安倍政権の戦争大国化路線を許さない 
 原発新基準撤回、大飯原発停止、沖縄建白書尊重の自治体行動を!
                            全国ネット事務局 13年68号2面        
 
 安倍政権は、人権と平和的生存権を否定し、アジアで火種を振りまき、戦争大国化へひた走っている。

   侵略戦争肯定の靖国参拝

 4月20日に麻生副総理をはじめとする3人の閣僚と168人の大量の国会議員が靖国神社に参拝した。
 この参拝についての韓国・中国の批判に対して安倍首相は「英霊に尊崇の念を表するのは当たり前」「どんな脅かしにも屈しない」(4/24 参院予算委)と答弁した。

 靖国神社は、戦前の国家神道体制においては陸・海軍省所管であり、天皇と国家のために死んだ戦没者を軍神として奉る軍事的宗教施設であった。靖国神社はいわゆる「戦争犠牲者を悼むための場所」ではなく、その本質は現在でも変わらない。そこに参拝するのは、侵略戦争を肯定することを意味する。実際、安倍首相は戦前の日本の中国に対する侵略戦争について侵「略という定義は定まっていない」(4/23 参院)と言い切った。
 こうした歴史認識がアジア諸国に受け入れられるはずがない「先の戦争でアジア諸国に多大の損害と苦痛を与えた日本の首相として一線を越えた発言」(4/26北海道新聞)であり、アジアでの善隣友好外交を自ら破壊し火種をふりまくもので、撤回されねばならない。

  憲法破壊に道開く96条改憲

 4月25日、自民党は参院選公約に96条改憲を盛り込むことを確認した。改憲の発議に「総議員の3分の2以上の賛成」を「過半数の賛成」にしようとするものだ。これは、憲法は主権者たる国民の側から国家権力を縛るものであるにも関わらず、国家権力の側で安易に憲法を変えようするもので、9条をはじめとした平和主義、国民主権や基本的人権尊重の憲法の破壊に道を開くものだ。

  命よりカネの原発新安全基準

 また、安倍政権は福島原発事故に学ばず、原発再稼働へ突き進んでいる。4月10日原子力規制委員会は新安全基準条文を了承し、中央制御室の代替施設を備えた「特定安全施設」等については、5年間の猶予を与えることや40年廃炉の20年延長も認めた。5年間地震も津波もなく事故も起こらないとする「安全神話」を作り出す、でたらめな猶予を許してはならない。

 さらに、稼働中の大飯原発については、9月定期検査まで停止を求めず新安全基準の適用除外とした。7月18日施行予定の新安全基準を適用すれば、防潮堤完成(大飯は2014年3月かさ上げ完成予定)→断層調査完了(大飯は断層である。少なくとも調査中)→ストレステストは再稼動の基準ではない(大飯はストレステストのみで稼動)となるが、稼働中の大飯はことごとく違反している。これを適用除外など「安全基準」の意味がない。そして、安倍政権は原発輸出を可能にする原子力協定をトルコ、アラブ首長国連邦の両国と締結する。命よりカネなのだ。
 沖縄基地強化さらに、4月5日の嘉手納基地以南の米軍基地返還の日米合意は、辺野古新基地建設を前提とした返還とは名ばかりの米軍基地再編強化だ。沖縄にとっては日本から切り離され米軍施政下となった「屈辱の日」の4月28日に安倍政権主権回復の日式典を強行した。安倍政権は沖縄県民の怒りに応えようとしていない。

  地域から自治体行動を!

 これらに表れているのは、安倍政権の新自由主義の徹底と戦争大国化路線の強化である。貫くのは、人権と平和的生存権の否定であり憲法破壊である。
 中央政府の暴走を止めるには「9条をまもれ」に、とどまらない地域からの徹底した権利拡大の運動が必要である。
 憲法破壊に対しては、憲法前文(平和的生存権)、13条(幸福追求権)、25条(生存権)に依拠し、市民の命と安全をまもる自治体の当然の固有の事務として、原発新基準撤回、大飯原発停止、沖縄建白書尊重などを居住する自治体から政府に要求させよう。自治体に「権限がない」と逃げさせない地域からの憲法に基づく人権と平和的生存権の実体を強化する取り組みで、戦争大国化を阻止しよう!無防備運動を広げよう!

