【北海道上士幌町】脱原発条例案を議会が否決 
    全国に先駆け町民の命と人権をまもる方向示した直接請求運動
                          
    無防備地域宣言運動全国ネットワーク事務局 中川哲也  11年61号2面~3面 
       
 
 初冬の北海道十勝地方。帯広市から北へ、道の左右に広がる広大な畑や牧草地を約40キロ。人口約五千二百人、日本選手権も開催される熱気球の町そして酪農王国の上士幌町。町内のあちこちには「地域を崩壊させるTPP断固阻止」の垂れ幕。
東京で経産省包囲行動が行われた十一月十一日、この町で、3/11福島原発事故後、全国で初めて直接請求され有権者の2割の署名を集めた脱原発条例(上士幌町原発いらないまちづくり条例)の審議が行われた。
 
 町民の声に背く議会

上士幌町議会(定数11)特別委員会は議長を除く十人の議員で構成。当日は、請求代表者三人(秋田裕夢さん、安藤御史さん、木村美香さん)の意見陳述のあと約1時間半に渡って、参考人として招致した請求代表者二人に対して出席議員全員が質疑を行った。質問に立った議員全員、署名収集の労をねぎらい、「意見陳述はそのとおり趣旨は理解する。」と言いつつ、明確に賛成した共産党議員以外、条例の実効性がないと決め付け、町民の声に背を向ける内容であった。
 
 自治を投げ捨てた反対派議員

  曰く「権限は、国にある。法令もある。日本は法治国家である。この条例は地方自治法第14条(自治体は法令に違犯しない限り条例を制定できる)には違反していないが、法の実効性がないので制定する必要はない。」「原発の決定権は自治体でなく国だ。国に言うべき。法治国家における地方自治体の限界性をどう考えるのか。法律的実効性に欠ける。」等々。町民の命と人権を守るために町の権限を行使するどころか、「権限がない」としてそれを投げ捨て、あげく原発を推進する政府に唯々諾々と隷属することを主張する始末。
 これに対して、請求代表者は「この条例は町民が主体的に脱原発に務める条件を整備する。原発によらない電気を使う、ガレキなど町にいれないクリーンな町にしたい、町民の安全を、放射能から守る。食の問題も条例で規定していく。極めて実効性のある条例。」と、まちづくりの観点から町と町民がつくる基本条例としての性格をしっかり答えた。
 
 この質疑をとおして明確になったのは、有権者の2割という脱原発の町民の声を無視できない中で、「実効性なし」と決め付けることで条例を制定しようとしない町と議会の姿だ。
傍聴した町民からは「国に逆らえず自治体に限界があるのなら、なぜ町議会と町でTPP反対と繰り返し決議しているのか」「議員は政治家、政治家は理念を実現するために法を変える。あれでは議員でなく役人だ」「町の基本方向を決める条例のどこが実効性がないのか。国に従うだけなら議員はいらない」など意見百出。
 傍聴してみて上士幌町議会の審議は本当に無防備平和条例の審議と瓜二つで、全国の縮図であったと言える。
 
 脱原発まちづくりの意義輝く

 この条例審議は、11月中に計3回の審議を踏まえて12月6日(火)町議会本会議で採決され、結果として否決(賛成1、反対9)されたが、この上士幌町の取り組みはそれで意義を損なうものではない。
上士幌町の直接請求は脱原発を町づくりのひとつの柱として、町民の命と人権を守る揺ぎない町政の基本方向を定める条例として、非常に発信力のあるものだ。それをいち早く、全国に先駆けてとりくんだ上士幌町の皆さんの先見性と実行力は賞賛に値する。
全国で自治の力で命と人権守る取り組みを大きく広げよう!

