【情勢】 普天間基地撤去の沖縄県民の総意が鮮明に
    那覇市無防備平和条例を成立させ新基地建設、県内移設断念を
 09年40号2面                             
  「公約投げ捨てる鳩山政権

 鳩山連立政権が発足して2カ月半。鳩山政権は、沖縄基地問題では、普天間基地県外移設という公約を投げ捨てようとしている。
 政権発足時の政権合意書では「日米地位協定の改定を提起し、米軍再編や在日米軍基地のあり方についても見直しの方向で臨む。」とし、鳩山首相は米軍普天間基地移設(辺野古新基地建設)について「(見直しの)ベースは変えない」(9/25)と表明した。
 しかし、北沢防衛相は「(県外移設は)厳しい。首相の真意を聞きたい」(9/27)と否定的に述べ、以降、鳩山政権は普天間基地問題で右往左往している。主な発言は以下。
岡田外相「嘉手納統合案の可能性を検討することしか残された道はないと思っている」(10/23)
北沢防衛相 辺野古新基地を容認する考えを表明したうえ「(県外移設を主張した民主党の)公約を全く満たしていないと認識するのは間違い」と発言(10/27)
鳩山首相「日米合意も大事だ、…そして沖縄の県民の心をやはり一番尊重しなければならない。…最終的に決めるのは私だ。」(10/24)
岡田外相 県内移設とした場合でも「マニフェストには県外移設とは書いておらず、反するとは必ずしも言えない」(11/18 衆院外務委)
岡田外相「県外、国外に移すのは何年もかかる」と県内たらいまわしで「12月いっぱいで決着」(11/21)
鳩山首相 「年内結論」を「そんな段階にない。全くの推測」と明確に否定。(11/21)
 このように、鳩山政権の沖縄基地問題への対応は、グローバル資本の代弁者としての姿を露わにしてきた。

 県民の総意は閉鎖撤去

 しかし、県内移設の方針は必ず破綻する。総選挙で示された民意、そして2万1千人が結集した11/8「辺野古への新基地建設と県内移設に反対する県民大会」で示された沖縄県民の総意は、普天間基地の即時閉鎖・完全撤去、県内移設反対、新基地建設の断念にあるからだ。
 嘉手納統合案に翁長(おなが)那覇市長は「県外移設を全く考えてなかったというのか。まるで県民をもてあそんでいたかのようだ」(10/24)と怒りを露わにした。「マニフェスト違反ではない」(岡田外相)に至っては、詐欺師の詭弁である。民主党の08年「沖縄ビジョン」では「県外移設を模索し、国外移転を目指す」としており、政権合意の「見直し」もその延長上にあるからだ。
 沖縄県民の怒りは当然である。沖縄県民世論調査(11/1琉球新報)では、国外・県外移設すべきに69・7%、辺野古案に反対が67%、嘉手納統合案反対が71・8%と、圧倒的に普天間基地撤去・閉鎖を示している。こうした民意の中で、自民党沖縄県連は、鳩山政権や米政府に同飛行場の県外移設を求める県議会決議案の提出を目指す動きを本格化させ、公明党も同調する見通しだ。(11/13沖タイ) 実現すれば史上初の県外移設全会一致決議となる。

 基地撤去、無防備条例の制定を

 今や基地撤去を求める沖縄県民の総意が鮮明となった。基地たらいまわしを拒否し、米軍基地を撤去させるチャンスである。伊波・宜野湾市長は、岡田外相に普天間基地が米の安全基準に違反して住宅密集地に迫っているなどの危険性を示し、この基地は運用してはならないものだと基地の閉鎖・撤去を求めた。那覇市で法定数の約3倍の直接請求署名を集めた無防備平和条例案で規定するジュネーブ諸条約第一追加議定書の軍民分離原則は人口周密地に軍事基地の存在を許しておらず、こうした撤去・閉鎖要求と新基地建設反対に法的根拠と自治の力を与えるものだ。那覇市で無防備平和条例を可決成立させるとともに、基地撤去・閉鎖の声を沖縄のみならず、全国民の声として大きく広げ、新基地建設・県内移設断念、普天間基地撤去をかちとろう。
      【京都・向日市】 巨額のJR駅改築計画の再検討を求め、
    市民参加のまちづくりをめざす10・25市民シンポジウムを開催
 
