【みなと神戸から】  原発と防衛産業のまちから脱却を                                                                松谷 卓人(西宮市に平和・無防備条例を実現する会) 11年57号2面            
 
  神戸に国内最大級の原発工場

 神戸港のみなと巡り観光船は、三菱重工神戸造船所でメンテナンスしている海自潜水艦を見られるので有名ですが、その神戸造船所の奥には国内最大級の原発プラント工場があります。三菱重工は、国内原発54基中19基の原発プラントをまるごと建造し、他に4基の建造にも関わっており、原発の輸出までしています。来年には、神戸造船所は商船建造をやめる予定で、まさしく原子力産業と防衛産業中心の「造船所」になります。

  原子力倍増目標変えない三菱

 三菱重工は、原子力関連事業を2015年3月までに倍増させ、年商6000億円をめざす目標を出しています。5月の発表でも「逆風だ」(大宮英明社長)としながらも目標は変更しませんでした。福島第1原発の未曾有の事故を目の当たりにしながら原子力倍増目標を変えないのです。

  問われる三菱の責任

 4月26日に「平和と民主主義をめざす全国交歓会・兵庫」が三菱重工神戸造船所に申し入れをしたので、私も参加しました。事前に電話していたのにも関わらず、正面玄関横にある案内所カウンターの中で受付女性が要望書を受け取るのみでした。後日、メンバーの携帯電話に留守録が吹き込まれていたようですが、よく聞き取れず、内容は、甚大な被害をこうむった電力会社など当社の顧客を全力で支援していくという内容で、一方、申し入れ日に案内所で撮影した写真には個人情報が含まれている可能性があるので公開しないように言ってくる始末でした。
 ガラス張りの案内所内で撮影した写真を公開しても個人情報を侵害するとは考えられず、受付女性の名前も写していません。個人情報(=人権)というのなら、原発がどれだけ命や人権を侵害しているのか、何人の原発労働者を過酷な環境で被曝させているのか、原発メーカー三菱重工の責任が問われなければなりません。
 
  神戸市は関電の大株主 議会決議を

 神戸市は、神戸造船所の原子炉技術者を「神戸マイスター」(2009年)として表彰し、技術力の高さを賛美しています。さらに、神戸市は関電の株式3%を持つ大株主であり、4月26日には神戸市と関電にも申し入れを行いました。
 今、神戸でも、脱原発の運動が高まっており、デモ行進や集会などが取り組まれています。「神戸で原発をつくるな」「神戸から原発を輸出するな」の声を広げ、三菱重工や自治体への申し入れを継続し、学習会なども計画していく予定です。さらに、地方議会において意見書・決議を求めるなど、みなと神戸の産業構造を変える一歩にしたいと思います。 
 
  【沖縄から】  動かない普天間 繰り返される県内移設案            
     
         無防備地域宣言・沖縄ネットワーク 事務局長 西岡 信之 11年57号3面
  
 増大する爆音・基地被害


 最近、普天間の爆音が凄まじい。午前9時からの大学の講義も度々中断を余儀なくされる。県内の新聞でもCH53大型輸送ヘリ5機が一度に旋回訓練したり、F18ホーネット外来艦載戦闘機の爆音で「住民悲鳴も」という記事が目につく。96年のSACO日米行動委員会で合意したはずのパラシュート降下訓練の伊江島実施が無視され、5月20日には通告なしに嘉手納米空軍基地で行われた。このところ米軍は、進まない普天間の辺野古移設への怒りをこれまで出来なかった訓練で気を静めているかのようだ。勘違いしているのは米軍で、怒りの頂点は沖縄側にある。またしても交通事故を犯し、裁判所で示談までした米軍関係者が米本国に無断で帰国し行方不明で賠償金も支払わないままトンずらした。

 普天間固定の脅し

 鳩山前首相が普天間の移設先を辺野古崎周辺の水域とする「辺野古回帰」の日米共同声明発表が昨年の5月28日。あれから1年が来る。普天間の危険性は一切軽減も解消もされないばかりか、過去最悪の爆音被害が続いている。内部告発サイト「ウィキーリークス」の米公電発表によって、来年10月には、事故多発機のオスプレイV22の普天間配備も公になった。辺野古への移設なければ、普天間を永遠に使い続けるという脅ししかない。
 普天間移設が1年間動かない中、米上院議会の重鎮が超党派で来日し、沖縄にも来た。レビン軍事委員会委員長(民主)、前大統領候補になったマケイン筆頭委員(共和)らが、「辺野古移設」はもはや不可能になったと断言した。彼らは国防予算の承認権限を持っており、オバマ大統領として無視は出来ない存在という。その彼らが、仲井真知事と会談し、県知事が県内移設はありえないという態度を示したことで、辺野古移設は非現実的で費用負担も出来ないと明言した。
 ところが彼らが出した対案が嘉手納基地統合案だ。巨額の赤字を抱える米国財政の歳出削減は、軍事費にまで及び、アフガンなどの戦地以外の海外駐留費を削減するために米軍再編計画の見直しの一環として普天間移設の見直しも行ったという。

