武藤さんのペンション兼喫茶にお世話になりました。話題の「どんぐりカレー」は栗のように美味でした。30回も煮こぼしてアクを取り手間隙を掛けての一品です。目指すは人々が殺しあわず平和に暮らしていたであろう「縄文」の暮らしとのことです。太陽パネルや手創りの発泡スチロール鍋(?)でゆで卵や豆を茹でたりエコ的生活を実践しておられました。
 「ことしも三春の桜がまってるわ」と類子さんの天女のような声で誘われて、みちのくの旅となりました。どんぐりカレーを食べに、エネルギー研究者の御一行7人とご一緒しました。
 明大の藤井教授は「日本太陽エネルギー学会名誉理事」との事でしたが、川崎で無防備署名運動をなさったとのこと。後の皆さんもソーラーハウス、環境ジャーナリストなどそうそうたる皆様でしたが、無防備の売り込み(?)もさせて頂きました。三春の会ではなんと「無防備出版」の立派なケーキも用意されていて感激!
 
 店には本もたくさんお売り頂いており、三春が無防備東北ネットワークの要になって下さるとの事です。武藤さんのお父様はよき時代の教育長で地元では信頼の厚い方のようでした。三春は優れた行政人が多く、合併も断り頑張っています。自由民権運動発祥の地でもあります。千年の滝桜も見事ですが、「二流の都会よりも一流の田舎を」の本にもあるように行政の在り方として参考にする点が沢山あると、行く度に思います。

    仙台は面白い運動に期待

 仙台では四〇年ぶり(?)に学生時代の仲間に会い、無防備の説明会を開いてもらいました。組合の委員長をつとめ市議を経験したS氏は活動してきた男の面構えの中にも純粋さを失わず熱心に聞いてくれました。市職のOBを束ねるI氏は自分の会だけで法定数をクリアーできると笑っていましたが、選挙じゃないよとみんなにいわれておりました。ここはやはり自治体学で入るのがよろしいようで、森先生の学習会を売り込んできました。他市とは違った運動展開が期待できそうで面白そうです。
  
    須賀川でも種まき

 最後は須賀川(福島県須賀川市)に行きました。「銀河のほとり」と言うエコのレストランです。古い民家の食べ物や桟の柱にサナテレビのチラシが張ってあり驚きました。心優しいスタッフの皆さんが8人。心から耳を傾けてくださいました。6月にまた札幌でお会いします。
 私は種まきが性に合っているのかもしれません。とても個人的なつながりですが、確実に手ごたえを感じてもいます。

    千葉県山武市でも動きが

 千葉の山武市の串田さんも六ヶ所のテント仲間ですが、80歳を過ぎて今、現市長の在職中に無防備署名をしたいと動いておられます。どうかお近くの皆様ご支援をお願いします。
 【推薦沖縄戦記録フィルム1フィート運動の会 軍隊がいた島〜慶良間の証言〜
  60余年前 慶良間諸島で何が起こったか その真実と実相を明らかにするドキュメント(監督:謝名元慶福 38分)
   軍隊は住民を守らない 基地も軍隊もないことこそが安全

 「1フィート運動」はこれまでもアメリカ公文書館所蔵のフィルムを買取って、沖縄戦の実相を伝える映像作品を制作してきたが、このたび「会」設立二五周年を記念して作られたのが『軍隊がいた島〜慶良間の証言』である。

 慶良間諸島の阿嘉、座間味、渡嘉敷などの島々には、沖縄本島への米軍上陸(1945.4.1)に先立って、砲爆撃と上陸占領が行われた。それらの島の住民は以前から日本軍守備隊の陣地作りに動員されていたが、米軍の上陸に前後して移動、終結の命令が出され、「集団自決(強制集団死)」へと追いやられていった。住民の「集団自決」が米軍上陸のその日から起きていることからも、早くから日本軍により「いよいよのとき」の行動が住民の意識に「刷りこまれていた」といえるだろう。

 他方、日本軍がいなかったことで米軍の上陸も住民の犠牲も回避された前島の例も作品の終盤に取上げられている。昭和一九年秋、測量に来た日本軍隊長に対して当時の区長と校長が、「島に軍隊は置かなくていい」と交渉したことを区長の遺族が証言している。前島では、日本軍を駐屯させなかったことで米軍の上陸も占領もなく悲劇を生まなかったのである。
この映像作品は、ことばではとても言い尽くせない悲劇の真実と背景を、記録映像と証言でくもりなく描き出している。そして、軍隊は住民を守らないこと、軍隊と行動をともにすることこそ身の危険を招くこと、基地も軍隊もないことこそが安全なのだと教えてくれている。

 全国ネットでも取り扱い中
  DVD/VHSとも三五〇〇円
 【お知らせ】  無防備地域宣言運動全国ネットワーク全国総会

□と き:6/14(日)13:15開場 13:30開会〜16:30閉会予定
□ところ:大阪ドーンセンター
  京阪「天満橋」駅、地下鉄谷町線「天満橋」駅下車、@番出口より東へ約350m

□総会議事:年間活動総括・方針、決算・予算〜討議、採決 
□記念講演:前田朗(東京造形大教授)
 ガザ・イラクにおけるイスラエル、アメリカの戦争犯罪とジュネーブ条約の今日的意義
  〜国連人権理事会報告を踏まえて(仮題)