2006年06月11日

【『世界』2006年7月号】有事体制のパズルから自治体単位でピースをはずす

現在発売中の『世界』7月号に無防備地域宣言運動の記事が掲載されています。
是非、ご覧ください。

世界7月号表紙  有事体制のパズルから自治体単位でピースをはずす

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 有事体制のパズルから自治体単位でピースをはずす
    -無防備地域宣言運動の新たな局面-
                   北原 久嗣(非戦のまち・くにたちの会)
   
 □ 文民保護優先はなぜ生まれたか
 □ 国立市平和都市条例案
 □ 直接請求署名運動
 □ 安全保障をとらえ直す

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 ■岩波書店『世界』

投稿者 全国ネット : 23:38 | トピック /| 国立市

2006年03月29日

「季刊戦争責任研究」49号・自治体における無防備地域宣言

「季刊戦争責任研究」49号(2005年秋)

自治体における無防備地域宣言
             --非武装・非暴力・無防備の新しい平和運動


                                   前田 朗

一 あなたの街の憲法九条

1 挑戦する市民

 二〇〇四年春、大阪で新しい平和運動の挑戦が始まった。

 一九七七年のジュネーヴ諸条約第一追加議定書五九条に規定された無防備地域宣言を、平時において自治体の条例に取り込んで、日頃から地域を非武装地域とし、自治体における平和行政を推進し、地域住民の平和意識を活性化させるための条例制定要求運動である。

 地方自治法は、住民が新しい条例制定を求める場合は、一ヶ月間に有権者の五〇分の一以上の賛同署名を集めて、自治体首長に提出すること、署名を受け取った首長はその請求を議会に提出することとし、議会で条例制定の可否を審議することにしている。

 国際法の第一追加議定書と日本の国内法の地方自治法という、まったく無関係な別物と思われていた両者を結びつけて、自治体に無防備地域条例制定を要求する試みは、停滞してきた平和運動を活性化させる新しい試みとして注目を集めた。

 法定数の署名を集めた大阪市民は、大阪市長に署名を提出した。ところが、大阪市長は、市議会に市民の要求を提出したものの、「条例制定の必要はない」旨の意見陳述を行い、市議会も十分な審議を尽くさず、無防備地域宣言が何であるのかすら理解しないままに、条例制定要求を否決してしまった。

 しかし、大阪の挑戦は、その後、各地に広がり始めた。二〇〇四年秋には大阪府の枚方市民が署名活動に取り組み、法定数の三倍の有権者の署名を集めた。枚方市長や市議会の姿勢も大阪市と同様であり、結果として条例制定要求は否決された。とはいえ、枚方市議会では、第一追加議定書とは何か、無防備地域宣言とは何かをめぐる具体的な質疑が行なわれることになった。

 さらに、二〇〇五年一月、東京都荒川区の住民が署名活動を展開し、やはり法定数の三倍弱の署名を集めた。荒川区長と区議会は条例制定要求を否決した。区議の中には無防備地域宣言の趣旨を歪曲して非難する者もいた。保守派議員の反対によって条例制定要求は葬られたが、市民が市民に呼びかけて平和について語り合う運動の意義はますます各地に反響を呼んでいくことになった。

 続いて、神奈川県の藤沢市民が市議会に条例制定を迫った。議員の中には条例制定について真摯に検討する意見も見られ、審議内容も徐々に充実するようになってきた。藤沢市議会も条例制定要求を否決したものの、各地の市民はいっそう確かな手ごたえを感じるようになった。

 二〇〇五年春には、兵庫県の西宮市民が法定数の三倍の署名を集めて、条例制定を求めた。西宮市長も、大阪・枚方・荒川・藤沢と同様に、「地方自治体は無防備地域宣言できない。条例制定の必要はない」との意見を付した。西宮市議会も、結果的には条例制定要求を否決した。しかし、第一に、条例制定を否定する市長見解がほぼ整理され、かつそれが日本政府見解の引き写しにすぎず、市長が自治体首長として住民の平和と安全に責任を有する姿勢をとっているとはいえないことが白日の下にさらされた。第二に、市は市議会に、「地方自治体が無防備地域宣言できる」という赤十字国際委員会の注釈書を提出せざるを得なくなった。