 犯罪的な安波への移設案

 嘉手納基地はつい最近、2万人を超える原告団による第3次爆音訴訟が提訴されたばかりだ。これ以上の爆音被害を容認することは不可能と言っていい。
すると、県内選出の衆議院議員の下地幹郎国民新党幹事長が、嘉手納統合案、沖縄島北部の国頭郡安波への移設、キャンプ・シュワブ陸上案の3案を大型連休中に訪米し、さきほどのレビン軍事委員長に提案したことが明らかになった。下地幹郎は、これまでも嘉手納統合や宮古島市の下地島空港移設など辺野古埋め立て以外の案を山ほど提示してきた前科がある。さらに国頭郡安波では、1956年の旧久志村がキャンプ・シュワブ移設を受け入れたように安波区の住民を基地誘致に向けて組織するなど犯罪とも言える活動をしている。

 普天間即時閉鎖・新基地反対を

 こうした問題だらけの普天間移設だが、5月20日定例記者会見で仲井真知事は、「嘉手納統合案に対して、本当に騒音被害が軽減できる案なら検討しないわけにはいかない。普天間の県外移設要求イコール県内移設反対ではない」と表明した。
 辺野古移設がほとんど不可能になったとは言え、日米政府はあくまでも沖縄県内に新しい基地を造りたい考えは変わっていない。今一度、普天間基地の即時閉鎖・返還、新しい基地建設を許さない立場が問われている。軍事力で平和はつくれない。武力を一切拒否する無防備平和運動の正しさはますます輝いている。

(追記)キャンベル米国務次官補が22日来日し、日本政府高官と会見。昨年5月の辺野古移設合意を推進すると表明した。 (5月23日現在)

      全ての原発の停止・廃止を!大阪・東京で集会
       「防災は゛脱原発しかない」「友達を返せ!すべてを奪う原発」
     
                                     11年57号4~5面

 5月4日東京と大阪で無防備首都圏ネット、同全国ネットが他団体と共催する「すべての原発を停止・廃止に5・4集会」が開催された。
 大阪では福井県から元越前市議で「生き残れない『原子力防災計画』」の著者の山崎隆敏さんが、東京では被災地福島から大賀あや子(大熊町)さん、武藤類子さん(田村市三春町)が報告をされ、参加者一同、原発の廃止へ行動していくことを確認した。(紙面の関係上、極めて限定的な要約となっています。この文責は全て全国ネット事務局にあります)

    山崎隆敏さん    でたらめな「原子力防災計画」

 私が93年に調査に訪れたチェルノブイリでは、作業員が5万5千人亡くなっている。
 政府・自治体の原子力防災計画は、チェルノブイリ事故は日本では起こらないという考え方の下に「防災」が作られている。でたらめで役に立たない。政府が言ってきた「多重防護の思想で(原発を)つくってあるので台大丈夫」「突然壊れることはない」は破綻した。
 
 原発は政府や電力会社だけでなく、自治体や議会にも責任がある。今回の福井県議選挙では私の立候補した選挙区では民主も保守の候補者も原発の廃止を掲げた。これだけで私の選挙に出た意味はあると思うが、しかし、問題は本当に今後も廃止を言うかだ。以前の高速増殖炉「もんじゅ」の事故のあと、「廃炉」を主張した議員も、そのうち「もんじゅ」運転再開に同意した。民主党の議員は「もんじゅ」運転再開の代わりに「新幹線」を通せと言い出した。そして今、また「脱原発」を言っている。
 市民が議員、議会の姿勢を正していかねばならない。福井の原発の立地している地盤はCクラスで、敦賀市が市民を安心させようと講演させた学者(荻原日大教授)ですら「敦賀の地震危険度はAランク」(95/10/26)といっているほどで、ひとたび地震が起きれば配管はズタズタになる。
 一番の「防災」は「脱原発」しかないのだ。

