【原発震災】  市民の命と人権をまもる当事者意識をもって
                     立ち向かう自治体をつくりあげよう!
                                 無防備地域宣言運動全国ネットワーク事務局 11年56号2~3面            
 
 
1 原発震災に対する無責任、当事者性の欠落

  福島第一原発の事故が発生してから早1か月半以上が経過した。東電は「収束」に向けての「工程表」なるものを明らかにし、6か月~9か月での「収束」見通しを明らかにした。しかし、「冷温停止」状態にもっていくための作業は、強い放射線に阻まれ、また格納容器等の破損などにより「工程表」どおりには進んでいない。今も福島第一原発は大量の放射性物質を放出し続けている。
 このような中で、原発周辺の自治体はもとより東北、関東地域-東日本全域で放射線対策がとられなければならない。しかし、自治体当局の対応は著しく当事者性を欠くものとなっている。
 
 子どもを危険にさらす文科省

 福島県教育委員会は、文部科学省が「校舎・校庭等の利用判断における暫定的な目安について」で、「1~20m㏜/年を暫定的な目安とする」との通知(4.19付、23文科ス第134号)を出したが、これを簡単に受け入れている。
 “「20m㏜」までは子どもが放射線を浴びても大丈夫”などという「目安」がいかに非人道的で、子どもを危険に晒すものかについて様々な方面から指摘、批判がされている。「20m㏜/年」は、「放射線管理区域」(0.6μ㏜/時,労基法では18歳未満の作業を禁止)の約6倍に相当する線量であり、原発労働者が白血病を発症し労災認定を受けている線量に匹敵するからである。しかし、福島県教育委員会は、父母、現場教員等の批判をはねつけ、文科省通知を現場に押し付けている。その結果、子どもを運動場の地べたに座らせたり、体育の授業、クラブ活動を屋外で実施したりする学校も出ていると言われる(「日刊ベリタ」より)。何という無責任さか。
 
 市民の安全より法の整合性優先

 福島県ですらこのような対応であり、福島から離れた自治体の無責任さ、当事者性の欠落はさらにひどい。
 品川区は、今回の原発震災に関して区民から出された質問に対し、次のように回答している。「Q.状況が悪化した場合の対策・方針・マニュアルはあるのですか」に対し、「A.原子力事故についての方針・マニュアルはなし」。「Q.今後も原発事故時の対応について検討していきますか」に対しては、「A.品川区民及び協定を締結している自治体に影響が及ぶような事態が予想された場合には、災害対策本部で検討を行なう」。東京は福島から200km以上離れている。しかし、東京の水道水はヨウ素131で汚染され、東京都は乳児の飲用を止めるよう指示を出した(現在は解除)。東京も広い意味では「被災地」なのである。また、東電が発表した「工程表」では、「水素爆発の再発」「原子炉冷却に必要な電源の喪失」等の“9つの危険”が付記されている。燃料棒の更なる破損・メルトダウン、放射性物質の大量放出の危険性は今も解消されていない。そのような状況であるにもかかわらず、「マニュアル」は作成しておらず、「検討する」というレベルにとどまっている。このような過酷事故が起った後でも、「対岸の火事」のまま、当事者性を完全に欠落させたままなのである。

 また、大津市(福井県に隣接,敦賀原発から約30km)でも、市民の「『原子力防災計画』の策定が必要ではないか」との指摘に対し、「国の計画が変更されなければ県の計画も変えられない。国のEPZ(注)10km圏に大津市は入っていない。独自に原子力防災計画を作っても原子力災害対策法(原災法)の枠の計画ではないので、法に基づく事業者への権限の行使(調査や事業者に対する意見など)ができない」(4.26交渉)という対応に終っている。「EPZ10km圏」など今回の福島原発事故で完全に破綻した「想定」であるにもかかわらず、今もそれに固執している。
 「市民の安全の確保」より国の計画、法との「整合性」の方が優先されている。このような姿勢で市民の生命、財産が守られるはずがない。
 当事者性の欠落、そして無責任―このような自治体の姿勢を転換させていくこと抜きに、市民の安全を守っていくことはできない。自治体は変わらなければならないのだ。