   安倍政権の96条改憲を阻止しよう! 
               
無防備地域宣言運動全国ネットワーク事務局   13年68号3面 
 
 自民党、96条改憲を参院選の公約に

 自民党政調全体会議は4月26日、7月参院選公約で憲法「改正」を柱の一つに位置付けることを決めた( 4・26時事)。自民党は、改憲発議要件を緩和する96条改正の是非を選挙の争点にすることにしたのだ。安倍の意向に沿うものだ。また、維新の会も、自民党に同調し、参院選で96改憲条改正を争点にしていくことを公言している。96条憲が現実的な課題として浮上してきた。

 自民党は既に昨年4.27に改憲草案を発表している。その中で「象徴」天皇の「元首」化(第1条)、自衛隊の「国防軍」化(9条2項)や基本的人権( 13、21条など)を「公益及び公の秩序に反(害)しない限り」認める等の「改正」とともに、現行憲法の96条(改憲手続規定)を「改正」することを打ち出した「各議院の総議員の3分の2以上の賛成で、国会が、これを発議し」を「衆議院又は参議員の議員の発議により、両議院の総議員の過半数の賛成で国会が議決し」に変更するというのだ。高い改憲発議のハードルを引き下げようというのである。それは「憲法、改正の発議要件が両院の3分の2以上であれば、自民党の案のまま憲法改正発議ができるとは、とても考えられません」(自民党・日本国憲法改正草案Q&A) からだ。自民党は正直に書いている。

  96条改憲のデタラメと危険性

 しかし安倍はそうは言わない。「多くの国民が改憲を望んでいるのに、国会が妨害している(永田町が閉じ込めている)」「憲法を国民の手に取り戻す」、これが安倍の96条改正改憲発議要件緩和の理由だ。デタラメだ。どの条文、規定を改正するのかも明示しないで改憲の白紙委任状を渡すに等しいことを認める国民はいない。憲法13条の意義(個人の尊重、幸福追求権)について問われても答えられない安倍( 3・26参院予算委員会審議)、ニコニコ動画が企画したイベントで迷彩服を着て戦車に乗りはしゃいでいるような安倍(4・27産経)が首班に着いている限り、逆に権力を縛る必要があるのだ。

 そもそも憲法は「権力を縛る」ためにある。国民の自由を守るために権力の横暴、専横を縛る、これが立憲主義だ。そして、現憲法99条では「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」と規定している。ところが、自民党の憲法起草委員会の事務局長である礒崎陽輔議員は「立憲主義なんていう考え方は、聞いたことがない」とツイートしていた。こんな者が作った改憲草案だから「全て国民は、この憲法を尊重しなければならない」(改憲草案102条)などという条文が堂々と入っているのだ。このような人たちが進める96条改憲などあり得ない。

  9条改憲に連なる96条改憲を阻止しよう

 安倍政権の支持率は高い。報道各社の世論調査でも改憲支持は増えている。96条「改正」を阻む運動を早急に組織していく必要がある。ただ、麻生らの靖国神社参拝に対する中国、韓国等の批判への安倍の「脅迫には屈しない」との切り返し「侵略の定義は定まっていない」との無知丸出しの妄言に対し米国政府をも含めて批判が急速に高まっている。

 アジア民衆は「国防軍」を許さないし、天皇の元首化も認めない。アジア太平洋戦争の結果を覆そうという安倍の歴史修正主義は必ず頓挫する。地域から、アジアの人びとと連帯して改憲策動を阻止し
よう。
 【沖縄から】  「沖縄の平和創造を求める百人委員会」設立へ
       
