新基地推進の日米合意を紙切れに!国で自治体意見書運動の拡大を!
                                           10年50号2面                
      9月議会請願の多くは12月議会へ継続審議

 5・28日米合意撤回を求める自治体議会意見書運動は、各地で大きく取組まれようとしている。10月19日には関西で「成功させる集い」が開催された。11月3日には無防備首都圏ネットワーク主催で同様の集いが開催される予定だ。
 9月議会で陳情『打ち切り』(意見書として取り扱うには、『なじまない』の意)となった神戸市は、「正面切っての反対意見はなかった。文書で通知された『打ち切り』理由も『国における話し合いの推移を見守る』であった。今後12月議会で署名などを背景に請願したい」と12月議会で再挑戦をする。
 9月議会で継続審議となった宝塚市も「全会一致でないと採択しない慣例で、『安全保障は国の専管事項』という意見は出たが、地方自治を尊重することについて明確に反対はできず、社民と共産の会派が賛成し継続審議が多数を占めた。」と12月で採択をめざしている(3頁囲みの資料参照)。また、大阪市も10月8日に審議され継続審議扱いとなった。
 首都圏でも、鎌倉市(9/10総務常任委員会3対3で12月議会へ継続審議)をはじめ、藤沢市、小田原市、日野市、市川市、神奈川県と9月議会で挑戦が続き、12月議会へより一層大きく広げられようとしている。
 9月議会での例は少ないが、審議ができたところでは可決に至らずとも、「専管事項論」の壁を破り継続審議が増えている。主権者たる住民の意思を尊重する自治の拡大と平和をつなぎ、議会議長宛ての請願署名で百人請願を行うなど12月議会へ市民の目に見える運動として作り出せば、議会で意見書を採択できる可能性をつかんでいるのだ。議員まかせにするのではなく、きちんと運動として市民の世論と傍聴体制を作り出そう。

  尖閣問題を口実の軍拡を許さない闘い

 政府は、尖閣諸島問題を利用して、「領土問題」でのナショナリズムを鼓舞し一気に戦争国家体制=日米同盟強化、日米軍事一体化、辺野古新基地建設、自衛隊の海兵隊化を狙っている。11月のオバマ大統領来日は、こうした日米同盟強化の確認となる。そして来日直後に12に月予定されている沖縄海域での日米合同演習による離島奪還訓練(米海軍と海上自衛隊を中心に空母ジョージ・ワシントンも参加しての大規模な統合軍事演習)は、年明け1月に奄美大島においても計画されている。
 このように、日本を守らない日米安保の実態とは裏腹に、対中国の抑止力としての在日米軍・沖縄海兵隊、自衛隊強化が宣伝され、「南西諸島の自衛隊配備」が本格的に進められようとしている。この狙いに、大衆運動で反撃しなければならない。私たちの進めている5/28日米合意撤回自治体議会決議運動は、日米合意をただの紙切れにし、基地と海兵隊撤去・自衛隊強化反対の沖縄県知事を誕生させる選挙を本土から支える大きな意義を持つ。
 この運動を、基地建設にとどめをさし、尖閣諸島問題を口実にした軍拡を許さない闘いとして全国で大きく広げていこう。
   辺野古を考える全国上映キャラバンIN宝塚
             「新基地建設は撤回しかない」再確認した上映会

           尼崎市に平和無防備条例をめざす会   高島ふさ子     10年50号3面  
    
 宝塚市では日米合意撤回を求める意見書を尊重せよと9月議会請願を行い現在継続審議になっています。採択に向けてさらに多くの方に広めたいと考え、10月17日に「辺野古を考える全国キャラバン」の藤本幸久監督をお呼びし上映会を開催しました。これまでの取り組みで知り合った9条の会、憲宝ネット等の皆さんの協力で50人を越える参加があり成功しました。 2004年から辺野古を撮り続ける藤本監督は、沖縄を理解するにはアメリカの戦争、海兵隊そのものを描かなくてはいけないと思われたそうです。「アメリカばんざい」「ワンショト・ワンキル」のあと「また、また辺野古になるまで」の上映です。1996年普天間合意、辺野古埋め立て案が出て以降、沖縄の民意はずっと即時返還、県内移設反対であったことを再確認しました。
 防衛省の調査に、身体で抵抗するおばあのことば「これを止めなかったら(戦争の)共犯者として組み込まれてしまう、それがつらいの。夢に向かって私の身体を全部使って動かなかったらいけない」「新基地よりもジュゴンの保護区を作るべき。保護区を作ったほうがアジアから信頼されると思う」(東恩納さん)などを聞き新基地建設は撤回しかないと思いました。
 沖縄では毎日が米軍の戦争と隣り合わせです。7千人を虐殺したイラク・ファルージャへ派遣されたのは沖縄の海兵隊です。今、新基地建設を止めなければ今度は自分たちの子や孫が戦争に行くかもしれないという危機感と止めたいという思いをしっかり受け取って欲しいと監督。交流会では「思いやり予算を出す日本政府の姿勢が米軍を居座らせているのでは」と意見がだされ、海兵隊との共同訓練によって「まともな軍隊」として自衛隊を強化したい日本政府の意思があり、そのための辺野古新基地建設であることがはっきりしました。宝塚市での、いかなる基地もいらない、無防備地域宣言をめざした取り組みに協力していきたいと思います。

