カトリック正義と平和全国集会 2010札幌大会分科会報告
「無防備でなければ平和はつくれない!」
−松浦悟郎司教、前田朗さんなどが報告

                                           10年49号2面                
 
 9月18日(土)から20日(月)に「カトリック正義と平和全国集会2010札幌大会」が開催され、19日(日)に無防備運動の分科会(第6分科会、ピースゾーンを世界に〜無防備平和のまちづくり)が1日かけてもたれた。分科会の参加者は約40名。最初に「無防備平和〜札幌市無防備平和条例直接請求の記録」が上映され、その後4人の講師から報告があり、討議が行われた。

    無防備全国ネット会員から次々と報告

 最初に報告に立った谷百合子さん(無防備平和をめざす札幌市民の会)は、札幌での直接請求の経験から「平和は無防備しかない」と熱っぽく語られた。
 続いて、松浦悟郎司教は、「これまでの平和運動は後追い運動、悪法がなければ何もしない。なぜ、平和運動は力がないか。皆「戦争はいけない」と言う。しかし、何かあると軍隊で解決しようとする。軍事力によって守ろうとすることは何も変わっていない。それを変えよう。基地と兵士は「死のネットワーク」。これに対する「平和のネットワーク」は無防備の中に広がっている。無防備と言う言葉のひびきが消極的にとらえられる。しかし、無防備でなければ平和は守れない。無防備は暴力の拒否と強い意志を表す。国家の正当な暴力は死刑と軍事力。無防備は国家が人を殺す権利を持つことに疑問を投げかけその軍事力信仰を壊す。」と無防備の今日的意義について語られた。

 午後からは、前田朗さん(東京造形大教授)が、「軍隊のない27か国をまわって」と題して、軍隊のないピースゾーンのひとつとしてオーランドを紹介。「オーランドは非武装・中立・自治のまち。非武装は軍隊を入れないこと。中立であること。国際法の中立は国家の中立であるが、オーランドは国家ではない、しかもフィンランド政府は中立ではないのにフィンランド領であるオーランドは中立。フィンランドにもスウェーデンにもつかない。自治権、住民はオーランドの子どもか、5年以上住んでスウェーデン語ができるなど厳しい要件があり、容易にフィンランド本土から土地買い占めや進出が出来ないようになっている。この非武装・中立・自治はそれぞれ違う概念であるが、オーランド自治政府によると非武装・中立・自治は一体であり、切り離せないオーランドアイデンティティであるとのこと。こうしたことの実現は不可能なことではない。」と展望を示した。

 森啓さん(自治体政策研究所理事長)からは、「無防備運動の第二段階」として「市長や議員にすべてまかしておいてはいけない。我々の運動は、市長や議会に最終的決定権があることを前提にしてきたのではないか。平和という基底的な権利は市民みんなに聞けと全市民投票が必要である。」と問題提起がされた。

  活発な質疑「前向きな運動だ」「感動した」の参加者感想

 この報告に対して、活発な質疑討議が行われた。「無防備を無軍備としたら意味はどうなるのか」「北朝鮮からミサイルを撃ち込まれたらどうするか」「兵器を作る三菱が地域を支えている。無防備を主張するのは困難」「ジュネーブ条約追加議定書は戦時法で、条例になじまない」「人間の安全保障、人道的介入をどう考えるか」等々。
 これに対しては、講師や会場から、「雇用と軍備反対は別の問題。軍需産業をいかに規制するか。我々が軍需産業の肥大化に対抗できなかった。平和産業への転換は日本の全体の問題として考えるべき課題。」「人道的介入は80年代から出て、90年代に増えたが、国際政治理論では破綻している。紛争を拡大するだけ。抑えるには、強大な軍事力がいる。強大な軍事力があれば一旦解決したように見えるが、それは別の紛争を持ちこむだけ。イラク・アフガンを見れば明らか。もっとも、水の権利や住居、食糧など個別の安全保障は必要であることは間違いない。しかし、これを裏から支える軍事力が問題。これを切り離すほかない。」など意見が出された。
 参加者の多くは、無防備運動に初めて触れたようであったが、「これまで平和の祈りなど温室的な運動しか知らなかった。これは前向きな運動だ。」「感激した。」など積極的な感想が聞かれた。無防備全国ネットは、分科会に参加し、会場から討議に加わるとともに、基地撤去へ日米共同声明撤回の自治体議会決議運動を広げることを訴えた。 

   5・28日米共同声明の見直し求める自治体決議を全国各地から!
                           10年49号3面
    藤沢・鎌倉市議会に5・28日米共同声明見直し陳情
                                                     神奈川無防備地域連絡会・高畑宅二

