出撃基地の沖縄基地撤去を!安保条約を燃やしましょう!
       〜5/1東京・5/2大阪で集会〜
  10年46号2面 
               
 
 5月1日東京で「普天間基地撤去!基地はどこにもいらない集会」が、翌2日には大阪で「普天間基地は移設ではなく撤去を!ジュゴン保護区を!非武の島沖縄をめざすつどい&ピースウォーク」が開催された。この集会は、4・25沖縄県民大会を踏まえ、普天間基地撤去の闘いを全国に広げる取り組みであった。普天間基地は移設ではなく撤去すべきこと、政府案は移設ではなく巨大な新基地建設であり、沖縄だけの問題ではなく日米安保・日米軍事一体化など私たちの問題あることを確認した。大阪集会後のピースウォークでは、ジュゴンの折り紙を受け取り、手を振ってこたえる方も多くいて、沿道の注目を浴びた。
 集会では、保坂のぶとさん(社民党参院比例区立候補予定者)から、「普天間基地は移設と言うが、実は質的にも量的にも全く違う基地として作られる。政府は、県民大会を踏まえて百%あり得ないということを米国に通告し、新しい交渉に入るべきだ。」と報告があった。続いて、狩俣信子さん(前沖縄県会議員、那覇市無防備平和条例直接請求代表者)から沖縄現地の生の怒りと訴えがあった。

 狩俣信子さんのお話−要旨は以下の通り

 1968年読谷高校勤務の時、嘉手納のB52が墜ちた。復帰前の核のある知花弾薬庫の手前に墜ちた。夫は戦争が起きたと思ったと言っていた。嘉手納の井戸水は燃える。米軍のオイルは垂れ流しで、それが浸み込んで水が燃える。米国は自国の環境に優しいが、他国には違う。県道104号線越え実弾演習では、撃った後始末は何もしない。ハワイなど自国では不発弾は自分たちで処理しているのに。
 沖縄は米軍に銃剣とブルドーザーで土地を取られた。沖縄の人は自らどうぞと言ったわけではない。これ以上、基地をつくらせてはいけない。軍用地料は人間を駄目にしていく。不労利得だ。
 抑止力と核の傘とかで、安保条約、基地がいると言う。安保がいるというなら、47都道府県で分け合ってください。それが嫌なら、沖縄とともに基地はいらない、米国は基地を持ち帰れと言うべき。
 佐賀、長崎とどこも受け入れ反対。なら、沖縄だって反対。沖縄差別もここまで来ると大変なもの。1970年、コザ暴動。いままでのおとなしいウチナンチュではない。絶対に辺野古に基地をつくらせない!沖縄だけでなく、安保の問題です。皆さんにも関わってくるのです。
 これ以上、基地はいらない。米兵によるレイプは日常茶飯事。私の教え子も被害者。米兵は基地に逃げ込んだら捕まらない。米軍は「良き隣人として兵員の教育をしています」と言うが、悪い隣人だ。レイプされても、告訴を取り下げてしまうことも多い。ある夫婦のことが忘れられない。家にいた小学生の娘が米兵にレイプされた。しかし、言えない。一家3人の秘密だと。
 色々運動がある中で人間の安全保障が大事。海兵隊は19〜20歳の子が来る。訓練はまず、母親を侮辱することから始まる。軍隊が教えるのは人殺し・暴力。沖縄がまさにその訓練基地になっている。そのことに本当に怒りがわく。沖縄が出撃基地になっている。戦争は人が人でなくなる。 安保条約を燃やしましょう! 無防備条例を制定させましょう! 日米地位協定も見直しましょう!
    5・12 国会請願・省庁要請
 基地撤去掲げ請願デモと省庁行動〜抑止力説明できぬ防衛省〜

                                10年46号3面
 
 普天間基地即時撤去の1559筆の署名を提出

 5月12日(水)に派遣法廃止、普天間基地即時撤去、イラク戦争検証委員会設置を求める国会行動が行われ、無防備全国ネットも普天間基地撤去を求めて参加した。
 行動は、午前10時から国会前での座り込みと並行して、防衛省・外務省要請と内閣府への普天間基地即時撤去の署名(1559筆)提出および衆参両議員への要請行動を行い、最後に普天間基地撤去では私たちが初めてという国会請願デモを行った。政府の辺野古、徳之島新基地建設案に対する極めてタイムリーな行動となった。
 以下、防衛省要請について報告する。なお、外務省は無防備全国ネットからの要請に対し、一貫して「時節柄、この案件については個別に対応しないと決定した」(外務省北米局日米安全保障条約課)と面会を拒否した。当日の一時間に渡る外務省門前行動で担当事務官を出て来させて要請書を手渡して課長までただちに供覧することを約束させ、国民の請願権を無視する外務省の対応を批判し、回答を求めました。