 否決されたが・・・粘り強く脱原発を働きかけます!
                        かみしほろ5000本ひまわりの会ブログより

 否決については大変残念に思っています。
臨時議会、特別委員会では
・実効性がない
・国策に反している
大きく2点について論議されていました。
原発のいらない「まちづくり」の条例ですので町内でもできることは十分にあり条例案の実効性は存在するものと考えます。
地方自治体の一番の責務は地域住民の生命と生活を守ることです。
国策に反しているからという理由で地域住民の生命や生活を守ることを第一に考えていただけないのであれば地方分権、国と対等であると定義された地方自治の存在の意味はどこにあるのでしょうか。
ご署名くださいました多くの方々の思いは残念ながら届かなかったようですが私たちはこれからも粘り強く脱原発を働きかけていきたいと思っています。
                      (かみしほろ5000本ひまわりの会)

   【資料】
上士幌町「原発いらないまちづくり条例」直接請求代表者(秋田裕夢さん)
    意見陳述 <抜粋>

 3月の福島原発事故発生後、これまでどおり安全神話を信じて原子力発電に頼ることはできなくなりました。…事故後の国の対応や方向性に関しては信頼できないことが余りにも多すぎます。一例を挙げるだけでも、未だ事故の収束も原因究明も見通せない状況での性急としか思えない既存原発の再稼働、また事故直後の放射性拡散予測データの開示の遅れ、食品の暫定基準値のあいまいな決め方、緊急時避難準備地域解除の際の責任放棄としか思えない自治体への対応、加害者である東京電力に事故の収束と被害者の救済、補償の実務を担わせていることなど、数え上げたらきりがありません。

 今回の福島原発事故で、福島県のみならず極めて広い範囲で放射性物質による汚染被害が起こりました。
 土壌・河川・海洋・地下水・そして私たち人間を含む全ての生態系が汚染されました。・・・本来国はこれだけの大きな原子力災害を起こした以上、真摯に反省し、国際的に謝罪した上で今後原発事故に起因して想定される被害について「最も厳しい仮定」に立ち「最悪の事態を考えて万全の対策」を打つべきでした。例えば内部被ばく、外部被ばくによる健康被害については、「ただちに健康に影響を与えるレベルではない」というその場しのぎの発言ではなく、「長期的に影響が出るかもしれないので現時点でできる限り被ばくしないよう対策を講じる」食品の汚染値であれば「500ベクレル以下なら大丈夫」ではなく「低レベルでも長期間摂取することで健康被害があるかもしれないから、特に子供たちには絶対に検出された食物を食べさせないようにする」というスタンスで対処していれば、国や政府を信頼できたかもしれません。
 けれど、悲しいことに国や政府を信頼してこれからの町の未来を、次世代の安心と安全をまかせることができないのが現実です。命より大事な経済活動はあってはいけないはずですが、事故後8ヶ月、この国の進路は命よりも経済活動を優先しているとしか思えません。・・・国が大丈夫だということを鵜呑みにして、これからの町づくりを進めていくことはあってはならないことだと思います。
 例えば除染や食品の基準値が二転三転するのをみてもわかるように、国は政策を実行するために放射性物質に関わる基準を緩めるかもしれません。将来「このがれきは放射能汚染が基準値以内だから受け入れてください」あるいは「町内の国有林で除染した土を一時保管してください」と国から指示されたとき、この町はNOと言えるでしょうか?「国が定めた安全基準以下だから大丈夫です。法律で全国で分担して処理保管する決まりですよ」と言われたら国の方針だからと従うのでしょうか?

 私たちの暮らしにとって、確かに電気はなくてはならないものです。けれどその電気は原子力以外の方法でも十分に賄うことが可能です。今北海道で稼働している泊原発の3号機1基だけでも、1年間で広島に投下された原子爆弾1,000個分もの高レベル放射性廃棄物が生み出されます。これは現在の技術では処理できず、地中深く埋めるしかないのです。
 未来に向けて負の遺産を日々生み出しながらなお、原発にたよることを私たち町民の意志で止め、上士幌町の全てのものを少しでも良い形で次世代にバトンタッチしていくために、国の方針が定まるのを待つのではなく、確固たる信念に基づいた意思表示を条例という形で表明する、この「上士幌町原発いらないまちづくり条例」の制定を心より願うものであります。
 この上士幌町が日本中の全ての自治体に先駆けて、真っ先に原子力発電にたよらないまちづくりをすることに決めたから、今こうしてこの国は安心、安全なエネルギーで電気をつくるようになったんだよ」と、次世代の子供たちに誇りを持って話せるように、どうか、議員の皆さまにもフロンティアスピリットを持ってご判断いただけますようお願いいたします。
  【沖縄から】
  教科書・自衛隊・基地…政府の沖縄「虐め」 無防備平和運動で対抗

