平和主義、人権、国民主権を否定 自民党憲法改正草案の問題点

      大阪経済法科大学教授/無防備全国ネット共同代表 澤野義一 13年69号2面~4面        
 
 安倍政権の96条改憲は、単なる手続きの問題でなく、平和主や国民主権など憲法の基本原理を否定する自民党改憲へ道を開くものだ。自民党は、国民の反対の前に、今夏の参院選の選挙公約に96条先行改憲の明記は見送ったものの、96条も含めて憲。法自体を新自由主義憲法に置き換えることは依然公約としている。

 本稿では、澤野義一大阪経済法科大学教授により、96条改憲が行き着く先の自民党憲法案の重大な問題点を明らかにする。憲法の基本原理に基いた各分野での闘いの強化と参院選での護憲候補の躍進を勝ち取ろう!(無防備全国ネット事務局)


  ●反立憲主義的改憲

 自民党の改憲案は、現行憲法の平和主義、基本的人権尊重主義、国民主権の三大基本原理を否定ないし形骸化している点で、憲法改正の限界を超える改正、すなわち「改正」でなく、「保守革命」による新憲法の「制定」を指向している。本来憲法改正は憲法の基本原理を生かし、その枠内で行う憲法の改定を想定している。歴史の進展に逆行する無限定の憲法改定は反立憲主義であり、憲法改正の名に値しない。世界の多くの憲法でも改正に限界があるとされている。
 改憲派は、日本国憲法が戦後1度も改正されていないことを、ドイツなどが戦後59回も改憲している例を持ち出して日本国憲法の改正手続きの困難さを批判しているが、ドイツでは憲法の基本価値を変更する全面的な改憲は禁止され、憲法の枠内の改憲に留めている。この点は、日本の改憲派の改憲論とは決定的に異なる点に留意すべきである。
 なお、憲法の三大原理を含む前文や、憲法96条の改正手続き規定も、憲法改正の対象にできないという説が有力である。
 
  ●平和主義の否定

 改憲案の前文からは、侵略戦争を反省する文言と平和的生存権に関する文言が削除されている。政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないように決意するという文言が削除されたことは、戦前日本の侵略戦争の責任をあいまいにするか否定する意志の現れで、日本の侵略を前提にしているポツダム宣言、東京裁判、講和条約などの意義を軽視し、戦後レジュームからの脱却を掲げ、侵略の国際的定義は定まっていないとする安倍首相の歴史認識と一体のものである。改憲案の戦争評価は、日本が「先の大戦による荒廃」を東北震災などの「幾多の大災害」と同列に併記し「乗り越えて発展」したと簡単に記述しているにすぎない。また、戦争原因である専制・隷従・偏狭などの構造的暴力をなくし、日本が全世界の国民の平和的生存権実現に努力するという先駆的文言も削除されている。

 前文における国民の国と郷土防衛義務に対応して、第9条は軍事的平和主義に改悪されている。戦争放棄の章が安全保障の表記に改正され、戦力や交戦権放棄規定は削除された。代りに自衛権(集団的自衛権も含む)の発動や、国防軍の保持と海外派兵を容認する規定が導入されている。国防軍に関する審判所の設置や、国民の領土保全協力義務なども設けられている。なお、「戦力」規定の廃止は、戦争手段に転用できる原発の違憲性を論拠づける根拠を失うという問題もある。

 自衛権については、自民党改憲案Q&Aでは国家の自然権として位置づけているが疑問
である。自然権は個人の人権に固有のものであるが、国家の自衛権は固有のものでなく、
憲法の規定によって有無が決まる。非武装憲法は自衛権を否認しているとも解しうるから
である。自民党案が個人の自然権・天賦人権論を否定する一方、アプリオリに国家の自然
権を認めるのは自由民主主義的、立憲主義的国家論ではない。

 憲法9条関連規定として、在外国民保護規定の新設、文民規定の緩和、緊急事態権規定の新設などがある。緊急事態については、日本に対する外部からの武力攻撃、社会秩序の混乱、地震等による自然災害などにおいて、総理大臣による緊急事態宣言が発せられたときは、国民が公的機関の指示に従わなければならないとして、有事における人権制限が想定されている。なお、徴兵制の明文規定はないが、上記の防衛義務や緊急事態指示への服従義務、「社会的または経済的関係」以外の「政治的関係」においては身体的拘束が許されるような規定の導入(18条)などからすると、徴兵制は排除されていないと解される。
  