  2 脱原発こそが「防災」であり「国民保護」!今こそ原発廃止を打ち出す自治体を
 
しかし、自治体も変わりつつある。大阪・枚方市議選では原発廃止を訴える手塚さん(無防備平和条例の直接請求運動代表者)が前回の得票数の3倍以上の票を獲得し当選した。東京・世田谷区長選では「脱原発」を正面に掲げる保坂展人氏が当選した。川内原発(九州電力)の増設が問題となっている鹿児島県川内市では、原発増設反対の候補が県議選に初当選した。浜岡原発3号機の再開を一旦は了承した静岡県・川勝知事も今では「現状では再開はあり得ない」と言わざるを得なくなっている。
 これらの変化の背後には、政府、電力会社、原発メーカー、御用学者(=原発マフィア)たちが流布してきた「安全神話」のウソが誰の目にも明らかとなってきたこと、原発震災の過酷さ、被災者が直面している困難さとそれを引き起こした“原発マフィア”への怒りがある。

 今こそ今回の原発震災を当事者意識をもってとらえ、市民の安全、核燃料廃棄物処理、代替エネルギー開発等を市民サイドで検討し、具体化していく運動を組織していく時だ。その運動を大きく発展させていく中で自治体の転換を実現していくことはできる。統一地方選後の6月議会での陳情・請願・議会決議や自治体要請行動を大衆行動でつくりあげ、市民自治を強化し市政変革を実現しよう!

(注)EPZ…Emergency Planning Zones 原子力施設 において、あらかじめ異常事態の発生を仮定し防災対策を重点的に充実すべき地域の範囲。現在の国の指針では原発から半径約8~10kmの距離としている。
 
 【大阪・枚方】 無防備条例否決~条例制定をあきらめないと取り組んで7年
  無防備運動からはじめて議員誕生!
          市民自治の力で枚方市政・市議会の変革へ

          平和で豊かな枚方を市民みんなでつくる会 大田幸世 11年56号3面
  
 全国のみなさま!先の統一地方選で「枚方市民の会」から初めて市議会議員手塚たかひろを誕生させることができました。

   市議会変革と原発廃止訴える

 無防備条例制定の直接請求が市議会で否決され「市民不在の市役所・市議会を変える」と決意してから思いっきり走った七年でした。前回の七百票が三千四百票に増えました。市民の勝利です。
 手塚たかひろは公約として「市民のためになる市議会に変える第一歩として年間千二百万円の議員報酬を半減し、福祉・教育・介護にまわす」を公約に掲げ闘いました。また、選挙準備活動中の三月一一日に東日本大地震が起こり、福島第1原発事故による放射能汚染が広がる中で急遽「原発はいらない」と姿勢を明らかにしました。

 選挙期間中は、手塚候補者カーに対し玄関先まで出て手を振り「具体的な提案で分かりやすい」「候補者は若ければええというのとは違う。市議会は変えんといかん」等、多くの支援の会話ができました。四年前に発覚した談合事件に対し市議会は調査権や市民への説明責任を放棄しました。あまりにも無責任な市議会への怒りが爆発したと思います。
 四年間、月報「平和がいちばん」を協力者で各戸ポスチングを行い、市民の会事務所「ひこばえ」では月一回の昼食会等を開催しました。多くの市民が気軽に立ち寄り自由な交流ができ、枚方市を変える取り組みが共有化できました。その力は今回の選挙投票を友達・知人に働きかける大きな原動力になりました。

   市民自治作り出し公約実現へ

 「何事も継続すれば希望は実現する」選挙後の若者の感想です。多くの市民から喜びの声が届いています。私達は、地道な取り組みに自信をもつと同時に公約を実現させる責任の重さを痛感しています。
 無防備地域宣言運動は、枚方の運動を大きな飛躍させました。「条例制定をあきらめない」と決意した私達は、誰もが大切にされ生活を脅かすものに対し毅然とした姿勢を貫く枚方市にしようと、市民の活動を束ねる地域拠点作りをスタートさせました。その「ひこばえ」の取り組みから議員が誕生したことは、市議会を民主化し市民自治をつくりだす大きな1歩だと考えています。今後もよろしくお願いします。
   【沖縄から】  思いやり予算を被災者に―市民、署名運動へ
            大震災口実に、有事体制強化も
     
         沖縄国際大学 平和学講師 西岡 信之 11年56号4面

 ケビン・メア米国務省日本部長による「日本人・沖縄県民差別発言」事件が発覚したのが、3月7日。三日後の3月10日に更迭され、その翌日の11日、東日本大震災・福島原発事故が日本を世界を沖縄を襲った。
 沖縄も大震災から、かなり長い期間、時間が止まったようだった。ケビン・メア発言に現れたのは単にケビン・メア一人の問題ではなく、米政府をはじめ日本政府の対沖縄基地担当の政治家や防衛省、内閣府の官僚にその沖縄蔑視の意識が存在するという追及や分析が始まったばかりだったが、その動きが震災と原発事故によって閉ざされてしまった。
 