 これまで五つの自治体の市民が無防備地域宣言運動に取り組んだ。いずれも議会で否決されたため、世界初の無防備地域宣言条例はまだ実現していない。

 しかし、無防備地域条例運動は徐々に広がり、各地の平和運動に新たな課題を提供し、徐々にマスコミでも取り上げられるようになってきた(1)。

2 運動の意義

 無防備地域宣言条例運動の意義は多面的に語りうるが、ここでは地域における平和運動としての意義を確認しておきたい。

 第一に、無防備地域宣言条例運動は、地域における日本国憲法九条の具体的実践である。

 もともと憲法九条は戦力不保持と戦争放棄を定めているのに、日本政府は永年にわたって憲法九条違反の軍隊である「自衛隊」を創設し、闇雲に増強し(防衛費のGNP一%はすでに死語となった)、海外派兵禁止決議も無視して、PKO法を制定し、カンボジア、東ティモールなどに自衛隊を派遣し、ついには戦争が遂行されているイラクにも自衛隊を派遣した。いまや世界第三位の軍事費を費やしている自衛隊は、アメリカ主導の有志連合の一員としてイラク侵略の一端を担っている。本来なら非武装国家であるはずの日本が、侵略軍の一員となっている。

 こうした現実に対して、反戦・平和運動は様々な取り組みを行なって、自衛隊の縮小・廃止を求め、海外派兵禁止を求め、イラクからの自衛隊撤退を求めてきたが、その声は平和憲法の日本社会にもかかわらず、政府やマスコミに聞き入られることはなく、国際貢献や人道支援などの名目による自衛隊派遣が日常化し、社会意識の軍事化が進んでいる。

 無防備地域宣言条例運動は、こうした現実に対する異議申立てであり、空洞化した憲法九条に地域のレベルから再度、息を吹き込むための運動である。無防備地域宣言は自治体における憲法九条の具体的実践である。

 第二に、無防備地域宣言条例運動は、地域における平和意識の活性化の取り組みである。

 憲法九条が無惨なまでに無視されてきたのに、全国レベルでは、いつの間にか自衛隊の存在が当然のこととなり、近年のナショナリズムの隆盛によって国家への奉仕、国民意識の涵養が異様に進行し、東アジアにおける諸国に対する敵対心や、国内における外国人に対する差別と排外主義も浮上している。日本国憲法が想定した社会とまったく異なる日本社会が形成されつつある。社会における平和意識が形骸化するならば、憲法九条を守らせる力が弱まることは言うまでもない。

 今日、「憲法九条を守れ」というスローガンをいくら唱えても、憲法九条を守ることはできない。憲法九条はすでに目も当てられないほど無視され、ずたずたにされている。平和運動に必要なのは単に「憲法九条を守れ」と唱えることではなく、憲法九条の理念と精神をいかにして日本社会の中で活性化させ、復権させるかを考えた具体的な取り組みが必要である。

 無防備地域宣言条例運動はその一つの回答といえよう。無防備地域宣言条例運動は、条例制定を自治体に要求するために、署名活動を展開している。市民が市民に呼びかけて、戦争と平和について語り、憲法九条の意義を語り、戦争しない国家と社会について語ることによって、地域社会の平和力を練成していく。

 第三に、政府が進めている戦争政策の一環としての国民保護法・国民保護計画への異議申立てとしての意義である。

 政府は、朝鮮半島における有事をあおり、アフガニスタンやイラクの戦争に協力してきた。そのための戦時立法を矢継ぎ早に制定し、ついには国家総動員法の復活とも言うべき国民保護法を制定した。国民保護法は、名前が「保護」となっているが、その条項を検討すれば、国民を保護するという名目のもとに、国民に戦争協力を強制する法律であることがわかる。