  ●基本的人権の大幅制限と義務の増設

 人権制限の一般的規定としては、現行憲法にある「公共の福祉」という規定に代えて、自由と権利には「責任及び責務」が伴うことや、「公益及び公の秩序」に反してはならないことが強調されている。個別的には表現の自由規制にまで適用されており、政府や企業批判の言論などが公益に反するとして容易に規制される恐れがある。

 他の人権制限の個別的規定としては、以下のものがある。

①外国人参政権を否定するために参政権を「日本国籍を有する成年者」に限定している。

②現行憲法にはない公務員の労働基本権制限が導入されているが、これは新自由主義的改憲であり、経済活動の自由放任(規制緩和)正当化とセットになっている。経済活動の自由放任は、職業選択や営業活動について「公共の福祉」による規制を可能にしている現行憲法規定(22条)から「公共の福祉」による規制を削除している点や、憲法前文に経済成長国家を指向する方針が定められた点に現れている。

③信教の自由に関し、「社会的儀礼または習俗的行為の範囲を超えないものについては、この限りでない」という条件をつけることにより、現行憲法の厳格な政教分離規定を緩和し、国や自治体の一定の宗教的行為(天皇や神社神道に関係する行為)を容認しようとしている。これは、信教の自由の制限につながる。

④人権が人類の自由獲得の努力の成果である(抵抗権)とか、現在及び将来の国民にも与えられているといった現行憲法にある人権の本質規定(97条)が削除されている。

⑤国民の義務としては、国と郷土の防衛、国旗国歌尊重、領土保全協力、個人情報不当取得禁止、家族の助け合い、環境保全、地方自治の役務負担、緊急事態指示への服従、憲法尊重擁護などの規定がある。これらは、保守主義、国家主義、軍事的平和主義の現れである。家族の助け合いは保守主義であるだけでなく、家族への社会保障を削減する新自由主義の現れでもある。

  ●国民主権の形骸化

 改憲案の憲法前文には、三権分立との関係で国民主権原理が用語としてだけ使用されて
いるにすぎず、いかなる意味の国民主権なのかは不明である。国政が国民の信託によるも
のであり、その権威は国民に由来し、その権力は国民代表が行使し、福利は国民が享受す
るという、自然権と社会契約思想をルーツにする国民主権を述べた現行憲法の記述が削除
されたのは、改憲案が保守主義の立場から、「天皇を戴く国家」を前文の基本に据え、日本
が社会契約的国家ではなく、「和を尊ぶ」家族・社会共同体国家であることを確認するものである。このような改正は、国民主権のみならず、基本的人権も国家・権力・公益優位のもとで軽視ないし制限し、国民の義務も多くなることにつながっている。

 天皇関連規定では、天皇の元首化と公的行為の拡大、国民の国旗・国歌尊重義務化、天皇の憲法尊重擁護義務の削除がなされている。

 その他、公務員に先立って国民に憲法尊重擁護義務を課す規定、首相の権限強化規定、憲法96条の憲法改正規定の緩和なども、国民主権を形骸化するものである。

  ●憲法96条改正論の問題

 概して憲法は歴史の進展に伴う変更の可能性を認めつつも、国家の根本を定める法であるため、一定の永続性が想定され、政権交代のたびに権力者に好都合なように憲法が変更されないようにしている。
 法律改正と異なり、憲法改正手続きが厳格に定められているのは、近代以降の世界の憲法ないし立憲主義の常識である。日本国憲法96条も、その例外ではない。改憲論者が主張するのとは違い、外国に比べて日本の憲法改正手続きが特別に困難というわけではない。議会の改憲発議要件を3分の2にしている国は結構多く、改憲が本当に必要になれば、改正手続きが困難でも改正を行ってきている。日本国憲法の改正が行われなかったのは、改正手続きが困難であったためではなく、改憲の必要性が感じられなかったことに原因がある。したがって、憲法96条の議会の改憲発議要件を3分の2から過半数に緩和する改正は邪道である。

