【情勢】 鳩山政権は民意に従え!普天間飛行場は無条件返還・閉鎖しかない!
      
           無防備地域宣言運動全国ネットワーク事務局 矢野秀喜  10年43号2〜3面                        
  1 「キャンプ・シュワブ陸上案」を持ち出した鳩山政権

  普天間飛行場の「移設」先をどこにするかを巡って、鳩山政権は「辺野古沖」から「グァム」まで揺れ動いてきたが、ここに来て「キャンプ・シュワブ陸上」案が浮上してきた(「読売」2.26)。
  「普天間移設問題で政府が3月に米政府に提示する最有力の移設案」(2.26「読売」)として、「キャンプ・シュワブ陸上部に500メートル級の滑走路を建設するとともに、海兵隊の訓練を国内の他の島(徳之島、沖縄県内の離島)に移転する」案を取りまとめつつあるというのだ。
  鳩山政権は、「名護に新基地はいらない」を掲げて当選した稲嶺新市長が「陸上にも海にもつくらせない」と言いきった直後、沖縄県議会が全会一致で「米軍普天間飛行場の県外・国外移設を求める意見書」を採択した2.24のその翌日に、このような案を持ち出してきた。そして、鳩山政権の閣僚たちは、北沢防衛相「既存の基地内につくるので抵抗はない」、平野官房長官「ベストではなくベターになるかも」などと言って、この陸上案を推進する構えを見せている。「朝日」などは、「地元の意向が優先される見通しは今回もない。『地元との合意は』(首相官邸高官)」(2.21)などという記事を臆面もなく流している。絶対に認められない。鳩山政権は民意に従うべきである。

2 そもそも沖縄に海兵隊はいらない

  鳩山政権は、在沖海兵隊は「抑止力として必要」という立場に立っている。北沢防衛相は「中国が海軍力等を増強しており、(その脅威に対し)在沖海兵隊は抑止力として必要」などと発言している(2.21福岡県筑紫野市で)。
  しかし、海兵隊はそもそも「抑止力」なのか?「抑止力」とは、一般的には“敵が攻撃、戦争を仕掛けることを思いとどまらざるを得ないほどの報復・反撃力”を言うのであろうが、海兵隊は「殴りこみ部隊」であり、「いつでも、世界のどこへでも出動する。特定地域の防衛に張り付くような軍種ではない」(「朝日」1.28−柳沢協二「『普天間』の核心 海兵隊の抑止力を検証せよ」)。現に、沖縄の海兵隊はイラク、アフガンに出動し、沖縄を不在にしていることが多い。また、中国の海軍力・「脅威」に対し、たかだか1万数千人の海兵隊が「抑止力」として機能するなどということはあり得ない。(そもそも米中が軍事的に衝突し、武力紛争を起す可能性は極めて低いが)在沖海兵隊が「抑止力として必要」という論理は成り立たない。
  また、米国の2010QDR(4年毎の国防見直し,2月1日公表)では、日本に関し、「日本における米軍の長期プレゼンスを保証し、アメリカの最西端の主権的領土であるグァムをこの地域における安全保障活動のハブにする双務的な再編ロードマップ合意を実施するだろう」と記述している。米国は、沖縄ではなくグァムを「ハブ」(中心・中枢)にすると明記しているのである。そして、2006年の「グァム統合軍事開発計画」でも、沖縄の海兵隊は、司令部だけでなくヘリ部隊・地上戦闘部隊・迫撃砲部隊・補給部隊等を含めて(部隊の一体性を維持して!)2014年までにグァムに移転させると明記している。これが米軍の再編計画なのであり、「ハブ」がグァムに移っていく中で、わざわざ沖縄に新たに基地をつくる必要などない。
  そして、何度も確認してきているが、東アジアの安全保障環境は今大きく変わりつつある。東アジアに残されてきた「冷戦」の残滓は“解体”の過程に入ってきている。朝鮮半島、台湾海峡ともに、なお緊張は続いているが、それが軍事的衝突・紛争へと「発展」する恐れは著しく低下している。北朝鮮は、米国に対し休戦協定を平和協定に転換していくことを繰り返し呼びかけている。そして、核問題に関する6カ国協議の意義・必要性を認め、様ざまな条件は付けつつも協議への復帰の可能性を認めている。
  また、中台関係も「三通政策」の飛躍的な進展により相互依存関係は深まり、中台が軍事的に衝突するというような事態が発生する恐れは低下した。米中関係も、武器売却問題等により「軍事交流の停止」などの事態は起こっているが、「決裂」「対立」にまでは至っていない。このような東アジアの安全保障環境をどちらの方向に発展させていくのか、が今問われている。即ち、新基地をつくりこの流れを逆流させるのか?それとも集団的な安全保障の枠組みを構築していくべく更に信頼醸成を図る方向に進めていくのか?日本が選択すべき方向は明白だ。