 国民保護法に基づいて、二〇〇五年には都道府県レベルで国民保護計画の策定が急がれている。二〇〇六年には市町村レベルでの国民保護計画の策定が予定されている。しかし、国民保護計画の具体化を先導した鳥取県の計画を見ればただちに明らかになるように、自治体は住民保護を真面目に考えていない。実際に取り組まれているのは、笑うしかないような漫画的な国民保護計画シミュレーションにすぎない。しかし、そうしたシミュレーションを繰り返すことで、社会の戦争体制への再編成が進行し、行政の中に戦時思考が浸透し、行政活動に自衛隊が不可分のものとして組み込まれ、上からの戦時動員体制だけは着実に組み立てられていく。地域住民の意識もそうした戦争政策に絡めとられていく。

 無防備地域宣言条例運動は、現代における戦争の現実を明らかにし、国民保護計画の欺瞞性を突く運動でもある。軍隊で平和は守れないし、軍隊は住民を守らない。有事法制を柱にした国家再編は、憲法九条を無視して、思うように戦争政策を進める保守支配層の軍事政策であって、国民保護は名目に過ぎない。まして、国民保護法は、国策に協力しない者を「非国民」として狩り出すイデオロギー的機能を果たすし、もともと国民でない在日外国人に対する露骨な差別政策を正当化してしまう。無防備地域宣言条例運動は、上からの戦争協力押し付けに対して、下からの平和政策の展開を目指す取り組みである。

二 無防備地域宣言とは何か

1 軍隊のない地区

 それでは、無防備地域宣言とは何か(2)。

 無防備地域宣言は「ジュネーヴ諸条約第一追加議定書(以下、第一追加議定書)」五九条に規定されている。日本政府は二〇〇四年の第一五九国会において第一追加議定書を批准し、二〇〇五年二月に効力が発生した。

 第一追加議定書第五九条第一項は「無防備地区を攻撃することは、手段のいかんを問わず、禁止する」としている。

 なお、これまで「無防備地域」と訳されてきたが、公定訳は「無防備地区」である。以下、条文の引用に際しては「無防備地区」を採用するが、各地の条例制定要求運動では「無防備地域宣言」が使われているので、両者が混在する。

 無防備地区の定義は第二項に規定されている。同条第二項は「紛争当事者の適当な当局は、軍隊が接触している地帯の付近又はその中にある居住地区であって敵対する紛争当事者による占領に対して開放されているものを、無防備地区と宣言することができる」として、四つの要件を列挙している。

a すべての戦闘員が撤退しており並びにすべての移動可能な兵器及び軍用設備が撤去されていること。
b 固定された軍事施設の敵対的な使用が行なわれないこと。
c 当局又は住民により敵対行為が行なわれないこと。
d 軍事行動を支援する活動が行われないこと。

 つまり、軍隊や軍事施設が存在しないこと、機能していないことが要件である。

 同条第三項は、この地区にジュネーヴ諸条約で保護される者や警察が存在することは条件違反ではないとしている。戦闘行為のためではなく、もっぱら治安維持のために存在する警察は条件違反とはならない。

 宣言の手続きは同条第四項に定められている。紛争当事者の適当な当局が、「敵対する紛争当事者に対して」申し入れることとし、無防備地区の境界をできるかぎり特定することとしている。宣言通告を受けた紛争当事者は受領したことを知らせ、条件が守られているかぎり無防備地区として扱わなければならない。つまり、無防備地区を攻撃してはならないのである。

 以上のように、無防備地区とは「軍隊のない地区」である。

2 軍事目標主義

国際法は、軍事目標主義を明示している(3)。

武力紛争において軍隊が攻撃するのは、敵の軍隊であり、軍事施設である。軍事的合理性の観点に立てば、武力紛争においては敵軍の戦闘能力を効率的に奪うことが最大目標である。それ以外のものを攻撃するのは時間の無駄であり、武器弾薬の無駄である。軍事的に必要な攻撃を行なって、敵軍を撃破し、すみやかに停戦・講和に結び付けるのが合理的である。停戦・講和の観念を持たず、非常識で無謀な戦争を継続した日本軍のような事例は国際法が想定していない事例というしかない。敵領土を占領する場合にも、無用の攻撃や過剰な攻撃を行なってしまうと占領行政への住民の協力が得られなくなっていまう。