 震災救援で米軍の必要強調

 「トモダチ作戦」で在沖米軍が東北への被災地支援活動に入ったニュースがテレビで流れ、在沖海兵隊のホームページも連日のように支援活動の様子を写真入りで発信した。在沖米軍が沖縄に駐留する必要性がこれで明らかになったかのような四軍調整官のコメントも出され、普天間問題で気まずくなった日米関係が修復したかのような報道まで。
 琉球大学の准教授が、新聞の文化欄に「侵略部隊の米軍の災害救援はあまりにも無力」と書いたところ、読者の投書欄に、「救援で頑張っている米軍や自衛隊を批判することなど許されない」という批判が相次いだ。
  
 思いやり予算を被災地へ

 こうした流れに沖縄の市民運動は立ち上った。4月1日から、「思いやり予算を被災者へ」の署名活動が、県庁前など街頭で始まった。労組も政党も組織もない名もない市民たちが、「思いやり予算1兆円を被災者支援に充当したとして、試算、毎月一人当たり5万円として1年間で60万円、3年間で180万円+20万円=200万円としますと、50万人の被災者を救援することが出来る」と呼びかけ、菅総理、松本外務相、北沢防衛相への要請署名を集めている。   
 署名運動を始めた女性は、「政府が米国への思いやり予算の凍結の交渉をすることもなく、国会で可決されたことに対するやりきれない思いで立ち上った」と語っている。
 
 自主防災組織促進に警戒を

 さらに別の嫌な動きもある。震災後、沖縄は「災害ほぼ無防備」(沖縄タイムス)と、自主防災組織の結成を呼び掛ける講演会、学習会、新聞の特集記事などがいっきに広がり始めている。全国平均74%の組織率に沖縄は6%で危機的と、阪神震災の被災者や消防庁などがさかんに動いている。
 自主防災組織とは、国民保護計画での実動訓練を下から組織するために全国の自治体に政府が結成指導を強化しているものだ。戦前・戦中の警防団、隣組組織をこの自主防災組織で担わせることを狙っている。
 こうした有事体制づくりの巧妙な手口を気づかずに良心的な思いから手伝っている市民も多い。国民保護計画の実動訓練には一切組しないという考えをもたず、こうした動きを勧めることは、政府の戦争国家づくりを下から地域からの組織化に加担することになる。 

 私たち無防備運動が、政府の危険な狙いを県民に知らせていく出番だ。
 
  【京都府向日市】  市民参加でまちを変える!
                 枚方に続き7月市議選に挑戦

                                         向日市 杉谷 伸夫 11年56号5面

  4年前の誓いを果たす時

 4年前の1月22日、有権者の10.4%の有効署名で直接請求した無防備平和条例案が向日市議会であっさり否決された時、会議場の外でみんなで誓いました。「こんな議会は変えよう。無防備平和条例の制定に再チャレンジしよう」と。
 4年後の今、その誓いの一つの実行に踏み出します。今年7月の向日市会議員選挙にチャレンジします。必ず通って、4年前、傍聴した市民からあきれられた議会を、市民のための議会に根本から変えるために、議会の中からも変革の動きを作っていきたいと思います。

  私たち市民の取り組みが、まちの流れを変えた
             ~市民の力で市総合計画の変更実現


 無防備平和条例案の否決後、向日市の無防備の会を毎月開催し、平和の取組を継続して来ました。その中で無防備条例案の審議に現れた「主権者である市民無視」の姿勢が、行政・議会ともにあらゆる場面で目に付き、やはり自分が議会に乗り込んで行くべきだとの思いに至りました。
 
 そんな思いでいた09年夏、市が多額の借金をして、市のお金でJR向日町駅の駅舎の改築・駅前整備を行う計画を広報が発表されました。これは市長が執着していた構想なのですが、議会の中でも疑問や批判が強く、とうてい市民の理解は得られないのではという状況での一方的発表でした。でも、これまでの向日市なら、ひと悶着はあっても結局最後は多数決で「市長提案承認」で落ち着くと踏んでいたのでしょう。
 ところが私たちの取り組みが、その目論見を打ち砕いたのでした。計画案が発表された後、無防備の会が呼びかけてこの問題での市民シンポジウムを開催しました。当時国立市長の上原公子さんにお越しいただき、その講演に力を得た私たちは議会請願署名に取組み、議会で採択。その結果、中間派の議員も市長の計画案に反対の立場に立ち、同計画案を前提とした市の今後10年間の総合計画案を否決、市の計画は全面変更となったのです。

