【追悼】 無防備運動の推進者   井上ひさしさんの死を悼む
   「無防備の波が全世界を覆って基地帝国を圧倒し去るまで地域に根を生やして頑張ろう」      
   
                      無防備地域宣言・全国ネットワーク 事務局 
 10年45号2面
                
   作家井上ひさしさんが、4月9日亡くなられました。75歳でした。
 井上ひさしさんは、第14代日本ペンクラブ会長や「九条の会」の呼びかけ人としてよく知られていますが、無防備地域宣言運動の強力な支持・推進者でもありました。

 05年には、故土屋公献元日弁連会長や上原公子国立市長(当時)、翻訳家池田香代子さんらとともに全国に無防備地域宣言を広げるための千人アピール呼びかけ人として活躍し、05年2月神奈川県藤沢市の無防備署名運動に「…アメリカは『基地帝国』なのです。そして私たちの日本はこの基地帝国にみごとなまでに組み込まれてしまいました。これに対抗する方法は1つしかありません。それは日本国憲法の根本玄義と国際法にもとづいた『無防備地域拡大運動』です。…無防備地域宣言の波が、全世界そして全地球を覆って基地帝国を圧倒し去るときまで、それぞれの地域に根を生やして、がんばっていきましょう。」というメッセージを送り応援しました。
 また、08年5月の川崎市の無防備署名を成功させる集会の講師として多くの方に語りかけられ、各地のご自身の講演会で「九条を守る運動と同時に『無防備地区』への取り組みを」と訴えてこられました。
 さらには新聞紙上でも「9条を守れ」から「半歩でも前に」へ」と題して「これまで『9条を守れ、憲法を守れ』と声をあげ、『戦争をしない、交戦権は使わない』といった否定路線を守ってきた。そこで痛感したのは、百%守っても現状維持なのですね。守れ、守れというだけでは先に進まない。だから今年は『する』に重きを置きたい。具体的には、ジュネーブ諸条約に基づく『無防備地域宣言』の条例制定運動です。無防備地域の考え方は憲法9条の非武装平和主義にうながされてできました。・・・こうした平和地域を日本全国のあちこちに誕生させたいのです。」(08年2月14日毎日新聞特集「今平和を語る」)と、強く無防備地域宣言運動の発展を訴えられてきました。
 こうした、井上ひさしさんの活動は、これまでの全国29都市の無防備署名運動や各地で準備をしている仲間に限りない励ましを与え、運動の拡大に大きな力を発揮してきました。このような無防備運動にとってかけがえのない井上ひさしさんが亡くなられたことは、本当に残念でなりません。深く哀悼の意を表します。今後私達は、必ずや無防備平和条例を制定し、井上ひさしさんの願いである「平和地域を日本全国のあちこちに誕生させる」ため全力で奮闘していくことを表明し、追悼にかえます。
 【鎌倉 】    3/21「市民がつくる平和条例」のつどいを開催
                  無防備宣言運動鎌倉有志の会 高畑 宅二  10年45号3面
 
 3月21日、鎌倉で「市民がつくる平和条例」の集いを開催した。無防備宣言運動・鎌倉有志の会は、月1回の定例学習会を行っているが、今回は、沖縄の普天間情勢が揺れている中で、無防備運動の今日的な意義を深める機会となった。なるべくこの運動を分かりやすく伝えたいと「市民がつくる平和条例」のタイトルとなった。若者向けにデザインしたチラシをつくり、実行委員が教会や公共施設、喫茶店などに宣伝し、当日には約30名の参加があった。
 伊藤成彦さんの講演では、おもに@第二次大戦時の「非武装都市」非暴力抵抗の歴史 Aヘーグ条約、ジュネーブ条約 B鎌倉市の平和運動の歴史。とくにBは、戦後の「鎌倉アカデミ」運動「鎌倉平和都市宣言」〜73年「鎌倉市民憲章」など、鎌倉市民が積み上げてきた平和運動の歴史と、そこに関わってきた市民の思いを詳しく知ることが出来た。
 今後の提案として、「軍事施設を置かない」などに加え、沖縄の普天間問題の背景にある日米安保条約を意識し、軍事同盟を一切認めない、日米安保条約を廃止し、日米平和友好条約を締結・アジア平和友好条約のネットワークなどを強調された。
 参加者からは、「今後の無防備運動では、鎌倉の平和運動を知る機会を得てよかった。この内容を踏まえたい。」「軍隊を無くす無防備運動が、日米安保条約の廃棄につながる。普天間問題は基地を移転では無く撤去するしかない。」など、様々な感想が寄せられた。
 有志の会では、普天間基地の問題を沖縄だけでなく全国の問題としてとらえ、6月の鎌倉市議会に対して、「普天間基地の無条件撤去を政府に求める」決議を陳情することを検討中だ。
 【吹田 】    4/4 沖縄から平和を考える吹田のつどいを開催
                  平和なまちづくり吹田ネットワーク 井上一彦  10年45号3面
 