    ●(資料) 宝塚市議会意見陳述(9月30日総務常任委員会)
 
 請願の理由を2点述べさせていただきます。
 まず、1点目は、地方自治の本旨を守るのかどうか、ということです。 今年に入ってからも沖縄県議会で、様々な意見書・決議があがっています。3月25日には、「米軍車両によるひき逃げ事件(が3月16日に発生したこと)に関する意見書」を出し、早急な容疑者の引渡しと、日米地位協定の抜本的な見直し、基地の整理・縮小を求めています。6月16日には、「嘉手納飛行場への外来機の飛来とクラスター弾の使用等に関する抗議決議」を採択しています。騒音被害の大きいF22ステルス爆撃機などが飛んできて、クラスター爆弾を米軍機が装着している問題に対する抗議決議です。さらに、9月1日には、「米軍人による強制わいせつ致傷事件等に関する意見書」が採択されています。8月4日午前4時前、那覇市において、在沖米海兵隊員による強制わいせつ致傷及び住居侵入事件が発生し、さらに、その4日後の8月8日未明にも、那覇市において、米空軍兵による住居侵入事件が発生し、県民に強い衝撃と大きな不安を与えて続けている。」ということに対しての意見書です。復帰38年を迎えた現在においても、沖縄ではこのような状況が続いています。しかし、5月28日の日米合意は、またまた辺野古に新たな基地をつくる計画でした。早速6月7日には、那覇市議会で、『(日米合意は)民主主義を踏みにじる暴挙であり、沖縄県民を愚弄するもので断じて許せるものではない。…沖縄県民の「県内移設」に絶対反対との総意は、9万人余が参加した4月25日の県民大会、本市議会や県議会の決議、全市町村長の反対表明、マスコミの世論調査などでも明確である。…激しい怒りを込めて抗議し、その撤回を強く求めるものである。』という意見書が、全会一致で採択されました。さらに、7月9日に沖縄県議会でも、本件請願の趣旨の中で引用している通り、那覇市議会とほぼと同じ内容で、日米合意の見直しを求める意見書が全会一致で採択されました。『基地のない平和で安全な郷土を』つくりたいという沖縄県民の切なる願いが伝わってきます。そして、9月12日の名護市議会選挙でも基地移設反対派が圧勝しました。地方自治の本旨からも、このような住民の総意が尊重されないことは、決してあってはならないと考えます。
 2点目は、宝塚市の戦争体験です。宝塚市は1989年に「非核平和都市」を宣言しました。宣言は「憲法の平和理念に基づき、恐るべき核兵器の廃絶を願い、永遠の平和社会を築くこと」を誓うと述べています。その誓いの背景には宝塚市の戦争体験があったことは言うまでもありません。宝塚市は終戦直前の7月24日にB29や小型艦載機など約150機による大空襲を受けました。その目標は、軍需工場であった川西航空機宝塚製作所であり、そこには多くの学徒動員生徒、宝塚歌劇学校を含む女子挺身隊員が働いていました。そして、工場での死者83人、周辺の良元村の死者23人という大惨事となりました。また、その当時、宝塚大劇場は海軍が接収し、航空隊員3500人以上が生活していました。明治から昭和にかけて営々と築かれてきた温泉と歌劇の街、伝統文化と郊外住宅地の街は、軍隊と軍事工場に塗り替えられ、そして空襲の被害を受けました。さらに戦後は、米兵1000人以上が、宝塚大劇場と東洋ベアリング工場に駐屯しました。非核平和都市宣言にもある、「素晴らしい自然と明るくおだやかな暮らし」を取り戻したのは、さらに数年を経てからでした。このような宝塚の歴史も踏まえ、戦後65年間一貫して過重な基地負担を強いられている沖縄県民の心情に思いを馳せ、地方自治の本旨および宝塚市非核平和都市宣言の理念を尊重する立場から、 本件請願を採択していただきますようお願いいたします。
 【 情勢 】       
  
