朝鮮民主主義人民共和国の延坪島砲撃を糾弾する!
   軍事挑発合戦をやめ、あらゆる対話から
           6カ国協議で東アジアを平和な海に

                                無防備地域宣言運動全国ネットワーク事務局  10年51号2〜3面              
 1 朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の延坪島砲撃を糾弾する!
   無差別砲撃は国際法違反!

 北朝鮮は11月23日午後、北方限界線(NLL)近くに位置する延坪島に対する砲撃を行った。砲撃には海岸砲(榴弾砲ないしカノン砲)、多連装ロケット弾が使用された模様で、発射数は170発におよび、そのうち約90発が軍事目標、民家等に着弾した。この砲撃より軍人2人、民間人2人の死亡を含む数十人の死傷者が出た。多くの住民が島から避難し、「国内難民」化した。韓国軍も反撃し(一時は空軍戦闘機まで出動したが、攻撃は行わなかった)、北朝鮮側にも被害は出たものと思われる。
 私たちは、今回の北朝鮮による延坪島砲撃を厳しく糾弾する。北朝鮮は、中止を要求したにもかかわらず韓国軍が軍事演習を強行したことを理由としているが、いかなる軍事報復も許されるものではない。しかも、1953年朝鮮戦争後の休戦協定締結以来なかった住民(文民)、民家等にまで被害が及ぶような無差別砲撃を行ったことは到底許されることではない。命中精度の悪い多連装ロケット砲は、正確に建物や陣地などの目標を攻撃するのではなく、敵部隊の集結地や物資集積所など広い面を攻撃するのに用いられる。北朝鮮側が住民・民用物に被害が及ぶことを回避する努力をしていないことは明白であり、ジュネーブ条約、「軍事目標主義」に違反し、休戦協定をはじめ南北間の諸合意にも違反している。
 また、今回の攻撃により哨戒艦「天安」撃沈事件により一気に高まった南北の軍事的緊張を沈静化させるための一連の努力が水泡に帰してしまった。6カ国協議再開も遠のいたと推測される。さらに、北朝鮮自身が求めていた米朝協議再開、休戦協定から平和協定への転換の道のりをも閉ざしてしまいかねない。北朝鮮の軍事挑発は断じて認められない。

  2 朝鮮の軍事挑発の背景にあるもの

 北朝鮮は、今、経済復興を進め「強勢大国」を築いていくこと、金正日から金正恩への権力承継をスムーズに進めていくこと、この二つを大きな課題としている。
そのためには第一に、米国との関係改善と制裁の解除を図ることが必須不可欠である。ところがブッシュ政権末期(08年10月)に、「テロ支援国家」指定解除を行うところまで米朝関係は進展したにもかかわらず、オバマ政権に移行してから米朝間協議は停滞したままとなっている。それには米朝合意事項の中の北朝鮮の核計画申告の検証方法や相互の同意に基づいて未申告施設にも立ち入りなどをめぐり具体的な合意に踏み込めなかったことなどがあると推測され、北朝鮮の核放棄をどう実現するかの局面に踏み込めないままとなっている。
そして、オバマ政権は「戦略的忍耐」などと称して北朝鮮との間の協議を中断、放置するという対応を続けてきた。そのツケが、北朝鮮の新たな原子炉とウラン濃縮施設建設−遠心分離器2千基の「稼動」である。そして、北朝鮮は今回の砲撃事件を引き起こしたのである。これは米朝協議|6カ国協議を早期に再開するようにとの朝鮮のシグナルであることは明白である。「戦略的忍耐」などというオバマの無策は許されない。
 もう一つ、今回の北朝鮮の延坪島砲撃の背景に、7月の米韓大規模演習など対北朝鮮の軍事演習継続などの韓国李明博政権の対北強硬政策があったことも見ておかなければならない。「太陽政策」「包容政策」を採用し、南北首脳会談を実現した金大中、盧武鉉政権時代にはこのような軍事的攻撃は起らなかった。今回の事態について、李明博政権の「外交の失敗」であるという声は、韓国内に少なからず存在する。
 いずれにせよ現在の準戦時ともいうべき状況を一日も早く終らせなければならない。「やられたらやり返す」「百倍、千倍にして返す」などという言辞は南北とも直ちに止めるべきである。また、米韓は空母ジョージワシントンまで出動させて黄海で7千人規模の軍事演習を強行し武力による威嚇を行った。(11・28〜12・1)。これに対し北朝鮮は軍事的対応も辞さないと言い募っている。このような軍事演習や声明も戦争をあおるものである。