4月4日、北千里駅のパフォーマンスホールにて開催したこの「つどい」にはおかげさまで約50人の参加を得ることができました。「つどい」では、はじめに「平和なまちづくり吹田ネットワーク」の紹介をさせていただきました。そして、基調の中では「平和憲法を持つ国として、沖縄、そして日本のどこにも基地はいらない。そのことを呼びかけてゆきましょう」との訴えを行わせていただきました。
 基調提起の後は、ゲストの方たちの登場です。
 まずは、「ジュゴン保護キャンペーンセンター」の方たちから、基地建設が目論まれている沖縄の海に生息しているジュゴンの生態や、基地の建設が行われるようなことになると、絶滅危惧種に指定されているジュゴンの生態系を破壊してしまうことなどが、映像とともに紹介されました。ジュゴンの生態のことや、基地建設に対しての現地の方たちの考え方など、参加者からも活発に質問や意見が出されました。
 そして、後半は「吹田・高槻さんしん隊」「ゆいまーる会」の方たちによるさんしん演奏と琉球舞踊の披露となりました。舞踊、演奏の最期には、参加者みんなでカチャーシー(沖縄の踊り)を踊って楽しみました。演奏が終わってからも参加者の方からは「さんしんを教えて欲しい」「自分の福祉の仕事場に是非演奏しにきて欲しい」等の声が上がりました。
 ゲストで来ていただきましたみなさん、本当にありがとうございました。美しい海の沖縄に決して基地はいらないことを参加者一同で感じあいながら、沖縄の文化にも触れられたつどいとして成功することができてよかったと思います。また次の企画の時も是非みなさんご参加ください。
 【沖縄】4・25県民大会の成功へ
      〜基地に対する県民の思いと無防備運動を考える

           無防備地域宣言・沖縄ネットワーク 事務局長  西岡 信之  10年45号4〜5面
  
4月25日の県民大会の成功に向けて、沖縄は動きだした。準備期間の短さ等で本当に10万人以上集めることが出来るのか、もし10万人に届かず07年の検定教科書県民大会より参加者が少なかったら政府に対してマイナスのメッセージを与えることになるのでは等の不安要因を乗り越えて、超党派の県民大会は市町村の行政と政党・平和団体を先頭にフル稼働を始めた。この会報が発行される頃には、県民大会の様子や結果が報道されていると思う。今回は、この県民大会の名称を考える中で、米軍基地に対する県民の思い、考え、気持を改めて認識するとともに、無防備平和運動について考えてみたい。

 自民・公明も「県内移設反対」に

 略称「4・25県民大会」の正式名称は、4月6日の実行委員会で「米軍普天間飛行場の早期閉鎖・返還と県内移設に反対し、国外・県外移設を求める県民大会」という長い名称に決まった。「普天間飛行場の早期閉鎖・返還を求める県民大会」でいいのではと考えてしまうが、この名称は、2月24日の県議会において全会一致で決議した意見書と同じ名称(最後の「県民大会」のところが「意見書」)になっており、この県議会の流れを踏襲した県民大会となっている。県民の中での普天間基地をどうしたらいいか、米軍基地をどうしていくのか、という点で本当に多くの意見や考えが分かれている。個人一人ひとりの違いもあり、政党や団体やグループごとに考えが違うのだ。
 これまで県議会では、県政与党(自民・公明)の反対で、なかなか決議や意見書を上げることは出来なかった。自民・公明は、移設先を名護市の辺野古沿岸で容認していたため「県内移設に反対」という文言では賛成しなかった。ところが普天間の県内移設反対を公約にしていた民主党政権が誕生し、普天間が国政問題として浮上したことによって自民・公明も「県内移設反対」に立場を変えた。
 次に共産党は、最終的には意見書に賛成したが、あくまでも「普天間基地の即時閉鎖・返還を求める」ということにこだわっていた。私はこの共産党の当初の立場は正しいと考えている。基地は移設ではなく、即時閉鎖・撤去だと。しかし、長い大会名称の後半部分に、県民の考えの違いをまとめ、政党や団体が全会一致で合意できる文言が整理されている。つまり「県内移設」に反対し、「国外・県外」移設を求めるというところだ。