 第二の問題は、改憲派が、憲法改正は最終的には国民投票で決せられるから、議会の改憲発議要件を緩和しても問題はないとか、議会の改憲発議要件を緩和すれば国民投票の機会が増えて好ましいという主張をしている点である。それは一見、国民主権や直接民主主義を尊重するように思われるが、実は議会審議(議会制民主主義)を軽視して政治を決定する民主主義論であり、議会を飛び越えて、国民に直接訴えかけて権力を正当化する首相公選論とも類似するファッショ的民主主義論である。

 第三の問題は、時の権力者が自らに有利になる憲法改正のルール変更を行うことは許されないということである。大臣等の公務員の憲法尊重擁護義務(99条)を前提に、かつ、改憲発議は国会だけが有し、内閣は有しないという多数説によれば、安倍首相や官房長官・大臣らが改憲の発言や策動を行うことは違憲である。
  【原発民衆法廷第8回熊本法廷】   
   ミナマタの教訓をフクシマへ~被害者への完全賠償を決定
               
無防備地域宣言運動全国ネットワーク事務局   13年69号4面 
 
 夏を思わせる日差しの中、5月25日、熊本大学で第8回熊本法廷が開催された。

 水俣市から25人の水俣病不知火患者会の方々が「ノーモアミナマタ」のたすきをかけて参加。法廷は満員の130名の傍聴者で熱気に包まれた。

 陳述にたった患者会長の大石利生さんは、痛みや熱さ、味覚を感じられる身体を返せと述べ、さらに「水俣での57年の闘いの中で解決できなかった水俣病問題から、しっかり教訓を引き出して、福島原発事故の被害者に水俣病と同じ思いをさせてはならない。」「国が責任をもって賠償することは当然。なのにこの国は、こともあろうに反省もなく新たな安全神話を振りまき、さらに原発を推進しようとしている『国益は重視、人命は軽視』これがこの国の素顔だ。」と厳しく政府を批判した。

 法廷ではその他、福島からの避難者の高済コズエさん、村田弘さん、長崎原爆被爆者の中山高光さんが陳述し、水俣協立病院医師の藤野糺さん、元東電技術者の小野俊一さんが証言した。

 法廷の最後に、判事団から政府・東電に対して①福島被害者への必要な賠償を行うこと②被ばくで生じた健康被害を予防する検診や保養などの実効ある措置をとること、政府に対しては、賠償と医療の被曝者認定制度を定立することを求める決定を下した。今後、民衆法廷は6月8日福島で行われ7月20日、21日に東京で最終公判があり判決が下される。
 【沖縄から】  
   沖縄でも台頭する憎悪犯罪  超国家主義・戦争推進と闘うのは今
       
  無防備地域宣言・沖縄ネットワーク事務局長  西岡信之   13年69号5面
 
 当会の共同代表の一人である前田朗氏や『ネットと右翼』を発刊された安田浩一氏などの企画で、「在特会」などヘイト・クライム(憎悪犯罪)に関する本が、三一書房から出版されることになった。前田氏からの要請で拙者も執筆陣の一人に加えていただき先日、「沖縄における憎悪犯罪(仮題)」を書き上げたばかり。本は、8月刊行予定だ。

 右翼や暴力団は、沖縄県内にも古くから存在したが、本土のような「脱原発デモ」へのヘイト・スピーチを繰り返す集団は、それまで見たことはなかった。それが、この3年程前から県内二紙の新聞社に対する威嚇デモがツイッターなどで呼びかけられ、50名程度が二社の本社ビルに押しかけることがあった。新聞社に対して抗議する理由は「左翼偏向メディア」とのことらしい。