3 今こそ普天間飛行場無条件返還、在沖海兵隊の撤退を!

  「琉球新報」2.21は、「外務省が有事駐留検討 69年、米軍依存核などに限定」という記事を掲載した。「70年安保」を控えた1969年9月、外務省の「外交政策企画委員会」が、「日本の安全保障に関して在日米軍は『若干の限定された重要基地施設』まで整理縮小させ、平時は自衛隊がカバーして有事の米軍使用に備える体制を整えていくべきだとする考えをまとめていた」と言うのである。ソ連が「健在」であった1969年当時に、外務省が実質的には「常時駐留なき安保(有事駐留)」を検討していた。
  米国の「核抑止力」に依存するようなこの検討案を、そのまま肯定することはあり得ない。しかし、自民党政権下の外務省が、対米従属的な軍事戦略を立てつつも、「米軍基地・施設の整理縮小」を打ち出すことを選択肢として検討していたことは注目に値する。そして、今、ソ連は解体し、東アジアの安全保障環境は先述したように大きく変わりつつある。米軍基地を整理・閉鎖させるべき時である。何よりも、沖縄、日本にまったく無用の在沖海兵隊は撤退させなければならない。新基地建設などとんでもない。
  民主党は、普天間飛行場の「移設」見直し−県外・国外「移設」を掲げていたはずだ。鳩山政権は、民意に従い、そして自らの「公約」を守り、実現しなければならない。民主党にそれを迫るために全国から運動を起こそう。
      1/11「平和の街づくりシンポジウム」より     井原勝介さん講演要旨 
                                          
10年43号4面
                       
 
 
 1月11日に那覇市で行われた「平和の街づくりシンポジウム」での井原勝介(前岩国市長)の発言要旨です。

 民意示す住民投票

 岩国にはジェット戦闘機60機が常駐する海兵隊の基地がある。海兵隊の重要な航空機の基地としては、日本では沖縄と並んで双璧です。岩国は、色々な被害で苦しんできたが、市民もおとなしく共存してきた。でも、2005年に米軍再編が提起をされて、横須賀を母港とする空母の艦載機部隊をもう60機岩国に持ってくるという提案が突然ありました。ジェット戦闘機が120機になれば嘉手納基地より大きくなり、極東一の航空機基地になってしまうと市民も当時市長であった私も反対をした。
国とずっと交渉していたが、市民の意思と議会はねじれていて、米軍再編問題でも議会はすぐ受け入れに転向していった。これではいけないと、私は住民の意思をしっかり示そうと住民投票を岩国で実施をした。これは大変良かった。6割の人が投票してくれて、そのうち9割の人が受け入れ反対という強い意思を示した。住民の大きな意思が示されたわけだから、国にも地方にも非常に重い意思であるはずです。しかし、残念ながら国も県も住民投票の意思受け止めようとせず、無視をして全く従来の飴と鞭で押さえつけていった。