        
無防備地域宣言・沖縄ネットワーク 事務局長 西岡 信之 11年61号4面    

  暗雲立ち込める沖縄

 野田政権に変わり、沖縄は、また自民党時代のような鬱陶しい暗雲が立ち込めている。
オバマとの会談で日米同盟強化、辺野古新基地建設を確認。政府閣僚が相次いで「沖縄詣で」を繰り返し、中谷元防衛庁長官(自民)や前原民主党政調会長らは、稲嶺名護市長を飛び越えて、名護市内の基地誘致派との接触を繰り返す。 
 島袋前市長や荻堂商工会長、吉元県議(自民)などが中心に北部振興・名護大会を開催し、「基地と振興策はセット」と明言するところまでに来た。
 政府は年内にアセス完了と発表し、東村高江では米軍ヘリパッド建設工事再開の動き、沖縄市泡瀬では埋め立て工事の再開。
 八重山では「つくる会系」の育鵬社の教科書選定、与那国では自衛隊駐屯のための説明会と、沖縄全域で政府による「沖縄虐め」の強行姿勢を誰もが感じるところだ。
 霞が関の経産省や関電前・九電前と同じように沖縄でも、二千八百日目を迎える辺野古とともに、高江と泡瀬でも座り込みが続いている。

 森啓さん無防備宣教師として活躍

 そうした状況下で、北海道の無防備札幌市民の会・共同代表の森啓さんが沖縄にやって来た。
 沖縄大学での自治体学会、読谷村役場の自治体基本条例に関する職員研修などの招請で来沖された森さんと無防備沖縄ネットとの交流会を、11月13日に開催した。県都・那覇市での無防備署名運動からちょうど2年、署名運動に携わった請求代表者や受任者に案内はがきを送付すると、2年ぶりに懐かしい顔がそろった。
 森さんは「1か月間の市民の手による署名運動を議員や役所が軽視している所が問題。勉強もろくにしない議員が重要な条例案をいとも簡単に否決させないよう、条例案を市民・有権者にまず信を問うことが大事」と元気のいい声で講話すると、「議会審議があまりにもひどかったので、もやもやしていたが元気が出ました」「この運動の大切があらためてわかった」と参加者からうれしい声があがった。
 12月4日には、沖縄で初めて「平和学会」が設立される。これまで九州・沖縄平和学会だったものが独立する。初代会長には、沖縄大学副学長の仲地博先生が内定している。
 森先生の今回の沖縄召致は、実は仲地先生によるものだ。そして、読谷村では職員研修をされたが、沖縄ネットが次に無防備署名運動を検討しているのが読谷村である。さらに名護市議会議員への研修会もされたという。森先生は、沖縄滞在期間の5日間の間に、県内で無防備運動を広げる宣教師として活躍されたのだ。
 
 無防備平和運動を対案として

 私たち無防備沖縄ネットワークもこの森先生の勢いに加勢し、12月15日に再度、拡大幹事会を開催する。11月末に発行された沖縄国際大学のテキスト本『ピース・ナウ沖縄戦―無戦世界のための再定位』の内容を広げるために、県内各地、自衛隊配備予定の宮古・八重山へも出向いて出版記念シンポジウムを年明けから連続して開催していくことを計画している。「軍隊は住民を守らないどころか、作戦のためには住民をも虐殺した」沖縄戦の教訓を再度訴えるとともに、憲法九条を地域から実現させる無防備平和運動を対案として提示していきたい。こうした取り組みを通じて、自衛隊配備で島を二分させられている与那国や教科書選定で二分させられている石垣市・竹富町の住民をバックアップしていきたい。
 軍事力依存勢力、歴史修正主義グループが、国境の地域・八重山から有事体制強化を狙っている。私達がこれに立ち塞がる出番だ。
  基地建設強行路線が生んだ田中暴言
    政府は基地建設と辺野古アセス提出を断念せよ
     