 尖閣問題と平和運動の課題

    無防備地域宣言運動全国ネットワーク事務局 矢野 秀喜  10年50号4〜5面
   
    緊張とけぬ日中関係

 日本が中国漁船の船長を釈放、アジア欧州会合(ASEM)で菅直人・温家宝日中両国首相が会談(「懇談」)し、「戦略的互恵関係の発展」の再確認をした後、中国もフジタ社員の釈放、上海万博受入れ再開等を実行し、日中政府間の緊張は表面的には緩和した。しかし、その後も、中国国内では各地で「反日」デモが起こり、日本国内でも排外主義デモやメディアによる「反中」キャンペーンが継続的に展開されている。さらに、10月29日、ベトナムで予定されていた菅・温両首相会談は、直前になって中国側が拒否した(背景に前原外相の”強硬発言”があったと言われる)。尖閣問題をめぐって悪化した日中間の関係を修復していくにはなお時間を要し、市民の側にもそのための努力が求められている。

   事態の背景に菅政権の政策転換

 その時に、今回の事態を招いた根本原因がどこにあったのかをもう一度確認しておくことが必要である。何故ならば、日中両国の間での尖閣列島「帰属」をめぐる「対立」は、昨日、今日始まったことではなく、1970年代初頭からあったからである。現に、小泉政権時代の2004年にも、中国人7人(「保釣運動」の活動家)が魚釣島に上陸し、沖縄県警が入管法違反で逮捕するという事態が発生している。しかし、その時は、靖国参拝を繰り返して日中関係をズタズタに引き裂いた小泉でさえ「大局的な判断」に基づき7人を強制送還させ、事態を決着させた。ところが今回、菅政権は尖閣諸島周辺の「日本領海内」で操業し、海保の停船命令に従わず逃走、巡視艇に「体当たり」した中国漁船の船長を逮捕、拘留した。そして「国内法に基づき粛々と対応する」との決定を下した。これが、日中間を極度に緊張、険悪化させてしまった。この背景に菅政権の尖閣問題対応の「転換」がある。即ち、「日中関係」を多少犠牲にしても「領土」・「国防」を優先、重視する、ということである。それは以下の一連の動きの中に明確にあらわれている。
・6月8日、佐藤正久参院議員の質問主意書に対し、次の答弁を閣議決定|「尖閣諸島をめぐり解決すべき領有権の問題はそもそも存在しない」
・8月27日、「新たな時代の安全保障と防衛力に関する懇談会」が報告書「新たな時代における日本の安全保障と防衛力の将来構想|『平和創造国家』を目指して」を発表。この中で、「専守防衛」の放棄、「武器輸出三原則」の見直しとともに、「中国脅威論」を強調し、「離島防衛の強化」を勧告
・9月14日、菅政権は「安全保障会議」で、安保防衛懇報告書を了承
・10月21日、衆院安全保障委員会で前原外相は、1978年のケ小平の「棚上げ」発言(尖閣諸島問題について「将来の人たちの判断に委ねよう」との提起)について、「日本政府として正式に合意したものではない」と発言
 これらの動きを見て、中国政府は、菅政権は尖閣諸島をめぐる日中政府間の確認事項を反故にしよ
うとしていると捉え、さらには「戦略的互恵関係」を築いていくとした合意をも破棄しようとしているのではないか、との判断に至ったのであろう。そして、そのような「転換」を図ろうとする菅政権を牽制するために強硬な対応を繰り出してきた。その背景には、世界第2位の経済大国となり、発言力を増してきている中国が、海洋権益・資源確保のために海洋進出を図ろうとする狙いがあることも見ておく必要はある。それはそれで批判もしなければならない。しかし、今回の事態を招いた根本的な原因が菅政権の尖閣諸島対応の転換があったという事実を見過ごすことはできない。