 沖縄には存在しなかった超国家主義的な右翼団体が人前に姿を見せるようになったのは、民主党政権下だった。普天間基地の辺野古への県内移設に舵を戻した時、那覇市の沖縄県庁に防衛大臣などが知事に説明にやってきた際、県庁前で抗議行動を展開する市民・政党・労組など二百名ぐらいの横で、日章旗を何本もかかげて30名ぐらいが、辺野古移設賛成などをマイクでアジるようになった。
 それから建国記念の日などに国際通りを提灯行列したり、櫻井よし子を招いて講演会を開催したり、石垣から尖閣諸島にむかって漁船をだしたり、そんな感じだった。ところが、沖縄県民が一気にこうした新しい右翼団体に関心と脅威を持つようになったのは、今年1月27日~28日のオスプレイ東京行動だった。県民の総意として全市町村の首長と議会議長、県議会議員、市町村議員が一堂に上京し、政府にオスプレイ配備撤回の要請をおこなった。27日の日比谷野外音楽堂での集会のあと、銀座デモに出たとたんに汚らしいヘイト・スピーチの被害にあったのだ。それからは、名護市辺野古の新基地阻止のテント村や普天間基地の野嵩・大山ゲート、東村高江など、基地反対の闘いの現場に「中国共産党友の会」など出自不明の団体が宣伝カーで乗り付けるようになった。

 最近では、5月15日の「本土復帰を祝う」日の丸デモを、田母神俊雄率いる「頑張れ日本!全国行動委員会」が行い、日本会議沖縄支部が櫻井よし子の講演会を宜野湾市民会館で5月19日に開催した。
 この集会には、安倍首相からのメッセージが読み上げられ、佐喜真淳宜野湾市長も来賓で出席している。維新の会の橋下や西村、東京都の猪瀬知事、安倍自民党の高市など、この国の権力に立つ政治家の暴言があまりにも悪質だ。民主党政権下よりもひどい劣化が始まっている。しかし、安倍政権の支持率が70パーセント( 5月19日)と高いままだ。
 新大久保や鶴橋での在特会のヘイト・スピーチデモ。超国家主義に移行した日本の政治体制。今から30年程前、ベルナルド・ベルトルッチ監督の『1900年』という映画を観た。イタリアの農村で黒シャツのファシストが次々と住民を殺害していく。今、日本の政治状況とイタリアのファシスト台頭を想い起してしまう。7月の参議院選挙は、憲法改悪を本気ですすめる戦争推進勢力との真っ向勝負だ。平和な地域づくり、戦争に協力しない町づくりをめざしてきた無防備平和運動も、全国各地で総力をあげ、この安倍戦争国家路線と闘うのは、今でしょう。
  平和の島・オーランド諸島(3)
  東京造形大学教授/無防備地域宣言運動全国ネット共同代表 前田朗 13年69号6面~7面
  
  ボーマルスン要塞

 マリエハムンからタクシーを飛ばしてボーマルスン要塞を訪れた。道路脇に小さな茶店があるだけだ。タクシー運転手はスウェーデン語しか話せないので、案内してもらうわけにも行かない。向こうに石壁の残骸が目に入る。一時間後に戻る約束をして、草むらを歩き始めた。ところどころ木柵がしつらえられているが、結構古く不揃いだ。倒れたままになっているところもある。少し歩くと、地面がでこぼこと大きく褶曲していて、どうしようかと思ったら、そこから先は板の通路が設置されていた。人一人が歩ける幅で、手すりがついている。だんだん石壁が近くなってくると、大きさもわかって来た。はじめは小さな石壁と思っていたが、高さが四~五メートルある。あちこち崩落しているが、残されている部分から立派な要塞をイメージしながら、板の通路を歩く。

 一番大きな残骸にたどりつくと、両側にずっと同じような石壁の残骸が続いているのがわかる。一八五〇年代、ロシア軍はここに巨大な要塞建設を始めた。オーランド諸島のアーキペラーゴの海の中を軍艦が通り抜けられる海峡に面している。他の場所は水深が浅いため軍艦が通れない。ここに要塞を作って艦船の通行を規制すれば、バルト海とボスニア湾を制することができる。そのための要塞なので石壁が高く、頑丈だ。
 クリミア戦争の際に英仏軍の猛攻撃によって徹底破壊されたので、石壁は十数メートルごとに分断されている。かつて要塞だった敷地中央部分を今は一般道路が横断している。ひとわたり見て歩くと、小さな案内板が立っていた。その向こう側が細い海峡だ。ボーマルスンは長い間放置されていたが、一九九〇年代に、地元の歴史教師などによる研究グループができて、調査と保存が進められている。とはいえ、史跡としての保存がきちんとなされているわけではない。ちょうど一時間ほどで戻ると、タクシー運転手が茶店で待っていてくれた。