  武藤類子さん 友達を返せ!すべてを奪う原発。当事者として社会を変えよう

 (田村市三春町在住。「ハイロアクション福島原発40年実行委員会」所属。里山喫茶「燦(きらら)」(太陽光発電薪ストーブ等自然エネルギーを取り入れる。)を船引町で経営していた。)

 原発から45kmの三春町に住んでいる。当日は喫茶店にいた。地鳴りがすごく、生まれて初めての激しい揺れだった。車で10分の所に一人で住む母を連れて店へ戻った。ラジオで原発が緊急停止したことを聞いた。余震がすごかった。夕方「緊急冷却装置が全て失われた」ことを知った。昨年も電源喪失事故があった。広瀬隆さんの“原子炉時限爆弾”を読んでいたので、「大変だ」と思った。メールも電話もつながらない。一度だけつながった佐藤さんから、「これはメルトダウンだ。」と言われた。「とにかく逃げた方がいい。」と判断した。

  西へ西へ 避難生活1ヵ月

 87才の母と犬と連れとを積んで、「なるべく西へ逃げよう。遠くに行くしかない。」と吹雪の中を合津若松へ向かった。避難所で一夜を過ごし、翌3月12日の午後、一旦戻って行き先を見極めようと思い戻ってみると、余震が何度もきた。
 テレビはないが、インターネットで見ると、1号機の爆発とベントがあり、14日に3号機が爆発した。メールで友人に「とにかく遠くへ逃げて」と送り続けた。車で「山形へ行こう」と考え、昼過ぎに三春町を出て山形へ避難した。高校の先生が、ガイガーカウンターで測定したら「三春も上がっている。」と言っていた。間一髪で放射能から逃れた。山形に住む友人の友人の家で1ヶ月お世話になった。八七歳の母を仙台に住む従姉妹の家に預けたが、そこですごい地震があった。母はものすごく疲れ、我慢できなくなった。「戻って何かできるかもしれない。」「母を良い状態の所に」と思って戻った。 

  罪深い安全キャンペーン

 戻った途端、ものすごい混乱状態になり、激しい不安に襲われた。普通に見えるが、どこかが違う、恐怖と混乱の状態だった。「どんなことが不安?」と小さな集会をもち、情報を共有しあった。子どもを持ったお母さんが一番しんどく難しく逃げられない。年寄りの介護がある人や仕事のある父が反対する人も逃げられない。
 安全キャンペーンで、放射線健康アドバイザーという3人がきて「大丈夫です。」と言って回っていた。罪深い人たちだと思う。飯舘村にも行って、「裸で歩いても大丈夫です。母乳を飲ませても大丈夫です。」というアドバイスをして回っていた。それを元にした市政便りが作られた。そのため、安心した人も多く、多くの人がマスクを外した。「子どもは、どんどん外で遊ばして下さい。」とも言っていた。8割が東電がスポンサーになっている地元紙に掲載された。
 広島大学や長崎大学の先生方がいた。山下教(注)と言われている方々だ。自らが被曝2世でソフトなこの方の言うことなら、と安心した人が多い。しかし、最近は、「大丈夫」と宣伝するのはやめ、代わりに「大丈夫ですが、線量を低くした方がいい。これは国が決めたことです。」と言っている。安全神話の影響がすごく大きい。

   避難をめぐり亀裂

 避難を巡って、家族の間に亀裂も生まれている。職場や学校に避難民がきており、先生達は、その世話や泊まり込みで家に帰れない。「せめて若い人は逃げてほしい」と言うと、「それは職場放棄になる。免職覚悟で行け。」と言われる。ある若い先生が「休ませて下さい。」と言ったら、「逃げるのか。」の罵声が浴びせられた。その後、その先生の机を蹴飛ばしたりした。子どもに対しても「あの子はずるい」と言い、亀裂が入っている。色んな事に、人との関係に亀裂が入り、性格まで変わってくるものだ。

   『風評』ではなく実害

 食物がスーパーに入っていたが、“ガンバレ、福島”のキャンペーンをしている。福島の野菜を買おう、と言っている。福島も茨城も千葉もみんな放射能の通った所だ。牛乳も県内産を買おう、と言っている。学校でも県内産の牛乳給食が始まった。内部被曝をしろというのか。たらの芽などの山菜の時期なのに、何も食べられない。「買わないで下さい。食べる応援ではなく、それ以外の応援をして下さい。風評ではなく実害です。」というコラムがあったが、その通りだ。十一万円でガイガーカウンターを買った。測ってみると、空中と地面では全く違う値になる。土からの放射線量が高いのだ。とても作物は作れない。