 防衛省要請  平然と基地負担押しつけ回答

 要請項目と回答要旨(防衛省防衛政策局日米防衛協力課)は以下の通り。

@ 普天間基地の閉鎖・撤去を米国政府に要求すること。
回答 「在日米軍の抑止力は不可欠であり、普天間基地の代替施設なしの撤去は不可能。」

A 辺野古沿岸案及び徳之島移転案は、ジュネーブ諸条約第一追加議定書の48条=軍事目標主義・軍民分離原則、58条=攻撃の影響に対する予防措置に違反するが、見解と建設の根拠を。
回答 「担当部署でなく回答不能」

B 海兵隊のグァム移転計画と普天間基地代替施設の必要性について、沖縄の海兵隊の実数・実態を勘案したうえで見解を。
回答 「海兵隊兵員8千人と家族9千人が2014年までにグァムに移転。海兵隊の定員が1万8千人なので1万人に減少する。抑止力を維持しつつ軽減の取組みを進める。海兵隊は抑止力にとって不可欠。」

C 沖縄の海兵隊が日本の安全保障上、なぜ必要なのか根拠をもって見解を。
回答 「海兵隊は北朝鮮の核ミサイル等不確実な状況に、迅速かつ機動的に対応できる。抑止力の重要な構成要素として理解している。沖縄は東アジアの各国に近く、周辺諸国と一定の距離がある。海兵隊は、後方部隊も持ち機動性と即応性に富む。在日米軍の軍事的プレゼンスの中で海兵隊は抑止力の重要な構成要素である。」

 以上のように、防衛省は沖縄県民の総意を一顧だにせず、沖縄に負担を押し付ける回答を平然と言い放った。海兵隊の抑止力については、北朝鮮の核ミサイルに海兵隊の果たす具体的役割は?の問いには何も答えられず、沖縄の海兵隊の定数でなく実数やイラク・アフガンへの出撃回数は「承知していない」と逃げ、また海兵隊がイラク・アフガンへ出撃することについては一旦「抑止力には関係ない」と認めたものの、すぐ慌てて発言を撤回し、さらに「海兵隊がイラクへ出ていって居なくても基地がある(ので抑止力になる)。」と小学生も驚く回答を言い出す始末。抑止力はないということをさらけ出した内容であった。
 今後、各地の行動などで抑止力から日米安保そのものを問い、基地撤去から軍事力によらない平和の安全保障を作り上げていくことが必要である。
 【国民保護計画 】   
市町村の「避難実施要領のパターン」(避難マニュアル)作成は何故進まないか?

    無防備地域宣言運動全国ネットワーク事務局 矢野 秀喜  10年46号4〜5面
 
1 全国市町村の3分の2以上が「避難実施要領のパターン」未作成

 3月10日、一年半ぶりに「第15回地方公共団体の危機管理に関する懇談会」が開催された。この席で、総務省消防庁国民保護室が「国民保護に関する取組状況」という資料を提出した。この資料の中で、全国市町村のうち15市町村がいまだに国民保護計画を作成していないことが明らかにされた。それと同時にもう一つ注目すべき事実が公表された。全国の1796市区町村のうち1213団体(67・5%)が「避難実施要領のパターン」を作成していないというのである。「国民保護計画」は国から尻を叩かれて何とか作成はしたものの、肝心の「避難実施要領のパターン」、要するに避難マニュアルは作っていないことが明らかになったのである。
 未作成の理由は様々である。 
 最も多い理由は「担当職員が少ない」であるが、次に多いのが「具体的な作成内容が分からない」。また「作成する意義が不明確」という理由も“堂々と”挙げられている。全国の自治体は今どこも税収が落ち込み、緊縮財政を強いられている。そのため人員削減を余儀なくされ、民間委託、指定管理など業務のアウトソース化も進めている。他方、生活保護世帯の急増、保育需要の高まり等には待ったなしで対応していくことが問われている。防災対策の整備も迫られている。そのような自治体の現場からすれば、「戦争協力」のための業務など後回しにするしかない、と言うのが正直なところではないかと推測される。避難マニュアルの作成が“喫緊の課題”であるという認識であるならば、他の部署の職員を削ってでも職員をその業務に就け、マニュアルを作成させるであろう。しかし、自治体の現場はそのような認識には立っていないということができる。
 これに対し、消防庁国民保護室は「今後、消防庁として市町村における避難実施要領のパターンの作成をより一層働きかけていくことが必要」と結論づけている。しかし、それはお座なりのものでしかない。