                                          向日市  杉谷伸夫  09年40号3面
 
 無防備平和条例をめざす向日市民の会は、06年秋に直接請求に取り組んで以降、「再度の挑戦」を期して毎月例会活動を続けています。昨秋からは平和講座と「市民参加のまちづくり講座」を交互に開催してきました。

 市は「財政危機」を理由に、この間様々な住民サービス削減と料金値上げの財政健全化を進めてきました。そんな中で、多額の借金をしてJR向日町駅の全面改築計画が、市長の肝いりで浮上しました。議会でも疑問の声が続出する中で、市の広報に計画案を発表し、来年度以降の総合計画案に盛り込みました。そこで私たちは、まちの重要な施策は市民みんなで考え決めるんだと、市民シンポジウムを呼びかけ、10月25日に、上原公子さんを招いて開催しました。

 まず、ほとんどの市民が「知らない」または「駅が綺麗になるのは良いことだ。JRがお金を出すんでしょ」という認識なので、この計画の実態を伝えようと、チラシのほぼ全戸配布に取り組みました。市長への要請も行い、無防備条例の直接請求の時は、署名提出の時まで会わなかった市長が、今回はシンポの数日前に面談・要請を受けました。

 シンポジウムには、50人が参加。参加者から行政や議会の関わりについての質問など、活発は質疑があました。シンポの結論として12月議会へ請願を行う事を決め、現在署名活動に取り組んでいます。この取り組みを通して知り合った実行委員会のは、「やってよかった」「このつながりを大切にして、まちを変えていきたい」と、議会請願以降の取り組みを、今相談しているところです。
   【那覇市】 全国からのご支援、ありがとうございました
      「基地は絶対いらない」-市民の声を集めた署名運動
              1/11シンポジウムから、議会審議へ全力!
 09年40号4〜5面
               戦争はイヤです!なは市民の会(那覇市無防備平和条例をめざす会)事務局長・西岡 信之                             
 最初に、那覇市の署名運動に物心両面にわたって、ご支援・ご協力いただいた全国の心ある皆様に御礼を申し上げます。
 
 11月16日、選挙管理委員会に署名簿を提出

 11月16日午後、那覇市選挙管理委員会に1525冊、14399人分の署名簿を提出した。提出には、請求代表者で元ひめゆり学徒の池間美代子さん、沖縄国際大学教授の石原昌家さん、前県議会議員の狩俣信子さん、ガマフヤー・遺骨収集ボランティアの具志堅隆松さんらがそろい、受任者からも連日街頭署名に参加した那覇市民の約15名が立ち会った。
 那覇市の無防備平和の街づくり条例制定を求める署名運動は、これで第一段階を終え、今後、選管による署名簿の審査・縦覧等を経て、12月の中頃に本請求、年明け早々に市議会審議がスケジュールとして予想される。鳩山政権に移行し、沖縄ではこの2カ月間、連日にわたって普天間基地の移設問題が県民を揺るがす大問題となっている。こうした政治情勢の中で取り組まれた一カ月間の署名運動を振り返り、今後の議会審議への展望と無防備運動を沖縄県内に広げていく可能性を考える。