 県内移設反対の一致点で県民の意思を示す

 共産党の立場は正しい。基地などどこにもいらない。県民の多くは思う。しかし、この国の世論調査や多くの国民の意識はどうか。日米関係は大切といい、日米安保体制維持が6割を占める。防衛のため米軍基地の軍事プレゼンスは必要というマスコミ操作によって多くの国民が軍事力抑止の考えを持たされているのが現状だ。普天間を即時閉鎖・返還と言って本当に出来るのか、いつまでも普天間は残されているではないか、いつまで普天間の危険性を放置しているのかという苛立ちが積もる。日米安保が必要と言うなら、国民が平等であるなら、国土の0・6%しかない沖縄に米軍専用施設の75%が集中しているのは、「沖縄差別」だという考えだ。米軍基地の負担を沖縄だけに肩代わりさせるのではなく、全国の46都道府県に等しく負担を分担してほしいという思いは強い。1945年3月から65年間も米軍基地は一日たりとも沖縄から出ていったことがないのだ。
 次のような那覇市民の意見が沖縄タイムスの投稿欄に掲載された「徳之島への普天間基地移設に政府が本腰を入れている危機感が島を覆い、徳之島3町議会は即座に反対決議を採択し、鹿児島県知事も間髪いれず総理官邸に出向いて反対を表明した。この報道を沖縄住民はどう受け止めただろうか。長年基地被害に悩まされていても、目と鼻の先にある地域から基地は要らない、基地はごめんだのシュプレヒコールだ。反対集会では子供たちにきれいな島を残したいとか、受け入れは戦争に加担することだ、などのきれい事が並んでいた。こういった反対活動はすべて基地は沖縄にあればいい、という意識の裏返しだ」。
 こうした気持が県民の意識にあることを、本土(県外)に住む日本国民と1879年の琉球処分前から沖縄県域に住んでいた人々の子孫ではない私を含む現在沖縄県内に住む日本国民は理解しなければならない。沖縄は差別されているのだ。
 平和運動団体の中には、「米軍基地を本土に移す」ことだけを求めているグループもある。こうした沖縄ナショナリズムと呼ばれている考えや、保守政党のように鳩山民主党政権つぶしを狙い県民大会を政治利用しようとする動きもある。「県外移設」や「国外移設」を求める意見もある。また基地はどこにもいらない、県外も国外も戦争につながる基地には反対という考えもある。こうした様々な考えや思いがある中で、超党派の県民大会を成功させなければならない。普天間の県内移設反対の一致点で県民の意思を示さなねばならない。

 無防備は究極の平和運動

 普天間基地ひとつでこれだけ多くの考えや立場がある中で、無防備平和運動は、究極の平和運動であり、人類による暴力を一切否定する平和学を実践する最高の平和運動であると再認識できる。軍事力では平和は創れないことを、世界中の人類が目覚めることが出来るのは無防備平和運動しかないと思う。基地は移設ではなく撤去。世界のすべての国々の軍事予算をなくす運動が無防備平和運動であると強く確信する。         (4月13日)