 9月9日藤沢市議会、10日鎌倉市議会で、5・28日米合意の見直しを求める意見書を提出するよう、陳情を行いました。鎌倉では、米軍基地撤去を求める沖縄の声を無視して米軍基地の辺野古移転を取り決めた5・28日米共同声明の見直しを求める陳情を、鎌倉無防備有志の会が行いました。
 有志の会のAさんが陳情の趣旨を発言し、議員に対して思いを込めて強くアピールしました。審議は、鎌倉市として結論を出すべきという意見3人と継続審議にするという意見3人に分かれ、議長採択となり議長が継続を決めました。前回の6月議会は2対4だったが、今回3対3になったことは、一定の成果と考えています。今回賛成に回った会派は、神奈川ネットワークと共産党と、地域会派です。この議員の意見は、「この問題は国の問題であり慎重に考えるべきだが、今回については結論を出すべき」と踏み込んだ発言となりました。やはり、沖縄の思いを受けて「平和都市宣言のある鎌倉市で、沖縄の痛みを考えるなら、同じ自治体として意見を表明するべき」という趣旨の訴えに応えてくれたものと思います。逆に、沖縄の気持ちを述べながら、国の動向を見守りたいという消極的な理由で継続として結論を持ち越した反対の会派の姿勢は残念です。
 このたびの継続審議をうけて、この結果を生かす形で、継続のまま塩漬けにならないようにするために、再度取り上げるよう議長や議員への働きかけを行うことを考えたい。

    神戸市議会でも
     全国で5/28日米合意撤回の自治体議会決議運動を

 
 鎌倉市議会に続き、9月22日に神戸市議会総務財政委員会でも審議が行われた。結果としては採択されなかったが、「本土の人々も一緒に解決していきたいという陳情者の思いは理解できる。」(民主)「普天間基地だけではないが、沖縄の人々の生活・安全を脅かしている。基地撤去・縮小はこれからも求めていきたい。」(公明)と正面切って反対できず、専管論をたてに苦しい理由を述べざるを得ない姿が明らかになった。
 賛成は、共産党、みんなの党、住民投票・市民力の3会派。北海道でも4自治体で準備がされている(8面参照)。
 同封の陳情案や意見書案2案を活用して、ぜひ、全国で大きく広げよう!
   
 【 沖縄情勢 】       
  
「米軍基地の島」から
      「日米一体化した軍事要塞の島」をめざす民主党政権
                         伊波知事誕生で「平和な島・沖縄」を!

    無防備地域宣言・沖縄ネットワーク  西岡 信之10年49号4〜5面
   
 8月27日、新安保懇談会(首相の諮問機関)の報告書が公表され、民主党政権となって初めての「日本の防衛」(防衛白書)が9月10日に発表された。
 その中には、「普天間移設問題」だけが突出して世論が注目している間に、政府民主党によるグローバル資本の海外権益を確保するため自衛隊の海兵隊化をめざす計画が次々と盛り込まれている。とりわけ「南西諸島(沖縄海域)の島嶼防衛」から見た政府・防衛省の危険な動きを許さないためにも11月の沖縄県知事選挙で伊波洋一候補(現宜野湾市長)を当選させよう。

   普天間問題の陰で進む沖縄の自衛隊の拡大・機能強化

 民主党政権下で進められた沖縄での自衛隊配備強化拡大の動きを見る。
 今年3月、沖縄の陸上自衛隊は、第1混成団から第15旅団に改編した。旅団化で部隊の拡大機能強化が図られた。普通科連隊を中核に通信隊や化学防護隊を新設し、ブラックアイ偵察警戒車やジャパニーズハマー高機動車も導入。沖縄タイムスの取材に、旅団化の準備責任者は「(担当区域は)本州のほぼ半分に相当し、広域に約百六〇の島々が散在する。新たな脅威や事態に対応するには海上、航空自衛隊と密接に連携しつつ独立に行動しうる旅団への改編が不可欠だ」(3月24日)と応えている。
 これに先立つ2月3日、陸上自衛隊は、沖縄島以西の与那国、西表、石垣、多良間、宮古、久米の各島で通信施設遮断を想定した大規模な訓練を実施。そして、このまったく同じ日に連動するかのように沖縄県が主催するうるま市での国民保護計画「図上訓練」に陸上、海上、航空自衛隊を含めた自衛隊沖縄協力本部が参加した。
 1カ月後の3月3日には、自衛隊と沖縄県警との共同実働訓練を、沖縄駐屯地と那覇訓練場内で実施。訓練には、自衛官百名、警察官百名、車両11両、航空機2機(ブラックホーク強襲用ヘリUH60×1機、チヌーク大型輸送ヘリCH47×1機)が参加し、陸上輸送、航空輸送、化学対処等、6つの訓練が実施された。