  西岡信之(無防備地域宣言・沖縄ネットワーク)    13年68号4面
 
  「屈辱の日」記念式典に抗議大会

 「よつや会」の学習会に参加して下さいと、違憲共闘会議議長の有銘政夫さんに言われたのが、沖縄に来たばかりの11年前だった。「よつや会」とは、四谷怪談の“よつや”しか頭に浮かばなかった私は、会に参加して“ 4・28”ヨンテンニイハチの“よつや”とわかった。祖国復帰協の中心メンバーが、1972年5月15日の日本復帰以降も続く日本政府からの沖縄への差別的政策を許さない、1952年4月28日のサンフランシスコ講和条約の発効によって沖縄が、再び日本政府から切り捨てられた「屈辱の日」を忘れないという意味で「よつや会」は誕生した。その4・28に安倍政権は「主権回復の記念」として式典を開く。沖縄にとって第二、第三、第四、
第五の「琉球処分」だと怒りの声があがり、当日の同時間帯に宜野湾市で抗議の沖縄大会を開催する。
 実行委員会は、県議会の野党・中立会派が事務局を担い、当日は1万人の参加を目標に、シンボルカラーは「グリーン、広く県民への」参加を呼び掛ける広報活動も勢いをましている。

  揺らぎ始めたオール沖縄

 本土から今、沖縄はどのように見えているだろうか。
 福島原発事故、大飯を止めろ、再稼働阻止の本土から見れば、また沖縄が見えにくくなっているように思う。それは仕方がないかも知れない。沖縄から見れば、本土の反原発運動が見えていないように。沖縄は、普天間基地の県内移設反対、オスプレイ配備撤回で「オール沖縄」として、一致団結して闘っているように見えるだろう。確かに闘っている。しかし、日米政府のさらなる沖縄への基地負担増、軍事要塞化策動が県内全域で一斉に展開しているため、闘いの現場は東村高江、名護市辺野古、宜野湾市普天間の野嵩・大山ゲートと分散せざるを得ないし、与那国や石垣への自衛隊配備計画、宮古・下地島空港の軍事基地化、本島では、パトリオットPAC3、空軍仕様のオスプレイCV22の嘉手納配備、負担軽減どころか再編強化・固定化につながる嘉手納以南の米軍基地返還計画、埋め立て申請が強行された辺野古移設など、課題は山積し、一つの運動として結集していくことさえ困難な状況となってきている。

 そして、4・28式典について仲井真知事は明確な反対姿勢を示さなくなり、昨年12月の総選挙で県内移設反対を公約にして当選した自民衆院議員らは「辺野古移設」容認に転じ、同じように県議会の自民党県議からも同様の動きが始まりだした。明らかに安倍政権の軍事大国化路線への傾倒といえる。この2カ月程で「オール沖縄」で闘う沖縄の土台が揺らぎ始めている。

  分断対立を許さない県民運動へ

 さて4・28「屈辱」の日に抗議する大会の前日27日に「沖縄の平和創造と人間の尊厳の回復を求める百人委員会」が、県内の大学人・知識人を中心に結成される。私も呼びかけ人の一人に名前を連ねた。安倍政権の、戦後民主主義を根底から否定し、「命よりカネ」路線に沖縄は団結して闘うことを宣言する。

 ところで、あまりにも理不尽な日本政府による沖縄差別に対しての怒りが、「ヤマト」日本人総体に向けられ、琉球民族主義をもって対抗しようとする勢力が台頭し、県民運動の中で分裂や対立が持ちこまれようとしている。嫌悪に満ちた「日本人帰れ」発言が、集会や闘いの場で連呼されるなど、イラクを宗派対立で国民を分断統治したように、支配者にとっては好都合な内部対立が一方で動き始めている。百人委員会が、こうした。混乱も乗り越えるよう期待したい。
 