 市長・議員の仕事は市民の生活を守ること

 市長の、議員の一番の責任は、市民の生活、安全・安心を守ること。国の出先機関ではない。説明に納得できず、市民生活を守ることができなければ、相手が国であろうが背後に米国が控えていようが、市民のために最後まで闘わなければならない。そういう姿勢で私は対応していったが、国は一切民意を受け止めようとはしない。国がよくやる手は、秘密会談をする。基地を受け入れれば金を出すよと、水面下の裏取引を求める。納得できるわけがない。それが、国の常とう手段です。私がきちんと話し合いをしようと思って、お互いに協議するために協議機関を作ろうと言ったが、それさえ拒否をする。彼ら(国)にとっては、地方は対等の相手ではない。残念ながら圧力をかけられ、補助金を止められカットされると、だんだん市民の中に不安が高まっていく。今でもあの住民投票の意思は生きていると思うが、残念ながら、現実の政治の世界では、意見が徐々に変わっていって選挙でも私は負けてしまった。
岩国市の現状は、情報が全く公開されなくなって、事実関係を偽って基地の拡大がどんどん進められようとしている。軍民分離どころでなく、市は市街地の新興住宅地が密集している真中に東京ドーム20個分の広大な開発地を、全部防衛省に米軍住宅地として売ってしまおうしている。本当は、きちっと情報公開して市民と議論し、再度民主主義のルールに基づいて決めて行く。そういうルールを守って議論していくことが必要です。

 二国間合意より重い民意

 今の米軍再編、岩国も沖縄もうまくいかない一つの大きな原因は、全く民意を無視しているからです。政治は民意に基づいて行う。外交・安全保障は、当然民意に基づいた政治がおこなうものです。だから当然民意が基盤になる。この間民主党政権の岡田外務大臣に会いに行ったが、「実は民意とアメリカの二国間合意の間で悩んでいるんだ」と、言っていました。しかし、二国間合意と民意とどっちが重いか、というと民意が重いに決まっている。どちらが重いか天秤にかける話ではなくて、順番として民意が先にあり、民意に基づいて米国と交渉し少しでも実現されるようにする。だから、もっともっと我々が声を出す。お任せの政治ではいけない。

 1人1人が基本的人権守る行動を 沖縄でこそ無防備を

 岩国の問題も沖縄の問題も、軍民分離で平和を確保し平和に生活をすることができるというのが、憲法に言う基本的人権です。基本的人権を守るのが政治の一番大切な仕事です。憲法があり、民主主義があり、地方自治があるが、放っておいたら我々を守ってくれません。やはり我々が自立して責任ある市民として、我々の意思を体現してくれる政治をつくる。そして監視しチェックする。問題があれば、取換えることが必要。
今、岩国も頑張っていますが、沖縄も名護の問題が動いて、流れになろうとしているのは、沖縄の人たちがこの10何年頑張ってきたからです。岩国もそれに負けないように、これからも頑張っていく。そして、市民の力で平和をまもっていく究極の形が無防備の平和条例ではないかと思う。自分たち一人一人が基本的人権を守る。そのための究極の手段が、やはり無防備、軍民分離ではないか。あんな悲惨な戦争を体験した沖縄でこそやはり、実感をもって無防備を語ることができるし意味があると思います。 
  
 【大阪・寝屋川市】
   「市民力」で平和を創る―寝屋川市「無防備条例」直接請求その後
                       平和をめざす寝屋川市民の会  事務局長 高橋 靖 10年43号5面
                                                                
 
 2008年の「寝屋川市平和無防備都市条例」直接請求では市議会では否決されましたが、7000人を超える多くの市民のみなさんから賛同の署名をいただきました。その署名運動の中で、市や市議会のわれわれとの話し合いにも充分応じないまま否決するという寝屋川市の体質に強く問題を感じました。そこで、その市民のみなさんの平和に対する思いを受け止めるとともに、そういった寝屋川市の体質を変えてゆく必要を感じ、われわれは会の名称を「寝屋川市平和無防備都市条例を実現する会」から「平和をめざす寝屋川市民の会」に改め、去年の4月からひき続き学習会や映画の上映会を開き活動してきました。