   県民の知らぬ間に民間港を軍事利用

 「普天間移設」問題で沖縄に来ていた北沢防衛相は、3月26日、与那国島に訪れるとともに、「南西諸島に自衛隊配備」を発表。
 4月2日、海上自衛隊の護衛艦隊「ひへい」「さわゆき」「やまぎり」「あさぎり」「しまゆき」5隻が、那覇新港と中城港湾に同時入港。民間港の軍事利用が県民の知らない間に強行されていた。
 4月24日には、海上自衛隊のミサイル艦「しらたか」が、宮古島で担当海域習熟訓練を実施。
 5月17日、嘉手納基地所属の米空軍KC135空中給油機と那覇航空自衛隊のF15イーグル戦闘機による空中給油訓練を実施。
 5月19日、八重山郡竹富町の西表島の上原に護衛艦が停泊し、陸上自衛隊のヘリ部隊が竹富町の7つの島を結ぶ離発着訓練を実施した。
 6月24日、防衛省は、与那国島を縦断して設定されていた対領空侵犯用の防空識別圏を台湾方面の西方に26キロ拡大し、「領空を守る観点から実施した」と発表。
 このように普天間の移設先ばかりが報じられている間に、沖縄の自衛隊の拡大機能強化が水面下で進められていた。もっとも当時の平野官房長官は官房機密費まで使用して進めていた「普天間移設」の勝連沖案でも、自衛隊那覇航空基地を移転させ、普天間の米軍海兵隊との共同使用が盛り込まれていた。

   「沖縄の自衛隊を10年後に10倍・2万人に」−防衛省発表

 こうした自衛隊の先島配備強化の問題は、中国軍による太平洋進出という国際情勢とともに、この2年の間に、先島諸島(宮古・八重山)の自治体首長(宮古島市、石垣市、竹富町、与那国町)がすべて革新系から保守系に変わっていたことも見ておく必要がある。以前ならこれらの首長は、自衛隊の配備、寄港にも真っ向から反対していた。
 9月21日に宮古島市の平良港に強行寄港した米海軍の掃海艦ディフェンダーの乗員と航空自衛隊宮古島駐屯基地の隊員、下地市長、地域住民らが歓迎会を開催していた。
 7月に入ると、宮古島と石垣島に陸上自衛隊の国境警備部隊を数百人、与那国島に沿岸監視部隊百人を配備すると正式に発表。
 8月には、米軍第7艦隊とともに、陸海空自衛隊合同による初めての大規模離島奪還作戦の合同訓練を今年12月に沖縄海域で行なうと発表。普天間の移設先とされる辺野古新基地に、自衛隊を常駐化することを日米実務者級会議の場で日本側が提案。沖縄本島に航空自衛隊のパトリオットミサイルPAC3部隊の配備発表。
 そして9月20日、沖縄の陸上自衛隊を2020年には現在の10倍の2万人規模にすると防衛省は発表した。

   名護市議選で示された民意の実現へ11月沖縄県知事選が最大の焦点

 このように政府民主党は、グローバル企業の権益擁護、軍需産業、自衛隊制服組などの要請を受けて、南西諸島での自衛隊拡大を強めてきている。また尖閣沖中国漁船衝突事件などが発生し、政府・マスメディアによる中国脅威論によるナショナリズムを煽る動きも強まっている。
 しかし沖縄では、9月12日の名護市議会議員選挙で示された「基地はいらない」の名護市の民意を背景に、11月の沖縄県知事選挙が最大の焦点となっている。現宜野湾市長の伊波洋一さんが出馬を表明し、後援会組織や選挙運動母体も続々と結成されている。普天間即時閉鎖、辺野古新基地建設反対、2022年までに沖縄の米軍基地全面撤去を掲げたアクションプログラム等を公約に予定している伊波さんの当選は、政府民主党の戦争国家路線を止める大きな力になる。伊波知事誕生を実現させよう。
  「抑止力」そして「軍隊は国民を殺す」  その@「抑止力2」
                     前田朗(東京造形大学教授・無防備全国ネット共同代表) 10年49号6〜7面
   (前号からのつづき)