【4/25県民大会】
  史上初づくめの大会−93700人で成功!県内首長は代理2名含め全員が参加


 読谷村運動公園で開催された「米軍普天間飛行場の早期閉鎖・返還と移設に反対し国外・県外移設を求める県民大会」は93700人の参加で大きく成功した。仲井眞知事と県内41市町村の首長は代理2名含め全員が参加。事情で大会に参加できない県民には大会賛同の黄色いリボン着用を呼びかけるなど、史上初ずくめの大会となった。翁長那覇市長は「基地は県民が望んだものではない。沖縄の基地問題を解決しないでどうして日本は自立できるか」と挨拶し、伊波宜野湾市長や稲嶺名護市長は「移設ではなく米軍は米国へ撤退をと要求すべきだ」「陸上にも海上にも辺野古に絶対基地は作らせない」と決意表明した。普天間高校の岡本かなさんは「入学したとき、基地の騒音被害にうるさいと叫んだこともある。窓から星条旗が見える。フェンスで囲まれているのは、基地なのか。私たちなのか。そして、怖くなった、日常に対して、慣れていく自分に対して。危険を危険と感じない自分に対して。生活の中に基地があり、沖縄に基地があることを仕方がないと思っている自分。私たち一人ひとりが考えれば何かが変わると信じて、私はここに立っている」と訴えた。
 大会は「日米両政府が普天間飛行場を早期に閉鎖・返還する」ことを決議し基地撤去の思いを一つにした。

 【北海道】「国家観念からの解放は無防備平和から」―無防備運動の第二段階を迎えて−
                            無防備平和をめざす札幌市民の会  谷百合子  10年45号6面
  東京の桜便りも下火になったというのに、こちらは小雪がちらつき、まだストーブと縁が切れない「北国の春」生活を送っております。北国の市民運動は、厳寒期は凍結気味ですが、重いコートを脱いだ時から、木の芽と共に息吹始めます。無防備札幌の新しい動きをいくつかお知らせします。 

 カトリック正義と平和委員会全国集会で「無防備地域宣言」の分科会を予定

 昨年から準備が進められている「カトリック正義と平和委員会」の全国集会が9月18日から21日まで札幌で開催されます。大阪で署名に取り組んだ松浦悟郎司祭の呼びかけで、19日は「無防備地域宣言」をテーマに分科会が持たれる事になりました。松浦さんのあとに谷が講演をする事になっていて小心者の私は今から震えがきています。カトリック右翼というのがいるそうで「ジュネーブ条約は戦争を前提としている」等と色々反論を用意しているとのこと。これって右翼側ばかりではなく左翼側からも聞いた気がしませんか?とどのつまりは同じ穴のムジナなのでしょうか?こちらは前田朗(東京造形大)さん森啓さんと最強の論者を揃えました。異論、反論が多いほど面白いですから、実のある議論展開で盛り上がる事を期待しています。初秋の北海道を楽しみたい方もどうぞお越し下さい。

 帯広も頑張っています

 帯広市では無防備の会を立ち上げてから、毎月学習会や例会を持っています。5月8日はサナテレビの上映会開催に札幌から谷、浦部さん、五十嵐さんが参加し、交流を持ちます。帯広は今、笠原さんと野村さんが中心で動いていますが、事務局体制をさらに固めるため、私たちもお手伝いをします。今年の夏も帯広駅前の歩行者天国で無防備運動のブースを予定していますが、札幌からも応援に行きたいと思います。

 自治体学の勉強会を継続 「政策型志向と政治」読書会

 無防備条例署名は、今2つの局面を迎えていると思います。全国に無防備運動の輪を広げ、署名に取り組む地域を盛り上げていく力を継続すること。この勢いを高めていくことはこれから益々重要です。
 もうひとつは、市長、議会の条例否決をストップすることです。それには私達が、市民の琴線に触れるゆるぎない理論を持つことが不可欠です。札幌の署名後、森啓さんを中心に松下圭一さんの自治体学の勉強会を続けてきました。数冊を読み終えて今『政策型思考と政治』に入ったところです。無防備宣言は、まさに国家観念からの解放であり、この本は「国家観念との別れの書」であると松下さんも扉に明記してあり、ます。北海道の自治体職員には広く読まれているようですが、効果はいかほどのものか我々市民には判断しかねます。学んだ結果は読んだ人の勇気と決断として見えてきます。無防備の理念も国家観念からの離脱です。中央政府と自治体の在り方を抜きにして沖縄もダムも原発も解決しません。憲法学者や議員と討議するために、松下理論を市民の側から読み解き、無防備運動に活用していきたいものです。
    
  1/11「平和の街づくりシンポジウム」より    大田昌秀さん講演要旨 
                                    
10年45号7〜8面
                       
 
 