 私は「無防備条例」の運動の中で、現実として「軍隊を捨てた国」コスタリカについて、その研究者である足立力也さんのお話を聴く機会がありました。日本では「平和」というと「反戦」、すなわち戦争に反対するという「マイナス」のことをしないという感じがありますが、コスタリカでの平和教育はそうではなく、国民みんなで、「マイナス」のことをしないのではなく、それとは全く逆のいかに「プラス」の方向、すなわち、いかに環境、人権を守り、そして民主主義を成熟させる方向へ向かって行動するかが「平和」を創ることであるとされているそうです。

 いくら武器があっても、人間らしい普通の感性があるかぎり、普通の人は命令されても、そうは殺人などできないと言われています。だから、アメリカ軍でも兵士の訓練はまず人間としての感性を破壊することからなされ、そして、「敵」に対する憎悪や差別感を植え付けます。つまり、逆に言えば社会全体が人間としての豊かさをのばせ、お互いに相手を尊重し、みんなが何事も根気強く話し合えば解決できるという信念をもてる社会であれば、平和で豊かな社会を創ることができ、戦争をおこしたい人が入り込む余地はなくなるでしょう。

 ですから、今後ともわれわれ「平和をめざす寝屋川市民の会」では、日本を「戦争のできる国」にしようという動きに反対すると同時に、市内の他の市民運動のグループとも交流を図りながら市民どうしの会話をもとに市民との対話ができる議会や行政をつくり、民主主義を成熟さす「市民力」を創ることによって寝屋川での平和で豊かなまちづくりをすすめる運動をひとりでも多く市民のみなさんといっしょにすすめてゆきたいと思っています。

   【討議資料】無防備平和運動の第二段階(上)                                    森 啓(札幌市無防備平和条例直接請求代表者、北海学園大学法科大学院講師)  10年43号6〜7面
  
 2007年に無防備平和条例直接請求運動に取組んだ、札幌市民の会では、無防備平和条例を実現させるために討議資料「無防備平和運動を前進させるために」を昨年12月に作成しました。以下の提案は、その討議資料に掲載されたもので、今後の運動の発展のための議論の一助として2回に分けて転載します。

 以下の所見は、無防備平和条例制定の署名運動に異議を唱えるものではけっしてない。現在の事態を如何にして乗り越えるかの提案である。署名の運動論理に混乱を齎すものでもないと信じての提案である。多くの方々と一緒に考えるための提案である。無防備平和条例の署名運動は一つ壁を越えて第二段階に至っていると認識しての提案である。
当初のころは、「全有権者の2%を超える捺印署名を結集することができるであろうか」と逡巡しながら署名運動を開始した。そして法定数を超えて捺印署名運動は何処も成功した。民主主義市民運動として画期的な事態の進展である。大いに評価すべきことである。
だが、憂慮すべき事態が生じている。次々と議会で簡単に否決されることである。当初のころは、法定数を上回る署名に対して、首長も議会も「どう扱えばよいものか」と思案をした。平和都市宣言をしている自治体は対応に「苦慮」をした。ところが、次々と議会否決が続くと、「無防備条例の請求署名は否決すればよいのだ」と簡単に処理されることになる。署名は成功するが議会ではいとも簡単に否決されてそれが常態化する。この事態は何としても突破しなくてはならない。階段を一つ上がらなくてはならない。何時の場合も状況を乗り越えるには「考え方」「思想論理」が重要である。