   軍隊の抑止力は言葉のごまかし

 一般予防と特別予防をひっくるめて、アメリカのタイプの議論は「抑止力」と言ってきたわけです。犯罪抑止のための刑罰、刑法。これが出発点です。その次にアメリカで「抑止力」と言ったのは「死刑の抑止力」です。死刑が必要であるかないか、と言う時に必ず「抑止力」という議論を犯罪社会学の世界でやるんですね。言ってみれば、サンクション(制裁措置/編注)を科すことによって何かを止めさせるというのは、すべて「抑止力」という概念で説明することができるので、ごくごく当たり前の言葉に聞こえますが、それはこういう歴史の中で生きているわけです。実は、親が子どもにしつけをするのと同じです。「こんなことしちゃいけません。」
 そうすると、犯罪抑止概念と軍隊や核兵器の抑止概念とで、どこが違うのか?に注目してください。犯罪抑止概念は、国家警察権に支えられています。国家という圧倒的に力を持っている存在が、警察・検察・裁判所・監獄という実力装置を持って犯罪を抑止するわけです。「こんなことをすると捕まえるよ」という警察権があるから抑止が成り立つ。ところが、安全保障における抑止は、そういう存在がないのです。国連は世界政府ではありません。国連軍もありません。安全保障の世界には、抑止力を担保する特定の圧倒的な権限はありません。「世界の憲兵」と称されるアメリカでさえ、現実的にはその立場になっていない。つまり、対等の立場で争っている人たちの間に抑止概念は、そのままでは成立しないのです。これがそもそも一般に抑止力はないということの意味です。国家権力があるから抑止力を担保しています。国際社会で、諸国家の上の存在がないときに、抑止力を担保するものがないわけです。
 アメリカの核兵器が抑止力と言いますが、それは言葉の誤魔化しであって、抑止力ではありません。アメリカは対等の国家間の中の一つですから。実際には核拡散の危険性をつねに残しています。アメリカ政府は、抑止力と言ってあれこれやってきましたが、それは抑止力ではなくて、国連憲章違反の武力による威嚇や、戦闘行為にすぎない。現代国際秩序の中では、そもそも軍隊の抑止力は言葉の誤魔化しです。 
 そのうえでなおかつ、沖縄の海兵隊は抑止力など持たない。先制攻撃の威嚇力であり、戦争その他の武力紛争を誘発する恐れがあるのです。抑止力というマジックワードに、我々はしょっちゅう足をすくわれます。これが今回の鳩山発言の「遺産」として、考えておくべきことでしょう。(他にもたくさん論点はあるのですが。)
 
  軍隊は国民を殺す
 
 軍隊はそもそも「抑止力」のために存在するものではありません。
 第1に、軍隊は何のために、どのような論理と具体的過程で形成され、存在しているのかを考える必要があります。第2に、外国軍である米軍は、そもそも何のために、どのような論理と具体的過程で日本に存在しているのかが、その次の論点です(日米安保の歴史と現在はよくご存知なのでここでは割愛します)。
 さて、第1の論点ですが、これは「軍隊は国民を殺す」という話です。日本国憲法9条の話になると、理想的平和主義と現実主義との対抗が語られますが、実際は、現実主義的暴力主義や、「理想的」暴力主義が登場します。ここで問われているのは国家権力が自らの支配を確立するために、いかなる力に頼るのかです。対外的な戦争も、対内的な治安維持も、あるいは税金の分配でもそうなのですが、何らかの権力(実力、暴力、ゲヴァルト)によって一定の事柄を行う。その基本がどこにあるのか。端的に言って、国家とは何か、その実力装置としての軍隊とは何かという基本問題です。
 近代国家理論とか、社会理論でお聞きになったと思いますが、もっとも単純明快な議論は、国家と市民社会を分ける。ヘーゲル市民社会論が典型例ですけれども、これをひっくり返したのがマルクスです。市民社会の上に国家が存立するというメカニズムをとったのが、マルクスの国家論です。ヘーゲルのレベルでいっても、国家と市民社会が、この現実の中でどういうふうに配分されているのかを見たときに、国家は一定の暴力を独占することによって市民社会に一定の政策形成をすることができる。そういう存在であるということですね。その暴力というのは、軍隊、あるいは徴税機関(税務署)、警察・監獄であったり(国によっては国境警備隊)、そういう諸々の装置です。それに加えて国家のイデオロギー装置という形で、教育とか医療とかメディア、様々なものが市民社会を安定的に運営することによって、国民をして国家に協力させるシステムを作るわけです。中核をなすのが、軍隊です。軍隊と警察と両方あるから、つい「軍隊は外向き、警察は内向き」と考えて、軍隊を「外に向かって敵から国民を守る」という論理に乗せられるわけですが、もともとそう明確ではない。国によっては「軍警察」を持っている。軍隊と警察は別物ではなく同じです。警察しか持っていない国もある。そういう存在形態を見ていけば、近代国家が作られた当初の理論的枠組みからいくと軍隊とは何なのか?