軍事目標主義の前提かつ帰結として、軍隊と民間人、軍事施設と民間施設は区別しておかなければならない。軍隊と民間人を同じ地域に存在させれば、軍隊に対する攻撃の「付随的損害」として民間人の死傷を招いてしまう。軍民混在をもたらすことは国際法に反する結果となる。

また、人道法の観点に立てば、軍事目標以外のものを攻撃すること、つまり民間人や民用施設を攻撃することは人道違反であり、許されない。敵対行為を行なわない民間人を攻撃することは戦争犯罪である。ジュネーヴ諸条約および第一・第二追加議定書は、戦争や内戦における民間人の保護、捕虜の保護、戦傷病者の保護など、戦争においても守られるべき者の保護を規定することによって、戦争においても行なってはならないことを明らかにしている。

軍隊のない地区を攻撃する理由はまったくなく、許されない行為である。


三 無防備地域宣言の効果

1 違法性

 無防備地域を攻撃することは国際法上許されない。

 ジュネーヴ諸条約と第一・第二追加議定書は、民間人攻撃は国際法上違法であることを明らかにしている。民間人・民間施設攻撃が違法であることは、ジュネーヴ諸条約以前から国際法上の要請であった。一九〇七年のハーグ諸条約においてすでに民間人攻撃の違法性は明らかになっていた。

  一九〇七年のハーグ陸戦法規慣例規則第二五条は「防守セサル都市、村落、住宅又ハ建物ハ、如何ナル手段ニ依ルモ、之ヲ攻撃又ハ砲撃スルコトヲ得ス」としている。訳文の日本語表記方法が現在とは異なるが、英文は一箇所「軍事目標となっていない」を除くと、同じ表現である。

ハーグ規則第二五条について、ジャン・ピクテは「代表的な戦争法の中核」であると位置づけて、「これは、住民が敵対行為を行なわないために発砲なしにその地域を占領できる場合は、不必要な危険と破壊から住民を守らねばならないというものである。長い間、軍事的性質をもたない都市を、開放都市と宣言することは慣習となってきた」としている(4)。

 ところが、実際に行なわれた攻撃が軍事施設に対する攻撃であるのか、それとも民間人・民間施設に対する攻撃であるのかは、判断が困難な場合がある。このため、「誤爆」や「付随的損害」といった弁解がしばしば用いられるようになった。ロシア・トルコ戦争におけるニコポル城攻略戦において、ロシア軍は病院を攻撃した。これについて、ロシアの国際法学者マルテンスは「誤爆」の論理を提出し、意図的な民間施設攻撃ではなく、やむをえなかったことと主張した。日露戦争における旅順攻略戦において、日本軍は旅順の民間施設を攻撃した。これについて、有賀長雄は、マルテンスの見解を引用して「誤爆」の論理を展開し、意図的な攻撃ではなく、やむをえなかったと主張した。

 「誤爆」の論理は、軍事目標主義の形骸化を招いた。「誤爆」とならないように慎重に攻撃目標を定めるべきことは当然であるが、戦争の現場では当然の要請が守られるとは限らない。「誤爆」や「付随的損害」の論理によって、軍事目標主義は大きな制約を被った。とはいえ、少なくとも意図的な民間人・民間施設攻撃が許されないことについては国際法上確立しているし、国際社会においても共有されている。

 となると、軍民分離がきちんとなされていた場合に、「誤爆」の論理を許さない事実と論理が不可欠である。それが無防備地域宣言である。無防備地域宣言がなされれば、その地域には軍隊・軍事施設は存在しないから、およそ攻撃対象とはなりえない。相手方にとってもその地域に軍隊が存在しないことが判明しているのであるから、「誤爆」の論理の可能性は大幅に減少する。