 全国からの支援に支えられ、ごく普通の市民が担った署名運動

 那覇市の署名運動は10月10日にスタートした。65年前の1944年、この日を沖縄では、「十・十空襲」と呼び、初めて本格的な沖縄県全域への米英軍から攻撃された日だ。県都那覇市は、市街地全域が焦土と化し、多くの犠牲者を出した。沖縄県民にとって戦争の恐ろしさ激しい攻撃の現実を目のあたりにした日だ。
 署名運動で最も苦労したのは、天候だった。最終的には31日間の署名運動の半分が雨で、那覇市の街全体が、街頭署名にまったく適していないことを痛感した。街全体がマイカー仕様に建築されており、自転車や徒歩で買い物に行く店舗はほとんどなく、アーケード街が牧志公設市場以外にないため署名スポットで苦しみぬいた一カ月間だった。
 大きな転機は、新都心にできたばかりの那覇市役所仮庁舎(9月から建て替えのためプレハブ庁舎)での敷地内での署名収集が、10月19日正式に市長名義で許可されたことだ。
 署名運動は、残念ながら県内の平和運動団体や革新政党、労働組合から正式な支援や協力が得られなかった。ごく普通の那覇市民が署名運動を支え、無防備全国ネットが呼びかけた全国からの支援者によって、かろうじて一カ月を持ちこたえた。受任者は、最終的に145人となり、なは市民の会が呼びかけた連日の街頭署名行動に参加された那覇市民は40人を超えた。特筆したいのは、ほぼ全員が市民運動や平和運動に関わった経験がないごく普通の市民が街頭に立って、普通の市民に平和について声を出して呼びかけたことだ。初めは、どうしたら署名がとれるのか全員が不安でいっぱいのスタートだったが、最終的には一日に80筆や60筆をとれる方が続出し、一カ月で八百筆をかき集めてきた受任者もいた。街頭での署名収集数は約九千筆でその他約五千筆が、受任者の皆さんが市内のさまざまな方法で収集したことになる。

 現役自衛官や保守系現職那覇市議も署名

 「市民の反応はとてもよい」という感想を本土メンバーからよく聞いた。沖縄戦を体験し、基地に苦しめられている何十年間の重みが、平和の署名に対して自然に受け入れられるベースがある。また、札幌市と同じように現役自衛官からの署名があった。20歳の自衛官は「戦争反対、ソマリアには行きたくない」と語った。自衛隊員であっても、本当は戦争をしたくないという気持ちがあることを痛感した。さらに、保守系の現職那覇市議会議員からの署名があったことも大きい。
 署名収集の最終日、11月9日。最後の街頭署名を夕刻の県庁前の県民広場で開催し、カウントダウン集会を国際通りのぶんかテンブス館の会議室で開催した。請求代表者や受任者、支援者ら37人が集まり、一カ月間の署名運動を振り返り、参加者一人ひとりが感想を語り合った。「こういう運動は初めて経験した。優しさを感じて感動した」、「新しい沖縄の運動の姿を作り出す運動だ。那覇市には非核都市宣言はあるが、無防備こそ沖縄戦を背景にした運動」、「手作りの運動をさせていただいて感謝します」、「毎日のFAXに励まされて街頭署名に行った。参加できたことを誇りに思う」、「父も、おじさんも沖縄戦で死んだ。(それを思いながら)雨の日も図書館前の署名に行った」。市民一人ひとりが、この無防備運動を自分のそれぞれの形で受け止め、しっかりと署名運動を担ってきた自信とやりきった充実感や達成感、感動あふれる場となった。

 与那原街や大宜味村でも「自分たちの町でも取り組もう」の動き

 署名運動の後半になって、普天間移設をめぐる政権与党・民主党の対応が連日新聞を賑わすことになった。総選挙での公約や演説では、「県内移設反対」「県外・国外」と言っていた民主党の方向性が変わりはじめたのだ。そういう状況と重なってか、後半の署名収集は「基地は絶対いらない」という市民の声も多く、署名一筆一筆に込める平和への祈りのように署名運動は勢いづいた。
 そして、今市内の多くの電柱に「騙されるな!那覇市無防備条例化」「賛成!普天間の辺野古移設」「中国の軍拡化に備えよ」「日米軍事強化で沖縄の自由を守ろう」というポスターがはりめぐらされている。戦争推進者にとって県都那覇市での無防備運動は、それだけ大きな危機感を感じるのだろうか。
 署名運動には、市外の方も数多く応援に来られた。また11月8日の県民大会の会場では、「なんで那覇市だけ」という声も多く、今後那覇市以降に自分たちの町や市でも取り組もうと言う動きが与那原町や大宜味村で出来てきている。