  3 菅政権は緊張激化政策、戦争路線拡大、人種主義的政策を止めよ!

 日本では、今回の事態に際して、米国、韓国などが負うべき責任などに一切言及しないまま北朝鮮のみを非難する報道が溢れている。菅政権は、朝鮮非難の声明を出すだけではなく、あろうことか朝鮮学校無償化の審査を停止すると言い出している。また、11・28〜12・1の米韓合同軍事演習について中止を求めるどころか、「緊密に連携」と支持している。愚かである。ひたすら日米同盟にすがり、東北アジアの平和体制をどう構築していくかについて何の構想も持たず、植民地主義に頭のてっぺんまで浸りきっている。「その都度起こる朝鮮半島の事態と生徒とは関係ない」(11・25朝鮮高級学校・全国校長会声明)。金正日と軍部が仕出かすことに朝鮮学校の生徒が何の責任を負わなければならないのか?人種主義、植民地主義の菅政権はそんな常識もわきまえない。
 菅政権は緊張激化に手を貸さず、戦争路線拡大をやめ、朝鮮高校無償化を直ちに実行しなければならない。

  4 6カ国協議|日朝、米朝協議を直ちに再開せよ!
    軍民分離、無防備運動の拡大を!


 事態を沈静化させ、平和を回復していく道は6カ国協議の再開、日朝、米朝協議の再開しかない。根本に核問題と休戦協定の平和協定への転換問題があることは明らかであるからだ。オバマ政権は早急に6カ国協議再開を決断しなければならない。また、菅政権は02年9・17ピョンヤン宣言と05年9月19日6カ国協議合意に基づき日朝交渉を促進していかなければならない。
 私たちは、メディアの北朝鮮非難から制裁強化や戦争路線肯定の大合唱を批判しつつ、核問題の解決と東北アジアの平和実現に向けて運動を強めていく必要がある。そして、いまこそ「非暴力」「軍民分離」「自治」で市民の安全と平和をつくる運動無防備地域宣言運動を大きく拡大するときである。

   沖縄県知事選と基地撤去の展望
          無防備地域宣言・沖縄ネットワーク 事務局長 西岡 信之  10年51号4〜5面             
    
 11月28日、沖縄県知事選は、現職の仲井真知事が再選、県内移設反対・普天間即時閉鎖を訴えた伊波洋一候補は3万8千票差で敗れるという残念な結果に終わった。
 伊波候補は、宜野湾市長に当選したばかりの2003年6月に沖縄国際大学で開催した「アフガニスタン国際戦犯民衆法廷沖縄公聴会」に市長挨拶として出席していただいたり、RAWA・アフガニスタン女性革命協会の表敬訪問にも応じていただいたり、平和運動に積極的な協力をおしまない素晴らしい人だ。県内の社民党、共産党、沖縄社会大衆党の革新共闘にとっても、12年ぶりの県政奪還をめざし最も知事候補にふさわしい最後のエースとして最高の期待を集めていた。私自身も知事選でこれだけ動いたのは初めてだった。交差点での朝立ち・手振り、住宅へのチラシ入れ、ノボリ立て、宣伝カー運転、スポット演説など、告示日前から17日間の選挙運動で出来る限りの取り組みをしただけに本当に残念だ。普天間問題に終止符を打つ戦いだった沖縄知事選を振り返り、基地問題の今後の展望を考えてみたい。