 一 考え方

 これまでの吾々の考え方は、「無防備平和条例の制定請求を否認し否決する権限」を「首長と議会が持っている」ことを (漠然と) 是認して、無防備平和条例の制定を請求していたのではあるまいか。首長と議会 が「無防備平和条例の制定請求を否認し否決する権限」をもっているのならば、否認・否決をされても「不満」ではあるが「背信行為」であると「批判する」ことはできない。
 しかしながら、首長と議会には「無防備平和条例の制定請求を一存で否認し否決する権限」はないのである。なぜなら、我が国はジュネーヴ条約を批准しているのである。批准した条約に基づく無防備地域宣言条例の制定請求である。
そして、首長と議会の代表権限は市民が信託した権限である。法定数を上回る捺印署名による市民の制定請求を、四年任期で代表権限を託された代表者が一存で否認否決するのは、信頼委託に反する背信行為であり代表権限の逸脱行為である。全有権者の考えを聞いてから決すべきことがらである。これが民主主義の制度理論であり市民自治の政府信託理論である。

 二 署名運動の進め方

・チラシには「無防備平和条例は基本条例だから全有権者の意見を聴いてから制定せよ」と明確に記載して「全有権者の意見を聞いて制定せよ」の署名を集める。つまり、「首長と議会だけて決めてはなりませんよ」の意思を署名で結集する。 
・そのような署名を集めるのなら「証明付きの署名簿」は交付しない、と役所 が言うのではないかとの心配もあるが、「証明付きの署名簿の交付手続き」はこれまでと同じやり方で進めるのである。全有権者投票のことは署名簿には記載しない。
・だがチラシには「全有権者投票手続きのこと」を明確に記載する。署名を呼び掛けるときにも説明をして「全有権者投票手続きを経て無防備平和条例を制定せよ」の署名意思を結集する。
・そして本請求のときに「全有権者投票を経て無防備平和条例を制定せよ」との「正式文書」(請求代表者の署名捺印した文書) を署名簿冊の上に載せて提出する。そして口頭で「無防備平和条例を全有権者投票にかけて制定してもらいたい」と明白に意思表明をする。
・本請求のあと直ちに記者会見を行ない、報道を通して「無防備平和条例の制定を全有権の意思を聴いてから行うことを請求した」と、市民に訴え賛同を求める。 
・請求受理の公務員が「そういうことを要求するのなら地方自治法の直接請求として受理できない」と言ったら、やはりそこは闘わなくてはならない。闘って受理をさせる。
・そのために本請求は「マスメディアの面前で」(公開の場で) 行う。「市長が全有権者投票にかける必要はないと言っているのか」と追及する。
 「首長権限も議会権限も市民が四年任期で託した権限である」市長と議会は「前例なき問題が発生したら対処せざるを得ない」立場であるのだ。「法律に書いてあるとか書いてないとか」の問題ではない。「思いもよらない事態に対処するのが権限を託された者の職務であるのだ」と論駁する。公務員にはそれをハネかえす腹構えと論理はないであろう。
・受理をさせるその場面が「市民自治の真剣勝負」の場面である。

・これに対し次の疑問が出るであろう

1 地方自治法の「条例制定の直接請求」で「全有権者投票に付すべきだ」と要求できるか。つまり、(条例制定請求)と(全有権者投票の要求)を同時にやれるだろうか。
2 「住民投票をやれ」と要求するのならば、別途に「50分の1以上の署名」を集めて「住民投票条例の案」を添えて、請求しなければならないのではないか。原子力発電所反対や町村合併反対のときとには「住民投票条例案」を添えて請求したのだから。

 ・吾々の論理

(1) 「二つの条例制定を請求」しているのではない。「この無防備平和条例を全有権者の意見を聞いてから制定せよ」と請求しているのである。
(2) 無防備平和条例は普通の政策条例と異なる「自治体の基本原則」を定める条例である。いわゆる「自治基本条例」である。であるから「全有権者の意思を聴いてから制定すべきである」と主張するのである。「有権者投票に付する手続きをつくるのは市長と議会の役割である」。それが「代表権限を信託された政府の本来の責務」である。であるから「住民投票条例案」を吾々が提示する必要はない。
 注 (用語として「住民投票」よりも「全有権者投票」の言葉を使うのが、論理的に正しい。その理由は後で説明する)
(以下次号に続く)