避難マニュアル 未作成の理由
│未作成の理由(複数回答可) │団体数 │
│国民保護計画が未作成 │15 │
│市町村合併により再作成が必要 │39 │
│具体的な作成内容が分からない │373 │
│担当職員が少なく着手できない │600 │
│作成する意義が不明確 │73 │
│その他 │142 │
   (2009年10月1日現在)

2 避難マニュアルが作成されないもっと深い理由

 しかしこの作業が進まないのはもっと深い理由があるように思われる。そもそも自治体は何故、「避難実施要領のパターン」を作成しなければならないのか?
国民保護室は、06年1月に市町村に示した「市町村国民保護モデル計画」の中で、「避難実施要領のパターン」を資料として添付し、「マニュアル」を作るように促していた。「有事」に政府が「避難指示」を出した場合に、市町村長は「避難実施要領」を作成し、円滑に住民を避難誘導ができるようにしなければならない。しかし、緊急時に時間的に余裕もない中、簡単に避難実施要領など作成できない。そのために自治体には平素から予めパターン化したものを作っておくことが努力義務とされているからである。
 では、国民保護室が示した「マニュアル」はどんなものか?その中では、「住民の『自助努力』による取組みの促進」が謳われ、「自助7割、共助2割、公助1割」が原則であると言い、「住民自らが身を守る必要がある」「国民一人一人が危険回避のために問題意識をもって対応できるよう、平素からの啓発を強化する必要がある」と述べている。要するに住民に“自己責任で避難しなさい”と言っているのである。そうであれば自治体が何も目の色変えてマニュアルを作成する必要などないということになる。
 しかも、マニュアルの中で想定した事態の一つ=「弾道ミサイル攻撃」で示されていることは、「屋内に避難する」、「(屋内に逃げられないときは)何らかの遮蔽物の物陰に留まる」よう住民に徹底しておく、という程度のものである。こんなものを作成して何の意味があるのか?自治体の担当者もそう考えたに違いない。それ故、「作成する意義が不明確」ということになるのである。
 もう一つ、「ゲリラ・特殊部隊による攻撃」、「着上陸攻撃」等の想定自体の荒唐無稽さは措くとしても、そのような事態に際して、果たして住民の避難路は確保されるのか、避難場所は提供されるのか、という問題がある。有事法制は武力攻撃事態法を“母法”として、武力攻撃事態に際して自衛隊と米軍が共同して対処・戦闘を展開できるようにする、更に自治体・民間事業所・住民がそれに協力する態勢を構築する、そのための諸法制で構成されている。その一つに「特定公共施設優先利用法」がある。これは「有事」において、戦闘のために港湾、飛行場、道路、海域、空域、電波等を自衛隊・米軍が優先して利用することを規定したものである。「有事」においては、この法が必ず適用される。そうなれば、住民が避難しようにも道路が使えない、港が使えない、飛行場は軍優先、ということが出てくる。現に、鳥取県が03年10月に行った住民避難訓練において、住民の避難のための道路使用と自衛隊の部隊展開・兵站のための道路使用のどちらを優先するかを巡って県と自衛隊が「現場協議」した際、自衛隊側は軍優先を主張した。そして、避難マニュアルはそのことを織り込んで作成すべきであると言っている(「国民保護計画をつくる」岩下文広著より)。

 自治体が避難マニュアルを作成する場合、住民の安全確保を第一に考えざるを得ない。しかし、政府が言う「有事」においては、住民の生命・財産の最優先は担保されない。そのことが分かっているのに自治体として避難マニュアルを作成しても最終責任を負えない。これでは作成するのに二の足を踏むのは当たり前ではないか?