  知事選2カ月前に「県外移設」へ仲井真知事が方針転換

 95年の少女暴行事件から96年の橋本総理・モンデール駐日大使共同記者会見に始まる普天間返還移設にともなう新基地建設問題はすでに14年目を迎える。98年の知事選から稲嶺・仲井真と続く自(公)県政は、普天間の県内移設について条件付き賛成という立場を公約にして選挙を闘い勝ち続けてきた。勝利の要因は、基地を受け入れる代わりに振興策という莫大なカネを政府からもぎ取って来たことによる。この12年間の知事選の対決点は、新基地建設反対か振興策をアメにして新基地建設は条件付き賛成で政府の計画を容認するかであった。
 しかし今年1月、名護市長選挙では新基地建設に反対する初めての稲嶺進市長が誕生。9月の名護市議会選挙でも新基地建設反対派の市議が議会の多数を占めた。移設先の市長と議会が、基地建設反対派となり、名護の民意として「基地いらない」が確立した。ハコモノばかり造り続ける振興策は、本土企業にカネが回るだけで、県内の経済不況が解決できないことを名護市民は痛感したのだ。
 今年4月の県民大会(米軍普天間飛行場の早期閉鎖・返還と県内移設に反対し、国外・県外移設を求める県民大会)には、自民党から共産党まですべての党派が結集した。4月の県民大会開催にこぎつけた経過をみよう。昨年11月にも宜野湾で県民大会は開催され、国外・県外移設を求める議会決議は、県内41市町村すべての議会で可決された。これらは、沖縄県民の総意として、普天間の代替施設として県内に移設することはもはやありえないというのが、この14年間の県民の闘いの到達点なのだ。しかし、仲井真知事は、4月の県民大会への参加表明もギリギリまで示さない、移設反対カラーだった黄色のかりゆしウェアも会場に着いてからブルーに着替えるなど、「普天間は県外移設」に県民の意識が変わったことも無視して、「(県内移設は)極めて困難」しか言わなかった。ところが、今年9月28日の県議会定例会で、仲井真知事は「(名護市辺野古崎地区を移設先とした)日米共同声明を見直し、飛行場を県外へ移すことを求める」と初めて表明したのだ。仲井真知事は、知事選の2か月前にこれまでの政策を転換した。

  知事の立場を変えさせたのは沖縄県民の闘い

 9月の県議会で「県外移設を求める表明をする」ように知事に政策転換を求め、知事選立候補者を他者で擁立すると最後通牒を突きつけたのが翁長雄志那覇市長だ。自民党沖縄県連幹事長だった翁長が、9月上旬、知事応接室でなかなか「県外移設」を表明しない仲井真知事に迫ったことを選挙後の県内新聞二紙は明らかにしている。「県外移設」を表明しないと、知事選は負ける。「県内移設に終止符を打つ」と8月21日に立候補表明した宜野湾市長の伊波洋一氏の明快さに勝てるには、県外移設を表明するという政策転換しかなかった。
 今回の知事選の、最大の焦点は、普天間返還と新基地建設を止めることだ。伊波知事が誕生すれば、この道筋は確実になる。しかし選挙は敗れた。その要因は、仲井真知事が選挙公約にした「日米合意を見直し、県外を求める」としたことで争点がボヤケタことだと識者や新聞は書いている。私は、争点ボカシで仲井真が勝ったということだけでは不十分だと思う。14年間の新基地はいらない県民の意志、2千日を超える辺野古テント村の闘いが、県知事をして「移設先は県外」と言わせるまで追い込んだと見るべきだ。県民の闘いがついに4年前まで条件付き賛成だった知事の立場を変えさせたのだ。