 『沖縄建白書』支持、オスプレイ普天間配備反対の陳情
     昭島市議会が小差で不採択(賛成9:反対11:棄権1)

          無防備地域運動ネット・たま塚本秀男   13年68号5面
 
 去る1月のオール沖縄(保革を超えた県内の全自治体首長・議長41ほか)による政府への建白書提出を受け、昭島市議会への「陳情」にとり組みました。

 既に「無防備ネット・たま」と「横田・基地被害をなくす会」共同で陳情した立川市議会におけるオスプレイ配備に反対する意見書採択(昨年9月)の流れを、横田基地周辺自治体全体に広げ、基地の重圧からの解放を願う沖縄県民との連帯運動を強めようとした試みでした。

 昭島市は横田基地の南側に隣接した自治体で、米軍機による「爆音被害」が最も甚大な地域でもあります。
 昭島市議会内に置かれている常設の「基地対策特別委員会」に「陳情」は付託され「管轄外として逃げ込む」市長当局側への追及などを経て審議され、賛成4保留2(継続審議)で画期的な可決。3月19日の本会議では、採択を支持する生活者ネット会派と共産党議員による「米軍基地の爆音に苦しむ住民を抱える昭島市こそ真っ先に意見書を政府に提出すべき」などとの熱い演説後に賛否が行なわれ残念ながら僅差で不採択となりました

 賛成9人は、生活ネ、共産・社民・民主と保守系議員の一部でした。反対は、立川市議会では賛成に回った公明、自民でしたが「陳情の趣旨は理解する」との言い訳演説が長々と両党から行なわれました。
 無念ではありましたが、議場を圧倒した賛成議員の演説、他団体からも駆けつけられた多数の傍聴、立川市議会では反対に回った民主系議員(民主党防衛族・長島昭久の選挙区)も賛成されるなど、大きな注目を集めた陳情とさせることができました。

  東京多摩地域に「オスプレイNO」のうねりを起こす!

 横田基地は、昨年自衛隊横田基地(空自航空総隊司令部が府中基地から横田基地に移転)が発足し「日米共同統合作戦司令部」基地としての再編が進み、その中で「横田・基地被害をなくす会」(無防備ネット・たまは団体加入)の呼びかけから横田基地周辺住民が、昨年12月に三度目となる「公害・爆音訴訟」が始まりました(筆者も原告)。嘉手納や普天間基地訴訟とも連携しながら裁判闘争をとり組んでいるところです。1970年代からとぎれることない横田基地裁判闘争が「オスプレイ配備、飛行訓練、事故」などの軍事基地問題について、基地周辺自治体・議員を「敏感」にさせてきていることは間違いありません。

 5月には、近隣の国分寺市議会において陳情が審議されることが決まっています。また、9月議会では横田基地北側隣接の「瑞穂町議会」への陳情提出を決めています。無防備運動たまのネットワークを活かして今後とも奮闘を続けようと頑張っています。

 【資料】 昭島市議会あて陳情の要旨

 去る1月27日、沖縄県内の全41市町村の首長・議会議長、県議はじめ総勢140人が首都東京に上京し、安倍首相に『建白書』を直接手渡しました。『建白書』の内容は「オスプレイ配備撤回と普天間基地の閉鎖・撤去、県内移設断念」を日本政府に迫るものです。
ひとり沖縄のみに基地の甚大な重圧を押しつけられている現実を、本土にある自治体や市民が真摯に受け止めることが求められています。
 オスプレイは全国7ルートで低空飛行訓練を行ない、横田基地への飛来、離着陸についても否定していません。よって、オスプレイについて、「横田基地における飛行訓練はもとより、現時点では一時的な飛来についても行わない」ことを求めた横田基地周辺市町基地対策連絡会構成市町長の『要請』(平成24年9月24日付け別紙)の立場をふまえて、このたび沖縄上京団が政府に提出した『建白書』を尊重される旨の意見書を採択し、日本政府に対し提出されるよう、要望します。
     無防備地域宣言運動ネット・たま   横田・基地被害をなくす会
  平和の島・オーランド諸島(2)
  東京造形大学教授/無防備地域宣言運動全国ネット共同代表 前田朗 13年68号6面~7面
  