   当事者意識を

 「もう店はやれないな。」と思っている。飲食店の主人もやめ仕事を失った。友だちも散り散りになった。みんないなくなってしまった。「友だちを返せ!」と叫びたい。原発は色んなことを引き起こす。計画停電というが、一人ひとりが電気器具を1つなくせば、社会は変わる。当事者だと思っていただけるだけでいい。そうでなければ世界は変わらない。

 (注)福島県放射線健康リスク管理アドバイザーである長崎大大学院医歯薬学総合研究科の山下俊一教授のグループをさす。「野菜などを口にしても、基本的には心配ない」などと安全を説く。
  【国連人権理事会】 平和への権利 世界キャンペーンその③                                            東京造形大学教授・無防備全国ネット共同代表 前田朗   11年57号6~7面  
   
 国内キャンペーンの開始

 平和への権利世界キャンペーンに学び、これに加わるために、日本実行委員会を立ち上げ、国内キャンペーンを開始した。その第一回講演会として、四月三〇日、日本国際法律家協会(JALISA)の塩川頼男理事主催により春日井市で講演会が開催された。JALISAは日本の国際法研究者・弁護士などの組織であるが、同時に世界的なNGOである国際民主法律家協会(IADL)の日本支部にあたる。
 
 講演者は四人で、いずれも『平和への権利を世界に』(かもがわ出版)の執筆者である。
最初に塩川頼男が、国際人権機関に参加するようになった経過と、平和への権利決議に注目した理由を説明した。塩川は、中部電力による思想差別の被害者であり、中部電力を相手取って差別の責任追及裁判を闘ったが、その一貫として国連人権小委員会に参加する人権ツアーに加わり、国際人権法の重要性を受け止めた。その後、毎年のように人権小委員会に参加して、情報を収集し、日本の状況を国際機関に報告してきた。その中で、人権委員会の平和への権利決議に注目するようになり、人権委員会が人権理事会に再編された後、自らの課題として平和への権利に関するサイド・イベントを開催してきた。サイド・イベントとは、国連人権理事会開催中に、NGOが同じ建物の会議室を借りて開催する学習会、パネル・ディスカッション、映画上映会などである。 
 かつてはNGOフォーラムとか、NGOブリーフィングなどさまざまな呼び方がなされたが、政府主催の会合や国際機関主催の会合もあるので、最近はサイド・イベントという呼び方になっている。

 続いて、筆者が平和への権利世界キャンペーンの概要を紹介した(本連載前回までの話と重複するので割愛)。
 さらに、新倉修(青山学院大学教授)が、国際刑事裁判所が設立され、侵略や戦争犯罪を裁く時代になってきたことと、平和への権利の関連について思考を展開した。アメリカは国際刑事裁判所に背中を向けて非協力的な姿勢をとり続けている。同様に平和への権利決議に反対投票をしている。国際社会の平和と安全を維持するためには、大国主導の軍事力による平和(恐怖と抑圧による平和)ではなく、国際市民社会の英知を集めた平和作りが必要である。新倉はJALISA会長であり、IADL事務局長でもある。また、二〇〇八年の「9条世界会議」共同代表でもあった。
 
 最後に、日本実行委員会事務局長の笹本潤(弁護士、JALISA事務局長)が、二〇一〇年一二月のサンティアゴ・デ・コンポステラ会議に参加した経験と、二〇一一年三月のジュネーヴにおけるサイド・イベントの内容を紹介した。笹本は、9条世界会議の呼びかけ人でもあり、昨年、コスタリカ留学の経験などをまとめた著書『世界の「平和憲法」――新たな挑戦』(大月書店)を出版している。
 
 また、笹本は、人権理事会や諮問委員会の今後の動きと、日本からの参加や情報提供について提案した。諮問委員会は「質問表」を公開して、世界のNGOに意見を求めているので、日本の平和的生存権に関連する情報を提供することが重要である。次の人権理事会は六月上旬、諮問委員会は八月上旬にジュネーヴで開催される。

 平和的生存権の再構成
 
「国際人権法における平和への権利」の議論は「日本国憲法の平和的生存権」の理解にも影響を与える。まだ十分な検討を行っていないが、筆者の思考の基本枠組みを示しておきたい。
 