   まず、非国民を見つけて首を斬る

 我々がよく知っている近代国家でいうと、フランス革命時の国民軍の形成です。ルイ16世の絶対王政に対する国民の抵抗、革命運動のなかから国民自らの組織として軍隊を作るわけです。ルイ16世とマリー・アントワネットの首を斬ることによって、近代国家がスタートする。スローガンは「自由・平等・博愛」です。鳩山前首相の好きな「友愛(博愛)」で、ルイ16世とマリー・アントワネットの首を刎ねた。その次に誰の首を刎ねたか。のちにロベスピエールが登場して、大勢、次々と首を斬られますが、その前に首を斬られたのはオランプ・ドゥ・グージュです。彼女は、フランス革命は「男たちの革命」である、男たちが集まって「自由・平等・博愛」と言っている。「人及び市民の権利宣言」、この「市民」とは男だけです。これはけしからんと言って、「女の権利宣言(女性および女性市民の権利宣言)」を作る。女にも権利を与えよ。それを持って国民公会に乗り込んで「私は女性代表です。女性の権利を認めなさい」と言った彼女は捕まって、首を刎ねられた。フランス革命は「自由・平等・博愛」を掲げて、真っ先に女の首を斬ったんです。市民じゃないからです。女は「人及び市民の権利宣言」の「人」ではあるが「市民」ではない。国家権力の行使は、まず自分たちの中に非国民を見つけて、首を斬る。当時、女は「非国民」です。鳩山前首相の「友愛」は、この程度のものです。
 日本史でも話はよく見えやすい。明治国家が自己形成をして軍隊を作っていくプロセスは、戊辰戦争から西南戦争の頃です。大変革が起きて、国家権力を握る、そのために軍隊が出動するわけです。軍隊自らの力によって権力を握って、その時に国民の中から一定部分を殺して自分たちの国家をつくる。そういうプロセスを辿る。さらに秩父事件で軍隊が出動して国民を殺す。

   自国民を守る組織でもない

 たまたま人を殺さずにできた国家もあるとはいえ、多くの国家は、まず国民を殺すのです。国内での権力闘争によって、都合の悪い国民を「敵」あるいは「非国民」と決め付けて殺していく。それによって残った国民を統合する。この人たちは別ですよ、といって排除して殺しておいて、こちらのグループで一つの国、近代国民国家・日本を創っていく。その統合の象徴が日本の場合は天皇です。大日本国憲法でも、現在の憲法でも天皇という存在になっている。
 国家形成時だけではありません。非常時、「例外状態」において同じことが繰り返されます。沖縄戦を見れば直ちに明らかなように、文字通り、軍隊は国民を殺すのです。「集団死」「集団自決」問題と言いますが、その前にまず日本軍は沖縄県民を殺した。そのことをはっきりさせておかねばならない。あるいは、関東大震災です。朝鮮人は日本人じゃないのですが、当時は日本に併合されていたので日本国籍を押し付けられていた人たちです。勝手に日本国民にしておいて、軍隊と警察が殺す。関東大震災だけではなくて、朝鮮半島で植民地支配に抵抗する朝鮮人を多数、膨大なジェノサイドで殺している。これも、自国民を殺している、はっきりした事実です。
 軍隊は抑止力が目的でもなければ、自国民を守るための組織でもありません。国民を殺して支配を貫徹するための組織です。これまでの「国家論」は、国家形成の論理や、国家形態や構造について饒舌に語ってきましたが、「軍隊は国民を殺す」という当たり前のことを隠蔽しがちでした。抑止力論に巻き込まれるのも頷けます。
 札幌・帯広で「自治体決議を広げるつどい」開催 12月議会へ請願行動
                              10年49号8面
  
 9月18日(土)札幌市中央区で「沖縄に連帯し5/28日米共同声明の撤回を求める自治体決議を広げるつどい」が開催された。
 つどいでは、無防備全国ネットから、名護市議選での基地反対派勝利にみる沖縄基地を巡る情勢と自治体決議運動の意義と進め方を提起。森啓(自治体政策研究所)さんから「自治体は国の手下ではなく、住民を守る主体 運動を広げよう。請願とは『請い願う』ことで権力にひれ伏した言葉であるが、政策提言として闘って突き付けていくことが大事。」との報告が行われた。つどいでは、札幌市、江別市、石狩市から請願行動を行う決意が表明された。
 また20日(月)に、帯広市でも同様の集いがもたれ、12月議会へ陳情していくことが確認された。