 そして、消防庁国民保護室も自治体に対し避難マニュアル作成を強く迫ってはいない。国民保護室としては、自治体が“精緻なマニュアル”“現実的なマニュアル”を作成しようとすればするほど、その非現実性や荒唐無稽さに気づくというプロセスが進んでは困るからである。マニュアル作成など後回しでもいいのである。それより自衛隊・警察・消防・住民等が「一体化」して実施する有事訓練が積み重ねられ、地域の戦時態勢づくりが進めばそれでよいのである。

3 今こそ沖縄戦の教訓に学ぼう

 元沖縄県知事の大田昌秀氏は、近著『徹底討論 沖縄の未来』(芙蓉書房出版)で、沖縄戦において犠牲となった14歳未満の子どもたちの「死因」について明らかにしている 沖縄戦では、14歳未満の子どもたちの多くが軍によって死に追いやられた。軍は自らを守るために子どもたちを壕(ガマ)から追い出し、食糧を奪い、足手まといにならぬよう自決を迫ったのである。また、戦闘に協力させ文字通り「戦死」させた。これが日本の軍の実態である。
戦後の1954年に設置された自衛隊は、このような旧日本軍の振る舞い|住民に犠牲を強いた戦闘、作戦をどう総括しているのであろうか?これを反省し、二度と繰り返さない、という立場に立っているだろうか?おぞましい日本軍の「伝統」を断ち切ったであろうか?残念ながら自衛隊は旧日本軍と断絶していない。
 そうであるならば自治体は、住民の生命、財産を守るために、政府|自衛隊の言いなりにならぬようにしなければならない。ジュネーブ条約第一追加議定書は、武力紛争下における住民保護を規定しているが、そこにおける基本原則は「軍民分離」である。自治体は、有事法制|国民保護法ではなく、ジュネーブ条約追加議定書の諸規定に基づいて住民保護措置を具体化していくことが求められている。消防庁国民保護室にまた尻を叩かれて「避難実施要領のパターン」作成などに取り掛かるのではなく、「軍民分離」に貫かれた町づくりを構想、具体化していく必要があるのである。

沖縄戦で犠牲となった14才未満の子どもたちの死因
│死因 │戦没者数 │注(筆者) │
│壕提供 │10,101 │壕追い出し(軍人優先) │
│炊事雑役救護 │343 │戦闘協力(兵站) │
│自決 │313 │軍命令 │
│糧秣運搬 │194 │戦闘協力(兵站) │
│四散部隊への協力 │150 │ │
│保護者とともに死亡 │100 │ │
│弾薬運搬 │89 │戦闘協力(兵站) │
│陣地構築 │85 │戦闘協力(兵站) │
│食料提供 │76 │食料強奪(軍による) │
│友軍よりの射殺 │14 │ │
│伝令 │5 │ │
│患者輸送 │3 │ │
│その他 │10 │ │
│合計 │11,483 │実数はもっと多い │
 (1960年厚生省調査より)

  北国からの無防備便り  4/23-24 みちのく無防備鞄持ち 他
                            無防備平和をめざす札幌市民の会  谷百合子  10年46号6面
  
リラの花だよりにのせて北の無防備の開花状況をお知らせします。

 教会で無防備のお話

 札幌無防備の共同代表の矢口以文さんから5月23日の礼拝で無防備のお話を、とのお誘いがありました。署名から3年経過しているので少し驚きましたが、今の無防備の動きを話して下さいとの事でしたのでお引き受けしました。マタイによる福音書の「剣を取る者は剣で滅びる」とミカ書の「国は国に向かって剣を上げず、もはや戦う事を学ばない」の話をさせて頂きました。クリスチャンをはじめ宗教家への働きかけを強めたいと思います。

 自由学校「遊」で自治体学講座

 今年で20周年を迎える市民講座「遊」の企画委員になったので早速自治体学講座を提案しました。谷と森啓さんが5回のシリーズをコーディネートします。第1回目の5月19日は「バークレイ・市民がつくる町」を上映。なかなかの反響でDVDも売れました。自治体学講座から無防備運動の発展へ繋いでいきたいものです。

 みちのく無防備鞄持ち

 森啓さんから昨年実現しなかった三春の桜鑑賞に行きたいと連絡があり、4月23日滝桜満開の三春の喫茶「きらら」で前三春町長の伊藤さんも参加して、自治体学講座の初講座を開きました。24日は郡山で、市民派の市議さんの企画で、東京から論客の矢野さんも参加し、自治体学と無防備のテーマで集会を持ちました。
 郡山、福島は丁度プルサーマル問題で集会が重なり、人数は今一つでしたが森節は地元の方に大いに受けていました。福島ではルアンダ人のルイーズさんにお会いしました。NHKのBSで5回に亘って放映されました。大虐殺の苦しみを乗り越えて女性の国会議員の活躍が心を打ちます。9月2日から4日まで札幌で無防備主催で講演会を開きます。