 1月11日に那覇市で行われた「平和の街づくりシンポジウム」での大田昌秀さん(元沖縄県知事)の発言要旨です。

 沖縄戦・同期生120名中生き残ったのは39名

 私は沖縄師範学校の一年の時に防衛隊で戦場に出された。首里城の地下に沖縄守備軍の司令部の情報部があり私など学生隊が情報伝達を任務にしていた。45年5月27日に摩文仁に撤退命令が出て私の同期生は120名のうち生き残ったのは39名で、私も足に怪我して海に飛び込んで意識不明のまま海岸に打ち寄せられて、それで生き延びることができた。それで、なぜこんなバカな結果になったのか、どうしても明らかにしたいと、沖縄戦の研究をはじめた。
 今回、米へ資料探しに行った時、これが出てきた。「訓令 陸軍大尉益永薫 貴官ハ千早隊ヲ指揮シ軍ノ組織的戦闘終了後ニ於ケル沖縄本島ノ遊撃戦ニ任スヘシ 昭和二十年六月十八日 第三十二軍司令官牛島満」この千早隊というのは、私が属していた情報宣伝隊で、牛島司令官から直接、学徒隊の解散の日の6月18日にこれからも潜伏してゲリラ戦を戦えという命令を出して、「軍官民共死」を強いた。

 沖縄の痛みを本土に移したくない

 辺野古の問題について言うと、普天間の年間維持費は年間280万ドルだが、海の上に基地を作ったら2億ドルになる。それを日本の税金で払わせようとしている。さらに驚いたことには、新しくできる基地は軍用年数40年、耐用年数200年になる。こんな基地はたまらないと、知事時代に基地返還アクションプログラム(96年1月)を作り、2015年までに嘉手納を含む沖縄の基地を全部返して欲しいと頼んだ。それで、少女暴行事件がおこり、SACOという沖縄に関する行動委員会ができて、当時の橋本総理に一番返してほしいのはどこかと聞かれ、「もちろん普天間です。普天間は周辺に幼稚園から大学まで16の学校があって非常に危険だ。」と言った。しかし、県内に新たに基地を作るというから、到底受け入れられないと拒否した。その時に沖縄には「他人に痛めつけられても生きることはできるが、他人を痛めつけては生きることができない」という言葉がある、沖縄の痛みを本土に移したくないからこそ本土に移せとは言わなかった。アメリカに返せと言ってきた。
 さて、オーランド島というのはフィンランドとスウェーデンの間にある6千あまりの島々で人口は2万5千人くらい。オーランド島を巡ってフィンランドとスウェーデンが自分の領土だと争っているときに、岩手県出身の新渡戸稲造が国際連盟次長としてそれを解決して今でも高く評価されている。その解決が、オーランド島という島々を非武装にして軍事的に中立にするということ、オーランド島の自治を徹底的に認めて行くということ。(一九二一年、国際連盟の裁定により周辺諸国がオーランド諸島非武装中立化協定を締結した。オーランドは非武装・中立・自治の島になった。)
 国会の衆参720名の議員中、沖縄代表は9名のみ。この状況では、本土の国会議員が沖縄の問題を自分の問題と考えていれば解決できるわけですが、そういう人はいない。どの県の国会議員も自分の所に基地を引き受けようとしない。私から言わせると、これは沖縄に対する差別だ。私はいつも民主主義の名において沖縄が差別されると言ってきた。だから、沖縄の問題は解決しない。ところが、この新渡戸裁定の中心は、フィンランドの政府が間違った事をすると、国の政策よりもオーランド住民の自治が大事だという点です。新渡戸裁定は軍隊を置かない、非武装を守るということ、軍事基地をどこにも作らない、中立を保つということと、最大限自治を認めることが根本的なところです。

 沖縄が誇るべきものは「平和力」

 私は沖縄が本当に誇るべきものは何が一番か考えてきて、結論は「平和力」。平和になりたいという思いが人一倍強い。どの県にも絶対負けない。首里城の地下には、日本軍が撤退するときに動けない連中を青酸カリで殺した遺骨がある。私は壕を掘り、平和遺産の一つとして平和教育の場所にしたいと言ってきた。
 無防備都市について、少しだけ言うと、首里城には23の国宝建築物があった。しかし、首里城の地下が日本の守備軍司令部になり、米軍はどんどん爆撃して23の国宝はみんな吹っ飛んでしまった。とりかえしがつかない。その意味でも、無防備都市をつくりあげていくのは重要です。無防備都市も、ここ(那覇)からスタートして、(県内)全部やりましょうや。