   対中国政策は「漂流」状態に

 菅政権は、中国側が日本に対してとった措置|政府間協議の拒否、ガス田交渉延期、日本への観光旅行キャンセル、レア・アースの輸出「規制」(中国側は否定)、フジタ社員逮捕、等|に「動揺」し、漁船船長を釈放した。前述したとおり、ASEMで温家宝首相との会談をセットし、関係修復と「戦略的互恵関係の発展」も再確認した。
 この背景には、日中間の圧倒的な経済的相互依存関係がある。日中間の貿易高は米国をはるかに上回り、中国に進出している企業は1万778社と1万社を超え(10・22帝国データバンク発表)、政府が目指す「観光立国」を目指すうえでは中国からの観光客の増大が不可欠(それ故、ビザ発給も大幅に緩和)、等々。政府はレア・アースの供給ストップを問題視しているが、中国に依存しているのはレア・アースだけではない。食糧、衣料品など日本が中国からの供給に依存している物品は多岐に渡っている。相互依存関係とその深化は、日米安保をベースとする日中間の「軍事的対立」を時代錯誤のものとしているのである。
 ところが、菅政権は、他方では、米政権との間で「尖閣は日米安保5条の適用地域」との確認を取り付けるとともに、先島諸島への2万人陸自配備構想を打ち出し、2011年1月下旬の「日米共同方面隊指揮所演習(ヤマサクラ)」でも初めて「南西諸島防衛」を盛り込もうとしている(「東京」10・16)。
 また、前原外相は、相変わらず中国敵視の姿勢をとり続け、ケ小平の「棚上げ」論を否定し、レア・アースについても「中国に頼ったのが間違い」等の発言を繰り返している。「戦略的互恵関係の発展」も「東アジア共同体の構築」も眼中にないかのような対応である。
 このように菅政権は、対中国政策、東アジア政策の基本を定めきれず「漂流」させている。今、右派は、メディアをも総動員して反中をあおり、中国脅威論に基づく軍事力増強を推進しようと躍起となっている。菅政権は、中国との相互依存関係を認識しつつも、右派の主張を受け入れ「日米同盟深化」の道を突き進もうとしている。このような状況を変えていかなければならない。

   東アジアに非戦平和共同体を

 1895年、日本は日清戦争での「勝利」が確実となるのを見計って尖閣諸島の領有を宣言した(秘密裏に)。このことを根拠として日本領有を主張している。しかし、元来、尖閣諸島周辺は、中国、台湾、沖縄(琉球)の漁民の漁場であり、生活圏であった。そして、今、日中は東シナ海のガス田について「共同開発」を進めていくことを合意している(2008年6月の福田首相、胡錦濤国家主席の首脳会談で)。「領土帰属」、「排他的経済水域」等をタテに角突き合わせるのではなく、国境を超えた民衆の交流、相互利益の追求こそが問題解決の方向であることは自明である。尖閣諸島問題も、このような方向性の中で解決すべきである。
 今こそ排外主義、ナショナリズムを超えて東アジアに非戦平和共同体をつくり出していくために無防備地域づくり、戦後補償実現(中国人戦争被害者等への補償実現)などの取り組みを強化しよう。尖閣諸島問題もこのような取り組みを強めていく中でこそ解決可能だ。
  「抑止力」そして「軍隊は国民を殺す」  そのB「抑止力3」
                     前田朗(東京造形大学教授・無防備全国ネット共同代表) 10年50号6〜7面
   (前号からのつづき)

   「国家は国民を殺す」は歴史を見れば常識の話

 「国家は国民を殺す」などと言うと、過激な、と思われるかもしれませんが、そんなことはありません。むしろ、極めて穏当な、常識に属する話です。歴史を見て行けば、簡単にわかることです。今年で言うと、タイ軍が自国民を殺しました。皆さんニュースで見たとおりです。毎年、どこかの国の軍隊が自国の国民を殺しているんです。そういう目で、ニュースを見てもらえればすぐわかります。
 もちろん、外国軍が侵略したり、紛争になって人か死ぬという事件もよく起きています。でも、日ごろのニュースを見るだけでも、「あ、ここの国の軍隊が国民を殺した」と気づきます。その場合の多くは軍事独裁政権であったり、腐敗政権であったりですが、必ずしもそうでない国でも起きる。それが軍隊というものです。
 歴史的に軍隊が自国民を殺した国家をあげてみましょう。日本、韓国、中国、ヴェトナム、カンボジア、タイ、ビルマ(ミャンマ)、バングラデシュ、インド、パキスタン、アフガニスタン、イラン、イラク、シリア、イスラエルと、歩いても地中海にたどり着きます。
どこの軍隊についても治安出動や戒厳令が予定されています。
 
  自衛隊の治安出動は国民に銃を向けること
 
 日本の軍隊・自衛隊も「治安出動」という条項を持っています。はっきりとそう書いてある。今の自衛隊法は、1954年ですが、自民党政権のもとで自衛隊はいざとなったら国民に銃を向けますと、自衛隊法の条文に「暗黙」のようでいて、実ははっきりと書いてあるんです。もちろん、殺すとは書いてないが、治安出動と書いてある。治安出動と言うのは、自衛隊が国民に銃を向ける、それ以外の意味はありません。(※自衛隊法第78条及び第81条 いずれ『事態に応じ合理的に必要と判断される』武器の使用ができる)
 何も自衛隊に特殊なものではなくて、世界の多くの軍隊がそうなっています。もちろん、軍隊がいつでも虐殺をしているということではありません。しかし、いざという時には、そういうことが起きることが予定されているのです。
 「軍隊は国民を殺す」とともに、「軍隊は国民を死なせる」も見ておきましょう。いま自衛隊員がどんどん自殺に追い込まれています。殺し方というのは、いろんな殺し方があります。自衛隊員も国民ですから、自衛隊の中で死んでいくということです。米軍のアフガン帰還兵やイラク帰還兵の自殺も有名です。