  闘いの舞台は日本全体へ、どこにも基地を作らせない自治体決議運動を

 選挙後の翌日の記者会見で、仲井真知事は「県外貫く」「県内移設不可能」と改めて普天間の移設先を県外に求めていくことを明言した。しかし、これまでから知事はブレルことで定評がある。県民をはじめ私たちは、仲井真知事に対して普天間を早期閉鎖に追い込み、県内移設にブレさせない闘いが求められる。とはいえ、自公県政といえどももはや県内移設に再転換することは県民が許さないことは理解しているはずだ。普天間移設・新基地建設阻止の闘いは、県内の闘いから県外、日本全体の闘いにステージは移った。
 宜野湾市でも名護市でもいらない基地は、日本のどこにも要らないという本土の闘いが必要だ。戦争につながる人殺しの基地は、日本にもグアムにもどこにもいらない国民の意志を示す番だ。
 民主党政権がすすめる戦争国家路線を止める本土からの闘いと沖縄県民が手を結んで闘うことが求められている。
 そのためにも、「5・28日米合意を見直し、普天間基地は即時閉鎖、どこにも新基地建設を作らせない」という自治体決議運動の次の段階をめざすことが必要ではないだろうか。

        
  
 名護市東海岸から東恩納議員を迎え、囲むつどいを開催
        「自治体決議運動に励まされた」

                                              10年50号6面
 
 9月の市議選で基地反対派が圧勝し、基地はいらないという揺るぎない民意を示し、議会として辺野古への基地建設を進める日米合意撤回決議をあげた名護市議会。その新基地建設予定地の名護市東海岸から東恩納琢磨市会議員を迎えて、11月5日(金)から7日(日)にかけて関西各地(東大阪市、枚方市、宇治市、大阪市、尼崎市)で囲むつどいを開催した。つどいでは、東恩納さんの熱い訴えに耳を傾け、11月末から12月にかけての自治体議会で日米合意見直しの決議を実現していくために街頭での請願署名など運動を強化していくことを確認した。
 以下、東恩納さんの報告要旨を紹介する。

 4年前に市議選に出馬した。区長が決めた基地容認派の候補だけでは住民に選択肢がないと思い、立候補を決意した。結果は同数・くじ引きで落選。(その後繰り上げ当選)しかし、今回はお前に入れるという人が多く出て、今度は上位当選させて頂いた。
 この名護に8百億円落ちたが、大手ゼネコンが儲けただけで地元はまったく潤っていない。1月の市長選は相手の得票を千5百票上回ったが、市議選では3千票の差をつけた。市民は名護の未来をつくる候補を選択した。賛成派が上回れば市長リコールとなるところだった。
 97年の市民投票のときは、区長も含め全員が基地受け入れ反対であった。しかし、黒塗りの車が来るたびに、条件付賛成派になっていった経過がある。今年1月の市長選の時、「しかたない」では何も始まらないし、地域おこしも出来ないと頑張った。稲嶺候補(現市長)は、辺野古へ来ておじい、おばあから「この手帳に基地はいらんと書いてくれ」と言われ、書いた。そこからはっきり基地はいらないと声を大きく上げ支持を拡大した。

 これまで国は何かにつけ、名護市長と県知事が基地建設に賛成していると言ってきた。この言い訳をもう言わせてはならない。名護市民はホップ・ステップ・ジャンプしてきた。大田知事を破った稲嶺知事は当時「県政不況」というキャッチフレーズを使い、政府は官房機密費を投入した。今、基地撤去が手に届くところに来ている。なんとしても、知事選に勝利しなければならない。
 特に知事選については、勝たないと10年前に逆戻りとなる。岩国のように名護市長が標的となり、今行われている学校建設の補助金凍結から更なるカットなどを受けるという危機感がある。なにより、沖縄県は推進になったと言わせたくない。
 関西で皆さんが進めている辺野古への新基地建設の日米合意撤回の自治体決議運動は、沖縄の問題を自分の問題として考えるものだ。すごく意義があるし、沖縄を励ますもの。ぜひ沖縄に伝えて欲しい。私もこちらへ来て大変勇気づけられた。
  【東京都北区】
 辺野古への新基地建設の是非を問う街頭シール投票を実施
  1/29 平和無防備条例をめざす会結成へ