  二時間でオーランド諸島に着いた

 真夏のバルト海の風に吹かれて六〇年代ポップスを口ずさんでいるうちに、遊覧船がマリエハムンの港に着いた。デッキから見ると、小さな船着き場であることが分かる。途中、何隻かの大型遊覧船とすれ違ったが港には一隻も停泊していない。後でわかったがストックホルム、マリエハムンだけでなく、いくつかの港を複数の会社の船がつないでいる。バイキング・ラインやタリンクなどの会社がある。荷物を持って乗降口に向かったが、多くの人たちは気にも留めずにビールを飲んでいる。子どもたちもデッキから下を見ている。ここでキャスター組とノンキャスター組が分かれる。キャスター組はマリエハムンで下船せず、このまま折り返してストックホルムに戻り、船内で買い込んだ物資をキャスターに載せて帰っていく。ノンキャスター組は、オーランドの人々仕事でオーランドに向かう人そして観光客だ。下船したノンキャスター組は、全乗客の三分の一くらいだろうか。

 スウェーデンからフィンランド領オーランドへの航海なので、乗船時にパスポート・チェックは済んでいる。すみやかに下船だ。降りてすぐ目の前にタクシー乗り場があったが、タクシーは一台も止まっていなかった。先の客が乗って行ったためだ。後ろの客が「すぐに戻って来るよ」と教えてくれたので、荷物を置いてカメラ片手にうろうろと歩き回ったが、めぼしいものは何もない。なにしろ田舎町の小さな船着き場だ。遊覧船はかなり大型だが、港は昔の大きさのままなのだろう。しばらく待つとタクシーが戻って来たので、街中のホテルまで走ってもらった。

  美しきマリエハムン

 首都マリエハムン(マーリアンハミナ)の名称は、ロシア皇后マリア・アレクサンドロヴナにちなんだものだ。オーランド諸島は、かつてスウェーデン帝国の一部だったが、大北方戦争の後はロシア領フィンランド大公国の一部になり、一八六一年に、マリエハムンと命名されたと言う。その後、フィンランドが独立するが、この時にオーランド諸島もフィンランドになり、スウェーデンとの間で領土紛争が持ち上がるが、元をただせば大北方戦争の時に、スウェーデン人が住むオーランド諸島をフィンランド地域と一緒にロシア領。にしたことが問題の始まりだったマリエハムンは、正式にはフィンランド国オーランド自治県マリエハムン町で、人口一万一千人の
小さな町だ。オーランド全体の人口が二万七千人ほどで、四割がマリエハムンに住んでいる。マリエハムン以外には、エッケロー、レムランド、リンパルランド、スンド、ブレンド、コーカルなど一五の自治体がある。

 ホテルを出てマリエハムンの小さな町を歩いてみる。町の中央に幅広い並木の大通りがあるが、車も少なく、商店街もない。中央の通りだが、ゆったりと歩ける並木道として使われているようだ。八月上旬だが、北欧の夏はすごしやすく、爽やかな風が吹いている。水色の空の下、並木道の緑が映える。
 東に歩いてしばらくすると、商店街らしきものが見えてきて、郵便局の角で右折すると、すぐにしョッピング・センターに着く。路上でアイスクリームを食べている人、遊具で遊んでいる子どもたち、しゃれた衣装の犬を連れてお散歩の人。三分も歩くと、町の中心、政府庁舎の横に出る。政府庁舎にはオーランドの旗が翻っている。
 めぼしい建物は政府庁舎、その隣の博物館・美術館、ショッピング・センター、銀行などだ。放送局やいくつかのホテルも見ながら進むと、すぐに先ほど着いた船着き場に出る。一通りぐるりと歩くのに一時間もかからない。