                                       事務局    11年61号5面

  十一月二八日(月)夜、田中聡沖縄防衛局長が、辺野古新基地建設の環境影響評価(アセスメント)評価書の年内提出を巡り、報道陣との懇親会の席上「(犯す前に)これから犯しますよと言いますか」などと暴言。(沖縄県民の抗議の前に二九日付で更迭。)また、一川防衛相は、九五年の少女暴行事件について「詳細には知らない」と参議院で答弁(12/1)し、沖縄の基地問題に対するあきれるほどの認識の欠如を露呈した。
 この問題は田中や一川個人の品性の下劣さだけでは断じてない。
 
 基地建設強行が原因

 田中は、同じ場で「薩摩に侵攻されたときは軍隊がいなかったから攻められた」「基地のない平和な島はありえない」「来年夏までに移設の進展がなければ普天間はそのまま残る」と発言した。これは沖縄が言うことを聞かないなら力づくでも辺野古新基地建設を強行しようという政府の軍事力強化路線を如実に表したものである。
 野田政権は、発足直後からオバマ米大統領との会談で日米同盟強化、辺野古新基地建設を確認。その後川端総務相(沖縄担当10/11)、北澤民主党副代表(10/13)、一川防衛相(11/17)、玄葉外相(11/19)と閣僚や党首脳が相次いで「沖縄詣で」をして、「恫喝」や「工作」を繰り返してきた。このような「問答無用」の政府の姿勢を許してはならない。
 
 アセス提出と基地建設中止を

 辺野古新基地建設の日米合意(2010年5月)反対は沖縄県民の総意だ。いち早く、那覇市議会や沖縄県議会で田中暴言に対する抗議決議が全会一致で可決された。
 さらに県議会では環境影響評価書の提出についても「知事が許認可権を持つ公有水面埋め立ての申請が行われることになり、移設に向けた手続が一歩進む」として評価書提出断念を求める意見書を可決(11/14)しているのだ。
 田中前局長の更迭のみで事態を収拾しようとする政府を許さず、沖縄県民と基地撤去を求める国民の声で環境影響評価書の提出を断念させ、辺野古新基地建設を葬り去ろう。

 【沖縄県議会抗議決議(全文)】

 去る11月28日、沖縄防衛局の田中聡前局長は、報道陣との懇談会の席で、普天間飛行場代替施設建設事業にかかる環境影響評価書の提出時期について問われたことに対し、「これから犯す前に犯しますよと言いますか」と発言した。非公式の席とはいえ、沖縄における防衛省のトップである沖縄防衛局長が、このような暴言とも言える、人権感覚を欠いた発言をしたことはまことに許しがたいことである。県民はこれまで、米軍基地があるがゆえに、米兵による少女暴行事件や県民の尊い生命が奪われた事件・事故など筆舌に尽くしがたい苦しみと痛み、人権じゅうりんを戦後66年間も強いられている。
 同前局長は既に更迭されたとはいえ、今回の発言は県民感情を逆なでするだけではなく、当該事業の責任者としての認識の欠如を露呈するとともに、女性の人権を無視し、人間の尊厳を踏みにじるものであり、到底看過できるものではない。さらに、政府は更迭直後に評価書を提出すると明言していることも、沖縄に対する配慮に欠けている。
 また、一川防衛大臣は、米軍普天間飛行場移設が政治問題化した発端とも言える1995年の少女暴行事件について、「正確な中身は詳細には知らない」と参議院東日本大震災復興特別委員会で答弁しており、田中前局長を更迭した直後の大臣の発言としては、緊張感のなさや、沖縄の基地問題に対する防衛省や国の姿勢が問われるものである。
 よって、本県議会は、怒りを込めて、田中聡前沖縄防衛局長の発言に抗議するとともに、任命責任者である防衛大臣の責任を明確にすることを強く要求する。
 上記のとおり決議する。
 2011年12月2日           沖縄県議会
    原発と憲法  違憲の原発は停止・廃止へ
     