 「権利としての平和」

 第一に、平和概念の変遷との関係である。(a)古典的平和概念は「戦争と平和」という対概念で組み立てられていた。平和とは戦争のない状態と考えられた。(b)平和学者ヨハン・ガルトゥングは、戦争がなくても平和とはいえない場合があることに注目して、軍事基地被害、飢餓、貧困をはじめとして平和でない状態があるので、これらを「構造的暴力」と名づけ、平和とは構造的暴力のない状態と考えた。(c)これに対して、平和への権利や平和的生存権の思考は、平和を「状態」ではなく「権利」として把握する。「権利としての平和」である。
 
 9条と前文はセット

 第二に、平和主義の二つの側面を見てみよう。(a)憲法9条は、戦争放棄、戦力不保持、交戦権の否認という「否定」の形式で書かれている。平和を守るために、戦争をしない、軍隊を持たないという、消極的平和主義である。(b)他方、憲法前文は、恐怖と欠乏から逃れるために、平和的生存権という目的を達成することを日本国民が誓うという形式の積極的平和主義である。平和をつくるために何をなすべきかが問題となる。(c)両者は分断したり、対立させたりするべきではない。9条の消極的平和主義と前文の積極的平和主義とがセットになって、日本国憲法の平和主義が成立する。
 
 国際人権法の平和への権利

 第三に、国際人権法における平和への権利には、さらに多くの内容が盛り込まれている。スペイン国際人権法協会がリードして作成・採択されたサンティアゴ宣言では、平和教育と人権教育への権利、人間の安全保障及び安全かつ健康的な環境で暮らす権利、発展の権利と持続可能な環境への権利、不服従及び良心的兵役拒否の権利、抑圧に抵抗・反対する権利、軍縮の権利、思想・意見・表現・良心・宗教の自由、難民の地位への権利、出移民及び参加の権利、被害者の権利(被害者認定、真実を知る、補償など)、脆弱な状況にある集団の特別規定(女性、子ども、障害を持った人、高齢者、マイノリティ、先住民族など)が定められている。さらに、「平和への権利の実現のための義務」が、国家、国際組織、市民社会、人民、個人、企業、メディアなどにあるとしている。
 
 「権利としての平和」を実践する積極的平和主義が要請されている

 日本国憲法の平和的生存権は、従来ともすると「戦争と平和」の文脈に押し込まれたり、「構造的暴力と平和」に着目しても、やはり軍事問題との関連で読まれてきた面がある。
 なるほど、憲法前文には「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起こることのないやうにすることを決意し」、「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」とあるので、平和的生存権も「戦争と平和」「構造的暴力と平和」の文脈で読むことに根拠がないわけではない。

 しかし、「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する」、「専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会」などの文言や、憲法第三章の基本的人権の諸規定をあわせて読むならば、単に「状態」としてではなく、「権利としての平和」が掲げられ、その権利を自ら実践する積極的平和主義が要請されていることは明らかである。
 そうであれば、国際人権法における平和への権利の主な内容を、日本国憲法の平和的生存権に読み込むことも可能ではないだろうか。
 この点は、さしあたりの仮説にとどまるが、今後、さらに議論を深めていきたい。(了)
     【尼崎】 委員会で普天間移設撤回決議採択~6月本会議可決へ  
                                             
11年57号8面   
 
 尼崎市に平和無防備条例をめざす会」の皆さんが尼崎市議会2月議会に請願し、継続審議になっていた「普天間基地県内移設の撤回を求める沖縄県民の願いを支持し、政府に意見書提出を求める請願」が閉会中の総務消防委員会(5月11日開催)で、賛成多数で可決されました。公明党、共産党、社民・新風グリーン、緑の架け橋が賛成し、賛成しなかったのは自民系の新政会のみでした。
 この結果、6月下旬の6月議会本会議に意見文案が提案され本会議でも賛成多数で可決の見込みとなりました。
 報道(ウィキリークスから入手の米外交文書)などから、沖縄海兵隊のグアム移転に関して、実際には整備しない米軍用道路整備十億ドルを移転用米経費として計上していたことや、移転海兵隊人数の水増し、さらには09年12月一昨年段階ですでに鳩山内閣は前原外相、鳩山首相ともルース米大使やクリントン米国務長官と最終的に辺野古現行案に立ちかえることを確認していたことも明らかにされました。国民を欺いていたのです。にもかかわらず、政府は辺野古V字案を求めるなど未だに日米合意にしがみついています。こうした政府の動きに対して本当にタイムリーな決議となります。
 この欺瞞に満ちた米軍再編につぎ込む数千億の金と思いやり予算を震災復興に回すべきです。