                     無防備地域宣言運動首都圏ネット 国井 潤 10年51号7面
   首都圏の無防備地域宣言運動は、自衛隊の主要な兵站基地がある東京都北区で、来春の条例制定直接請求署名実施に向けて準備が進んでいます。10月16日から国際人道法の意義や住民自治を生かす取り組みとしての条例制定請求権等の「連続学習会」を、協力して下さる教会の部屋等を使わせてもらいながら二週間に一回開催しています。
 10月30日には前田朗先生を招いて、ピースゾーンとしてのオーランドの歴史と現在的意義についての講演会を開催しました。11月21日には、札幌市で無防備条例の直接請求に取り組んだ谷百合子さんのお話とピアノと詩の朗読、そしてルワンダ内戦を体験したマリールイズさんの自身の体験に基づいた、加害者と被害者の憎しみを解いていく平和構築の具体的実践のお話から、無防備地域運動に多くの示唆を得ることができました。

街頭シール投票結果は
基地建設賛成・11
基地建設反対・163

 沖縄知事選投票日の前日に、北区内の主要な駅の一つである王子駅近くで、辺野古への新基地建設の賛否を問うシール投票を行いました。3時間の取り組みの結果は、賛成11、反対163でした。朝鮮半島情勢が緊迫している中でも9割以上が基地はいらないとの意思表明でした。この取り組みを通じて地域の方々と平和や、基地問題、そして無防備地域運動について語り合うことができ、賛同者を広げることもできました。このシール投票の結果は沖縄名護市にも伝えようということになりました。
 地域の協力者は確実に広がってきています。年明けの1月29日の「東京・北区に平和無防備条例をめざす会」結成集会に向けて、更に協力者の輪を大きく広げようと取り組みを進めています。
 同時に、沖縄普天間基地の撤去に伴う辺野古への移設・新基地建設を決めた5・28日米共同声明の撤回、見直しを求める沖縄県議会や名護市議会の決議、意見書を支持し、各地域の自治体議会への決議、意見書採択の請願・陳情の取り組みも広げています。
 東京都江東区では、この陳情に対して、区民の傍聴すらできない議会運営委員会で「外交、防衛問題は国の専管事項であり、議会審議になじまない」との意見が多数として、「継続審議」でさえもない前代未聞の「議長預かり」という扱いにされました。住民の政策提案権でもある「請願・陳情」について何ら内容審議をしないという不当な対応と、「外交・防衛問題」は審議しないという地方自治権、住民自治権を放棄した議会に対して、「区民の意見を反映した議会制度のありかた」を求める新たな「陳情書」を提出しています。この中で賛同する議員とも出会い、来秋に江東区でも無防備条例の取り組みを行いたいとの思いを強めています。
 現在未審議の川崎市と、新たに北区、品川区等で提出し、審議に向け賛同署名や議員回り等を取り組んでいます。立川市や東大和市等でも準備をしており、更に広げていこうと呼びかけています。
  
 矢野秀喜さん(無防備全国ネット事務局)、林鐘国賞受賞!

                                 10年51号8面  
 
 11月10日、矢野秀喜さんが韓国ソウルで第4回林鐘国(イム・ジョングク)賞・社会部門賞を受賞した。
 林鐘国氏(1929〜89年)は、植民地主義の克服のために生涯を捧げた韓国の在野の研究者である。その遺志を継承するため民族問題研究所が設立(1991年)され、「『親日清算』『歴史の正義実現』『民族史の定立』の精神を今日の現実の中で正しく継承している個人と団体」に林鐘国賞を授与している。
 矢野秀喜さんの受賞理由は、「日帝下の強制動員被害者に対する真相究明活動、訴訟の支援、慰霊事業、補償運動を持続的に展開した。また靖国神社反対キャンペーンと強制併合千年共同行動などの国際連帯行動にも積極的に参加するなど、日本社会に植民支配と侵略戦争に対する反省の世論を呼びおこすことに大きく寄与した」ことである。
 この受賞は、矢野さんの進めてきた戦後補償運動総体に対するものであり、無防備全国ネットとして心から受賞を祝福する。そして今日の好戦勢力の手足をしばる同じ運動として、無防備運動を大きく広げる決意を新たにする。