澤野義一(大阪経済法科大学教授・無防備地域宣言運動全国ネットワーク共同代表)
                                           11年61号6面
7面
  
 原子力の軍事利用(核兵器の製造・使用など)には反対するが、平和利用(電力発電用原発)は容認するという、これまでの二重の基準ないし区分論は、三月に起きた福島原発事故が及ぼしている深刻な事態に直面し、見直しを迫られている。
 日本では、核保有の是非や違憲性論議については多くの議論がなされてきたが、原発の違憲性を問うような憲法論議は、平和憲法擁護論者からもほとんどなされてこなかった。しかし、今回の福島原発事故を契機に、原発(運用)自体の違憲性についても改めて考える必要が出てきている。

  原発禁止の世界の憲法

 さて、日本国憲法は原発を禁止する規定をもっていないが、原発を容認するものと解することは適切であろうか。これについては、基本的人権と非戦・非武装平和主義の憲法九条との観点から、後で検討することにして、まずは世界の憲法の中で、原発を禁止している例を紹介しておくことにする。 
 それは、一九七九年ミクロネシア連邦憲法、一九八一年パラオ憲法、一九九九年オーストリア憲法であるが、核兵器とともに原発も禁止している。

  実験被害を踏まえた憲法

 ミクロネシア連邦とパラオの憲法は、マーシャル諸島で何度も行われたアメリカの原水爆実験の被害体験を踏まえて制定されたものである。ただし、ミクロネシア連邦憲法は、パラオ憲法のような原発使用禁止の表現ではなく、放射性物質の貯蔵・使用などの禁止という表現になっている。また、ミクロネシア連邦憲法は政府の明白な承認がある場合、パラオ憲法は四分の三以上の国民投票の承認がある場合、核・原発使用が可能になる余地を残しており、核・原発の無条件禁止規定になっていない。

  原発無条件禁止のオーストリア憲法

 その点、オーストリア憲法(非核憲法)は、核分裂によるエネルギー生産を目的とする施設建設と、既存の当該施設がある場合の始動の禁止という表現で、原発(核兵器の製造・実験・使用なども同様)を無条件で禁止している。
オーストリアの非核憲法は、世界でいち早く制定した同国の一九七八年「原発禁止法」を踏まえたものである。
 この原発禁止法は、ドナウ川のツベンテンドルフ原発建設反対に関する国民投票の結果を反映して制定されたものであるが、原発反対理由としては、放射能放出による人間の健康への危険性、核廃棄物の管理・処分の未解決問題、原子力の平和的エネルギー利用と軍事的産業の結びつき、原子力災害時の緊急対処計画の不十分さ、原発建設地域で大地震がこれまでに発生していることなどがあげられている。なお、同法は一九八三年には憲法裁判所から合憲であるとの判決も得ている。
 原発禁止法制定以降、スリーマイル島(一九七九年)やチェルノブイリ(一九八六年)の原発事故が起こったことのほか、オーストリアが一九九五年にEU加盟する際に保守政党がNATO加盟を主張し出したことを契機に、核兵器の国内配備や通過も禁止しておく必要から、核兵器使用などと同時に原発も禁止する非核憲法が制定されたのである。同国は非核・脱原発に加えて、外国軍事基地を容認しない「永世中立」の憲法政策もとっているが、これは憲法九条を有する日本政府が本来実践すべきものである。それはともかく、結局オーストリアでは核兵器も原発も違憲といえる。