  領土紛争

 クリミア戦争終了後、英仏はロシアに軍事基地建設を断念させ、オーランド諸島への軍隊駐留を禁じた。このためしばらくオーランド諸島はピース・ゾーンとなるが、当時、ピース・ゾーンということを意識していたわけではない。

 第一次大戦とロシア革命の結果、オーランド諸島のピース・ゾーンが独自の意味を帯びることになる。大北方戦争とナポレオン戦争の後、フィンランドはロシア領に属していた。しかし、ロシア革命のためロシアが政治的に混乱した折に、フィンランド議会が独立を宣言した。一九一八年、いったんフィンランド社会主義共和国が樹立されたが、翌一九一九年、フィンランド内戦を経て、フィンランド共和国が成立した。その過程でオーランド領有問題が浮上した。

 オーランド諸島はもともとスウェーデン系の人々が住み、スウェーデン語を話す。住民にとって、革命と内戦の混乱は、フィンランドからスウェーデンへの復帰のチャンスだった。住民はスウェーデンへの復帰を求めて工作を行ったが、領土変更という政治問題であるから、当局から見れば国家秩序を破壊する活動であり、厳しく規制された。スウェーデン移行派は秘密活動を続けた。これに呼応してスウェーデン側も「オーランド諸島はもともとスウェーデンのものであるから、返還せよ」と圧力を強めた。スウェーデン対フィンランドの領土争いとなったが、オーランド諸島はバルト海とボスニア湾の要衝の地であり、周辺諸国への影響も大きく、ただちに国際問題となった。

  国際連盟・新渡戸裁定

 紛糾を見かねたイギリスが間に入って、領土紛争を、発足間もない国際連盟に付託し、判断を仰ぐことになった。こうして舞台はジュネーヴの国際連盟に移った。その責任者は国際連盟初代事務次長・新渡戸稲造であった。新渡戸は東京にいる原敬首相と電報でやり取りしながら、解決に腐心したと言う。
 結論として国際連盟理事会は、①オーランドの主権はフィンランドにある、②オーランドには自治権が認められる、③オーランドを非武装・中立とする、という裁定を下した。

 国連欧州本部に国際連盟理事会の様子を描いた絵画が現在も残されている。オーランド諸島政府の壁にもレプリカが掲げられている。理事会の席で立ち上がって演説をしている日本人の姿を確認できる。窓の向こうにはレマン湖とモンブランが見えるので、現在のパレ・ウィルソン(人権高等弁務官事務所)の会議室だろうか。

 オーランド島民は国際連盟理事会に招請されなかった。つまり、頭越しの決定であった。だが、フィンランド政府はオーランド島民のスウェーデン語や伝統・文化を尊重することにし、オーランド島民はオーランド自治法を受け入れることにした。

 一九二一年、スウェーデン、フィンランド、ドイツ、フランス、エストニア、ラトヴィアなどがオーランド諸島非武装中立化の協定を締結した。これにより、①フィンランドはオーランドに軍事施設を置くことも、武器弾薬の製造・搬入・搬出も禁止された。②特別な場合に海軍が一時寄港する例外を除いて、陸海空軍の駐屯も禁止された。③オーランドは中立地帯であり、いかなる軍事利用も禁止された。フィンランドは、紛争の際にもオーランドを戦争の局外に置くことになった。ロシア革命政府はこれを認めなかったが、一九四〇年にフィンランド=ソ連邦条約で確認された。これがオーランド非武装・中立化の第二段階である。(続く)
   参院選  山シロ博治さんを推薦!
                                          13年69号8面         
 
 全国ネットでは、7月の参議院選挙(4日公示、21日投票)に比例代表に立候補を予定している山シロ博治さんを推薦することを決定しました。

 今回、無防備地域宣言運動の発展にご尽力いただいた山内徳信参議院議員の後継候補として、山シロ博治さんを国会に送り出すことが、改憲を阻止し、平和、自治、民主主義の発展と原発廃止の実現に多大な前進となることを確信します。私たち無防備地域宣言運動全国ネットワークとして自信を持って推薦し、支援することを表明します