  市民参加でまちを変える~枚方市議選勝利に続きたい

 この取組みを行った私たちは、やればできる、このまちのことは私たち市民抜きで決めさせないという自信と確信を得ました。そして、この取組を一緒に担った仲間と、昨年10月に「杉谷さんとともにまち創る会」を結成し、議会に代表として私を送り込んでもらうべく準備を進めています。
 
 1月8日には事務所「杉谷ひろば」をオープン。会報を月1回発行していますが、5月からは全世帯は無理でも半数の約1万世帯に配布して行きたいと思っています。合い言葉は「市民参加でまちを変えよう」。「市民参加」の言葉には、一部の方からは違和感も表明されましたが、「まちを変える取り組みにみんな参加しよう」というニュアンスも込めています。
 
 主な訴えは「市民生活を支えるまちづくりと議会の変革」と「税の無駄づかいを無くす」です。まず第一歩は議会進出です。
 4月の統一地方選で、同じく無防備条例に取組んだ枚方市の手塚さんが市会議員に見事当選されたことには、大いに勇気づけられました。向日市も必ず続きます。 
  
  【国連人権理事会】 平和への権利 世界キャンペーンその②                                            東京造形大学教授・無防備全国ネット共同代表 前田朗   11年56号6~7面  
   
 平和への権利国際キャンペーン日本実行委員会は、ゴールデンウィークにスペインから法律家(カルロス・ビヤン・デュラン、ダヴィド・フェルナンデス・プヤナ両氏)を招いてシンポジウムを開催する準備をしてきたが、三月一一日の東日本大震災とその後の福島第一原発事故のため、キャンセルを余儀なくされた。このため、出版や学習会など国内でのキャンペーンを行うとともに、国連人権理事会諮問委員会からの「質問」に応答する作業を進めている。

   日本実行委員会発足

 本年初頭に日本実行委員会を発足させた。実行委員会は、例えば次の任務を担う(下記は「綱領」や「規定」として確定したものではない)。
①国連人権理事会で審議されている「平和への権利」について、日本から議論に加わっていく。
②平和への権利、平和的生存権の実現に関心のあるNGOと連携して、国連人権理事会などの国際機関に情報提供を行う。
③国連人権理事会における議論を、日本社会に伝え、日本における議論を発展させる。
④国連人権理事会における平和への権利の議論をリードしているスペインなどの法律家と協力して、平和への権利国連宣言の採択をめざす。
⑤平和への権利キャンペーンを行っているスペインなどの法律家を日本に招いてシンポジウムを開催する。
⑥日本国内において、憲法九条擁護と平和的生存権の実現に向けたキャンペーンに加わっていく。
⑦これらのために、集会、学習会などを行うとともに、関連書籍の出版も行う。

 日本実行委員会共同代表は、海部幸造(弁護士・日本民主法律家協会事務局長)、新倉修(青山学院大学教授)、前田朗(東京造形大学教授)であり、事務局長は笹本潤(弁護士・日本国際法律家協会事務局長)である。連絡先は日本国際法律家協会(JALISA、世界的なNGOの国際民主法律家協会の日本支部に相当する)に置いている。今後幅広く呼びかけ人を募る予定である。

 上記のうち①②については、すでに筆者が二〇一〇年八月の人権理事会諮問委員会および二〇一一年三月の人権理事会でNGOとして発言してきた。また、JALISAの塩川頼男理事が中心となって、人権理事会の会期中にNGO主催のパネル・ディスカッションを開催してきた。③④については、筆者や笹本潤事務局長が法律家団体や平和団体の機関誌紙などに報告を続けてきた。スペイン国際人権法協会との連絡も密接に取り続けている。⑤はキャンセルとなったが、本年秋以後の招請を考えている。⑥⑦は遅れていたが、実行委員会発足により、まず出版を実現した(後述)。また、出版を機に学習会を企画して宣伝を始めた。春の企画は、四月三〇日・春日井市、五月一四日・東京・西片町教会、五月一九日・青山学院大学など。更に、四月に「right_to_peaceのブログ」を開設した。

   平和への権利の世界初の出版

 四月下旬に、笹本潤・前田朗編『平和への権利を世界に――国連宣言実現の動向と運動』(かもがわ出版)を出版した。国連人権機関における平和への権利の議論と、日本における平和的生存権の解釈と実践と歴史を交錯させながら、わかりやすく解説した本である。