 町の西側も歩いてみると、小さな公園に出る。帆船が停泊していると思ったら、古い帆船が博物館の一部になっている。博物館見学を後日の楽しみに取っておいて、裏側の小さな丘を登ってみた。百メートルもない小さな丘を登り切ると、テレビ放送用の塔が立っていた。振り返ると町の一部と海が良く見える。海には小さなヨットが並んでいる。後日、何度か訪れたが、初日はすぐに降りて、ホテルに戻り夕食だ。スタールハーゲン(STALLHAGEN)という地ビールが美味しかったので、何杯も呑みながらオーランド諸島の歴史を勉強した。

  領土紛争の前史

 オーランドをめぐってスウェーデンとフィンランドの領土争いが浮上したのは第一次大戦後のことだが、スウェーデン側はそれ以前から領土主張をしていたようだ。相手がロシアの時には協議にも入れなかったが、フィンランドが独立したので、改めて議論をすることになったようだ。一七世紀、スウェーデン帝国は「バルト帝国」と呼ばれる勢力を、誇っていた。今のスウェーデンはノルウェー、フィンランドとともに、スカンジナビアの一部にすぎないが、再盛期にはスカンジナビア半島全体、そしてボスニア湾を挟んで今のフィンランドもスウェーデン領だった。従って、当事のオーランドはスウェーデン領でスウェーデン語を話すスウェーデン人が居住していた。

 ところが一八世紀初頭、ロシア、が攻撃を仕掛け大北方戦争となりロシアはフィンランドとオーランドを獲得し、オーランドはフィンランドの一部としてロシアの支配を受けた。

 オーランドはごく小さな島にすぎないが、海上の要衝の地となる。なぜなら、バルト海の奥、ボスニア湾の入口にあるからだ。オーランドを制する者がバルト海とボスニア湾を制する位置である。一八五〇年代、ロシアはオーランドに要塞建設を始めた。現在の首都マリエハムンから車で三〇分ほどの海峡に面した巨大な要塞ボーマルスンである。日本では英語読みのボマースンドという表記が用いられるが、現地で聞いた限りでは、ボーマルスンの方が近いように思う。要塞は狭い海峡に面して建てられた。ごく狭い海峡だが、水深が結構あるので軍艦が通れる場所だ。幅が広くても水深のないところは海路にならない。
 一八五三年、ロシアとトルコのクリミア戦争が始まると、イギリスとフランスは、ロシア封じ込めのためにトルコ側についた。クリミアは黒海にあり、南方の戦争だ。しかし、一八五四年、英仏艦隊はボーマルスンに総攻撃をかけた。建設途中のボーマルスンは徹底破壊され、廃墟となった。(続く)
    【トピック】
 日本政府、核兵器の不使用を主張した共同声明への署名を拒否
                                          13年68号8面         
 
 ジュネーブで開催中の核拡散防止条約(NPT)の会議で、日本は南アフリカ代表団が提出した核「兵器の人道的影響に関する共同声明」(74カ国が賛同)への署名を拒否した。

 声明の内容は「核兵器の使用によって直接に人が死ぬだけでなく、社会や経済の発展は停止し、環境は破壊され、将来の世代は健康や食糧、水を失うことになる」と核兵器の非人道性を強調。

 広島、長崎への原爆投下や核実験によって甚大な被害がもたらされた事実も指摘した上で「核兵器が、再び使われないことを保証する唯一の手段は核廃絶だ」としており至極当然のもの。日本は核爆弾の被爆国であり、福島第1原発事故による被曝も経験した国であり、真っ先に署名しなければならない。にもかかわらず、拒否をしたことは、核兵器使用を容認する立場であることを示したものであり、安倍政権のとどまることを知らない戦争路線は厳しく批判されねばならない。