   『政府による死』の殺害リスト

 「軍隊は国民を殺す」の究極の意味は、ルドルフ・ラメル(ハワイ大学名誉教授)の『政府による死』という本に明らかです。研究書であるにも関わらず、長年出版されていてもう第6版が出ているのですが、本書に近代史でそれぞれの国がいったい何人殺したのか、たくさんの例がデータで挙げてあります。第一は「デカ・メガ殺害」、第二が「レッサー・メガ殺害」。そこに日本が書いてある。日本(1936〜45年596万人)とポルポト派(カンボジア1975〜79年204万人)が並んであげられているのに注意してください。そして第三が「メガ殺害の疑い」、第四が「センチ・キロ殺害」でちょっと小さい。ちょっと小さいと言っても、すごい。アタテュルク(トルコ共和国初代大統領)時代のトルコ(1919〜23年)は88万人。第五が「小規模殺害(レッサー殺害)」。たくさんあがっていますけれど、このリストが完璧なわけではなくて、載っていないものもたくさんあります。集計していくと、国家・軍隊がいかに国民を殺してきたかがよくわかります。
 軍隊だけではありません。さまざまな政策、強制収容所とか意図的に飢餓を作り出すといった形で人々が死んでいくとかですね、そういうものも挙がっています。南京大虐殺も挙がっていますけれども。こういうふうに見ると、ラメル教授は「国家が国民を殺すんだ、当然軍隊がその先頭に立つんだ」とはっきりと書かれている方です。ラメル教授の結論は「実際、ジェノサイド(集団殺害)、殺害、死亡、処刑、虐殺に言及した政治学や政策論の書物を見出すことが出来ないのだ。ソ連邦や中国に関する書物でさえそうである。強制収容所、労働収容所についてたかだか一小節触れられることはあるが、これらが指標とされることはない」。
 つまり、近代政治学は、こういう事実を隠蔽して成り立っていることをラメル教授は強く批判をしている。こういう現実にちゃんと向き合いなさい、どうしたらいいのか。結論は単純明快です。
  「戦争を終わらせ、デモサイド(自国民殺害)を根絶する方法は、権力を制限・監視し、民主的自由を育てるしかない」。
 とても簡単な当たり前の結論ですけども、これをずっと続ける以外ないということになります。

   軍隊はまず国民を殺す

 最後に、国家の概念と軍隊の概念について簡単な整理をしておきましょう。国家が自らを形成し、その支配を正当化し、なおかつその支配を維持していくための現実的な暴力装置として警察、軍隊、裁判所、刑務所が存在する。これは好き嫌いの問題ではなくて、現に存在している制度です。その制度がどういうふうに機能しているのか、その一つひとつを丁寧に見ていけば、軍隊は「まず国民を殺す」のです。もちろん、普段から殺すわけではないのです。いわゆる例外事態――非常時に殺すわけですが、「例外事態に殺す」と言っても「例外の問題」ではないのです。
 例外事態と言うのは、ドイツの政治学者でカール・シュミットという人が使った言葉で、国家権力が揺らいでいる時に誰が決定権を持つのか、例外事態に決定権をもつものこそ真の権力者である、という理屈をたてるための概念です。平時ではなくて、例えば革命であるとかクーデタであるとか戦時であるとか、そういう時に現実に力を持って支配していく、あるいは暴力を持っていなくても何らかの形で支配力を及ぼしているそういう存在を見つけ出すべきだという議論として、前提に例外事態という言い方をしています。これは、通常の政治学では緊急事態とか非常時とか呼んでいるものです。その時に軍隊が何をするかということなのです。
 両方の側で実力行使をしたのが、2・26事件ということになります。あれが、例外事態に軍隊がいかに機能するかを証明しているものだということです。その意味で軍隊というのは、「必要悪」でさえないということを、我々は議論として組み立てていく必要がある。軍隊と言うのは、もともと「不必要悪」である。解体してもよろしいのだということを議論の前提において、そのために「軍隊は国民を守らない」ではなくて、「軍隊は国民を殺す」と、きっぱりと爽やかに言い切る。そこから先、無防備地域宣言運動に入っていくということになります。(了)