 一月議会審議にむけ、1・11シンポジウムを予定

 さて、いよいよこれから議会審議となる。市議会の会派には、署名の最終日に請求代表者の狩俣信子さんと私の二人で挨拶を行った。保守系の公明党と改革クラブでは議員と直接話し合いができた。各会派には、私たち市民の会との話し合いや勉強会を呼びかけた。市民の会では、11月24日に署名提出後の今後の運動について、とくに議会対策についての話し合いを持つことになっている。慎重審議、全請求代表者からの意見陳述をどう実現させていくのか、どう条例化を達成させるのか、市民一人ひとりの行動方針を相談する。
 年明けの1月11日(月・成人の日)に、議会審議に向けて、「無防備平和運動」のシンポジウムを予定している。会場は、市民の会の結成の集いと同じ、那覇市上下水道局ホール。署名が終わって、少しは休みたいが、そうはいかない無防備運動。議会に向けて頑張ります。

    地域会の現状・アンケート調査報告             09年40号6〜7面
  
 04年4月末に大阪市で無防備平和条例の直接請求署名が始められて以降、これまでに那覇市を含め29の自治体で直接請求の取り組みがなされました。全国ネットでは、これまで取り組まれた各地域の市民の会の代表の方にアンケート調査用紙を送り、直接請求以降の地域会の取り組みの現状と、全国ネットワークに対する要望などを書いていただきました。その結果の一部を報告します。

@地域での国民保護計画実施の動きについて

 国民保護マニュアルの作成や国民保護訓練の実施状況等、目に見えにくい中で、着実に進行していることが明らかになりました。

A地域の会の組織と活動の現状について

 地域の会の現状、定例会、会報、会費、会事務所の現状について質問しました、。
 多くの地域会が何らかの形で活動を継続していることがわかりました。「署名運動終了地域の運動交流会の開催。2ケ月に1回程度やってほしい。」)などの要望も出されています。

B取り組んでよかったこと、変わったこと、課題は?

●直接請求運動に取り組んで地域は変わりましたか?

 目に見える変化を実現したと感じているところは少ないようです。
・「変わったと思うところは残念ながら実感できていません」
 一方具体的成果を上げているところも
・「市の平和予算が百万円から1千万円になった」
・「市民団体と党派を超える議員のネットワークができて、街頭宣伝なども取り組むようになった

●取り組んでよかったこと思うことは何ですか?

・平和に思いを抱く一般市民とのつながりができたこと。
・市民の平和意識をはっきりつかめたこと。
・平和を基調とした市民のネットワークができたこと。
・既存の市民活動の枠にゆさぶりをかけて新たな形の平和運動を提起できたこと、市民にも平和のありかたについて提案する方法があることを具体的に示すことができたと思います。

●市民参加で平和なまちづくりを進めていくために、地域の課題として感じたことは?

 共通していることは、取り組みの担い手が少なく、取り組みの継続性に課題を感じていることです。
・条例案に載せた項目を実現する活動を行うこと。その人材の必要性。
・市民不在の議会。その一方、市民の側の力不足。
・平和とまちづくりの概念を結びつける難しさを感じる。
・少人数でも良いから、学習会をもち、意識を高め、目覚めた町民を育てること。リーダーシップをとってまとめる人材がいないこと。

C今後取り組む予定、取り組みたいことは?

・北海道内、東北、千葉などへ無防備運動を広げる
・「無防備ネット・たま」の結成から、無防備地域作りを三多摩30自治体に広げること
・次の課題として自治基本条例の学習
・国民保護マニュアル策定の中止と実働訓練をさせない取り組み
・戦争体験者の出前講座
・「安全」と称した監視カメラの浸透に対し、「人権」をキーワードにした取り組みをしたい
・日本でも、経済的理由で、自衛隊募集が、高校現場にも、卒業生リクルータを使っての募集など様々に、強化されてきている現状を踏まえ、まず、長野県のように募集閲覧させない取り組みを会として取り組んでいきたい。
 など多く出されました。

 全国ネットワークとして、今後アンケート結果をもとに、全国の運動の交流を一層強め、各地域で平和な町づくりを推進していけるようにしたいと考えています。アンケートへのご協力ありがとうございました。