 平和への権利に関する出版は日本でも初めてだが、世界でも初めてのようだ。というのも、スペイン国際人権法協会は、ルアルカ宣言、ビルバオ宣言、バルセロナ宣言、サンティアゴ宣言や、人権理事会における発言や資料提供など、膨大な資料を作成して活動してきたが、それらを一冊にまとめて出版するには至っていない。このため三月にジュネーヴで相談した際に、プヤナ氏から「これが初めての本になるので、日本語だけではなく、ぜひとも英語の目次をつけてほしい」とリクエストがあった。そこで編集の最終段階で英語の目次を追加した。
 
 本書は四部構成である。「Ⅰ 平和への権利宣言をつくろう」では、「平和への権利宣言をめざす運動――世界キャンペーンの経過と意義(前田朗)」と題して、基本的知識を概説した。「Ⅱ スペインからの呼びかけ」では、「平和への権利宣言・世界キャンペーン(スペイン国際人権法協会)」と題してスペイン国際人権法協会の見解を紹介した。
 さらに、「Ⅲ 平和的生存権を掲げて」には六本の文章を収めた。
「憲法前文の平和主義にも注目しよう――平和的生存権の学説と判例(清水雅彦)」では、憲法学が平和的生存権という用語をつくり出し、発展させてきたこと、一九七三年に長沼訴訟札幌地裁判決が平和的生存権を正面から認め、三五年後の二〇〇八年にイラク自衛隊派遣違憲訴訟名古屋高裁判決が平和的生存権を認めたことを整理している。

 「市民が勝ち取った平和的生存権――自衛隊イラク派兵差止訴訟名古屋高裁判決(川口創)」では、イラク訴訟弁護団事務局長が訴訟の経過と判決の意義を明らかにしている。
「5大陸を平和憲法と平和への権利で埋め尽くそう――『平和への権利』サンティアゴ会議に参加して(笹本潤)」では、日本国憲法だけでなく、コスタリカ憲法や平和的生存権を認めた韓国の判例も参考にしながら平和への権利の実践的意義を説いている。
 他方、「国際刑事裁判時代の平和的生存権(新倉修)」では、国際社会が半世紀の空白を乗り越えて設立した国際刑事裁判所が、侵略の罪、ジェノサイド、人道に対する罪、戦争犯罪を処罰する時代になったこと、それとタイアップして平和への権利が登場している意味を論じている。
 「世界の人権NGOとともに――国連人権理事会サイド・イベントを開催して(塩川頼男)」では、人権理事会の会期中にNGO主催で行ったサイド・イベント(パネル・ディスカッション)の様子を紹介している。

   無防備運動なども論じる

 「個人でできることから始めよう――ピースゾーンと平和的生存権(前田朗)」では、平和への権利を、個人のレベル(市民的不服従、兵役拒否など)、社会のレベル(ピースゾーン、無防備地域宣言運動など)、国家のレベル(軍隊のない国家二七カ国など)に即して論じている。
 最後に「Ⅳ 資料」として「サンティアゴ・デ・コンポステラ宣言」の翻訳を収録した。宣言の内容を見ると、平和教育の権利、環境権、人間の安全保障、市民的不服従の権利、抑圧に抵抗する権利、軍備縮小への権利(核兵器を含む大量破壊兵器の撤廃禁止)をはじめとする多彩な内容を含んでいる。
 
 実行委員会では、この取組みを全国各地に広げたいので、学習会の企画があれば声をかけていただければ講師を派遣する態勢を準備している。
     【札幌】 原発震災 これは戦争です    
             無防備平和のまちをつくる札幌市民の会 谷 百合子   
11年56号8面   
 原発震災は政府と電力会社が起こした戦争です。しかも確信犯に近いと思います。
1994年のNHK現代史スクープドキュメント「原発導入のシナリオ」では米ソ冷戦下、アメリカは日本を核の傘下にしようと「平和利用」の名目で原発を導入。「毒には毒をもって制せよ」と読売の正力社長や日米政府の要人が画策したのです。
 私は反原発に係わってかれこれ25年になります。市民運動の出発は反原発でした。北電の株主総会は16年間、六ヶ所は最初の村長選挙から県議・村議・知事と10年間、反核然選挙に通いました。ウラン搬入では1カ月女たちでテント生活をしました。ですから今回の東電の事故への怒りは半端ではありません。
 反戦をいう知識人でも原発容認派はまやかし人です。原発は確実に核兵器に繋がるものだからです。
 1995年六ケ所への高レベル廃棄物返還で9電力の市民株主を代表して仏・独に行きました。フランスは電気の75%が原発で、反核然の運動はありましたが反原発運動はなくドイツから出張していました。
 今回25万人のデモがあったドイツの市民とも交流しましたが市民の高いレベルと行動力に感動でした。ドイツの市民のレベルをめざして4月28日に「原発震災と選挙」で集会をします