 帯広無防備集会

 5月8日帯広無防備ネットワークの学習会に札幌から浦部さん五十嵐さんの3人で参加しました。今回はサナテレビの紹介を兼ね、「アメリカ帰還兵イラクに誓う」の上映をして札幌の3人が署名時の体験談を述べました。今回初参加の五十嵐明子さんの丁寧なお話がよかったです。「イラク占領に立ちむかう」の劇場上映を会場の皆さんに呼びかけてきました。帯広も事務局体制が徐々に整ってきているようでした。

 9月19日「カトリック正義と平和委員会」イン札幌

 上記の会が18・19・20日と札幌で開催されます。19日は大阪の松浦悟郎司教の提案で分科会「無防備平和の町づくり」が天使大学で11時から17時までです。前田朗さん森啓さん、松浦悟郎さん、谷がパネラーです。会場からのトークも交えて盛り上げたいと思います。参加費は千円。申し込み締め切りは7月10日厳守。資料をお求めの方は011|898|2626まで。無防備の発展のために本州の皆様のご参加もお待ちしています。

 千葉の集会

 6月21日成東で無防備の集会をします。83歳の串田さんが孤軍奮闘で無防備の準備に奔走しています。10時から「山武草の実会」市民と森先生の自治体学講座。3時からは自治体職員と森先生の講座。夜も市民の交流会があります。千葉の成東で署名実現したいですね。基地も軍隊もない町です。こちらもご参加ください。
    【東京都北区】
  北区に平和無防備条例を作るぞ!5/30 上原公子さん講演会を開催
  
東京北区に平和無防備条例をめざす会(準備会) 藤平 輝明   10年46号7面
                       
 
 
 「準備会」で普天間基地撤去の街頭宣伝に取り組む

東京北区の平和無防備条例をめざす会(準)では、5月30日に前国立市長の上原公子さんを招いて講演会を開きます。準備会では講演会に向けて、横断幕を作って街頭宣伝を始めました。「基地はどこにもいらない・普天間基地撤去」そして「北区に平和無防備条例を作ろう」と書いた横断幕です。普天間基地撤去の緊急署名を集め、普天間基地問題が基地のたらいまわしではなくて、基地はどこにもいらないということを広く訴えていくことが今必要だと思います。

 北区は戦前は軍都 軍事施設攻撃で多数の犠牲

北区は、自衛隊十条駐屯地があります。戦前から北区は軍都として位置づけられていました。近衛工兵第一連隊・赤羽射撃場・陸軍兵器補給廠赤羽弾薬庫など旧軍用地・軍施設は15箇所ありました。当然東京大空襲のときは、これらの軍事施設が攻撃されました。北区立中央図書館で北区史をみると、1945年の4月13日未明の空襲で、王子地域で103名の死者・147名の負傷者、滝野川地区では100名の死者・702名の負傷者を出していることがわかります。また、同年8月10日の空襲ではこの数を超える死者を出しています。旧軍施設は戦後GHQに接収され、自衛隊駐屯地に引き継がれてきています。その中でも旧軍施設が学校や公園・スポーツセンター施設といった公共施設へ転換されるという大きな流れができています。平和無防備条例の運動は、ジュネーブ条約により軍民分離を進めていく運動です。北区の戦後の歴史をみると、旧軍用地を転換し、公共施設に転換してきたことがよくわかります。

 6/20無防備全国ネット総会を北区で開催!

「軍事力は抑止のために必要だ」といったことが、まことしやかにマスコミで語られています。そうではないことを、地域に無防備平和条例を作ることで示して行きたいと思います。少しずつですが共感する人が出てきています。地域のキリスト教会の牧師さん・神父さんにも訪問して上原講演会のチラシを置かせていただいています。街頭や地道な訪問活動で、知り合った人を大切にして無防備条例運動を進めています。5月30日の上原さん講演会を成功させて、6月20日の無防備全国ネットの総会は東京北区で開催します(8面参照)。さらに、7月24日には松浦悟郎さんを招いての講演会を準備しています。皆さんのご協力とご支援をお願い致します。