 原発は違憲の「戦力」

 それでは、この問題は核兵器や原発を禁ずる明文規定がない日本国憲法ではどう考えるべきなのだろうか。
 核兵器保有について、政府は自衛権(必要最小限自衛力)を論拠に合憲としてきているが、憲法九条が禁ずる明白に違憲の「戦力」「武力」であり、核兵器を使用すれば「武力行使」に当たり違憲となる。
 原発については、潜在的に戦争手段に転用できる違憲の「戦力」と解することができよう。
一九五〇年代から原子力の平和利用を名目に原発関係の立法と運用計画がなされたが、政治家たちの中には原子力兵器をもつ能力をつけることも意図していたことは明らかである。最近、自民党の石破茂議員は、核(兵器)の潜在的抑止力を維持するために原発をやめるべきではないと述べている。

 多方面の人権侵害で違憲

 原発については、上記の問題点のほか、原発の放射能汚染により、憲法が保障している住民の生命権をはじめとして、生存権、環境権、居住・移動権、財産権、勤労権、営業権などの多面にわたる人権侵害が、公害に比べ、広範囲かつ永続的に生ずる危険性が現実的に明確になった以上、原発稼働は違憲とみるべきである。

  放射能汚染は現在・未来の人権侵害

 放射能汚染による人権問題は、とくに憲法一一条や九七条の精神に立脚して、「現在の国民」にのみ関するのではなく、「将来の国民」(未来世代)にまでかかわる深刻な問題であるという観点から考える必要がある。

  平和的生存権の侵害

 また、原発に対する他国やテロ集団の武力攻撃による住民の「平和的生存権」(憲法前文)侵害の危険性も、原発存在の違憲性の論拠になろう。

  コスタリカの最高裁判決

 原発に関する以上のような憲法解釈論については、原発を禁止する憲法を有しないが、原発を違憲とした中米コスタリカの最高裁憲法法廷判決(二〇〇六年)が参考になる。
 この判決は、ウランなどの析出、核燃料および核反応機の製造を可能とする政令に対し、同国憲法の平和の価値や健全な環境を求める権利を侵害し、違憲無効としたものである。なお、コスタリカは、日本国憲法九条に近似する非武装平和憲法をもち、非武装永世中立宣言もしていることでも知られている。

 違憲の原発の停止・廃止を 原発禁止法や脱原発条例を

 要するに、日本国憲法において原発が違憲であると解されるならば、現存の原発稼働は許されず、停止・廃止すべきことになる。
 国会では脱原発法(原発禁止法)を制定し、自治体では、非核平和都市宣言の中に脱原発宣言を含めるなどの運動が今後検討される必要があろう。あるいは、原発禁止を含むアメリカのバークレー市「非核条例」のようなものを制定すること、また、日本でこれまで追求されてきた「無防備平和都市条例」の中に、脱原発条項を追加することなども検討課題である。
   原発を問う民衆法廷の呼びかけ  
                               務局    11年61号8面         
 
  人間がコントロールできない原発を「安全神話」で国策として推進してきたこと、情報操作・隠蔽、腐敗した利権構造。その結果としての重大事故、地域・生活破壊、食品汚染、不十分な賠償。避難・被害者の権利実現は、賠償・補償はどのようになされるべきでしょうか。
今、法の正義が問われています。事故責任の解明も、反省・処罰もなく、原発再稼動が進められてはなりません。
原発を問う民衆法廷は、歴代政府の原発推進政策から今回の事故について、将来の賠償・補償も含めトータルに把握し、個別の犯罪だけでなく、全体としての原発犯罪の構造を明らかにします。
原発に関する申立て(訴え)を受けながら、判事団を構成し、全国各地で巡回法廷(公判)を持ち、法的決定(勧告)を出していきます。被災者の避難、除染、賠償・補償や、原発再稼動問題など緊急性を求められる事項から解明していきます。最終的には国策としての原発推進政策そのものを憲法レベルから裁く憲法裁判所の役割を果たしたいと考えます。
 原発民衆法廷実行委員会は、実際の原発に関するすべての訴訟と連携し、支援する運動となりながら、また、被災者のすべての権利実現の諸活動に貢献できるように、法理論の構築を目指していきたいと思います。同封の用紙で、ご賛同をお願いします。