2 戦争犯罪

 それにもかかわらず無防備地域を攻撃すれば、それは単に違法であるだけではなく、戦争犯罪となる(5)。

 一九九三年の旧ユーゴスラヴィア国際刑事法廷(ICTY)規程第三条は「手段のいかんを問わず、無防備の都市、村落、居住地または建物に対する攻撃または爆撃」を「戦争法規慣例違反」の戦争犯罪としている。

 一九九八年の国際刑事裁判所(ICC)規程第八条第二項b(v)は「手段のいかんを問わず、無防備で、かつ、軍事目標となっていない都市、村落、居住地または建物に対する攻撃または爆撃」を戦争犯罪としている。

 ICTY規程には「軍事目標となっていない」という部分がない点がICC規程第八条第二項b(v)と異なるが、その他は同じ表現である。

(a) 下田事件判決

 無防備地区の解釈例としては、下田事件東京地裁判決が知られる。広島原爆投下の違法性を提起した訴訟で、東京地裁は、例えば、次のように判示している(6)。

 「防守都市・防守地域に対しては無差別爆撃が許されているが、無防守都市・無防守地域においては戦闘員及び軍事施設(軍事目標)に対してのみ砲撃が許され、非戦闘員及び非軍事施設(非軍事目標)に対する砲撃は許されず、これに反すれば当然違法な戦闘行為となる」、「防守都市とは地上兵力による占領の企図に対し抵抗しつつある都市をいうのであって、単に防衛施設や軍隊が存在しても、戦場から遠く離れ、敵の占領の危険が迫っていない都市は、これを無差別に砲撃しなければならない軍事的必要はないから、防守都市ということはできず、この場合は軍事目標に対する砲爆撃が許されるにすぎない。これに反して、敵の占領の企図に対して抵抗する都市に対しては、軍事目標と非軍事目標とを区別する攻撃では、軍事上
効果が少なく、所期の目的を達することができないから、軍事上の必要上無差別砲撃が認められているのである。このように、無防守都市に対しては無差別爆撃は許されず、ただ軍事目標の爆撃しか許されないのが従来一般に認められた空襲に関する国際法上の原則である」。

 第一に、下田判決は、無防守都市(無防備地区)への攻撃は許されないことを確認している。この点は当然のことであり、本判決は日本の法学界においては大変有名で、しかも大変評価の高い判決で、多くの判例評釈が出ている。しかも、国際法の重要判例として海外にも紹介されている。

 第二に しかし、本判決は防守都市への無差別爆撃は許されているとする。これはハーグ条約以後の国際法の流れに沿わない議論ではないだろうか。ハーグ条約や第一追加議定書は、無防備地区以外であっても、民間人・民用施設への攻撃を否定している。無防備地区以外なら無差別爆撃が許されているという東京地裁判決には、疑問がある。

(b)学説

 ICC規程の解釈について、ウィリアム・フェンリクは、「無防備」には技術的な意味も含まれ、「合法的な軍事目標」概念に左右されることを指摘している。駐屯地、分隊駐屯地、敵軍の占領地や通過地を意味する。医療部隊だけが占領している場合、無防備地区とはならないとする(7)。

クヌート・デルマンは、ICC規程八条二項b(v)の戦争犯罪(無防備な都市村落等への攻撃)の例として無防備地区を掲げている(8)。デルマンは、無防備地区の要件を完全に満たしていない場合は、無防備地区としての保護を得られないが、その場合であっても、攻撃することはICC規程第八条第二項b(i)(ii)(iv)といった戦争犯罪となることがあると指摘している。

ミヒャエル・ボーテも、第一追加議定書第八五条第三項dが「無防備地区及び非武装地帯を攻撃の対象とすること」を「この議定書に対する重大な違反行為とする」と規定していることを確認した上で、ICC規程の起草者は無防備地区を第一追加議定書よりも広い範囲に変更することは考えていなかったとする。つまり同じ範囲である。また、無防備地区宣言が行なわれたことが戦争犯罪成立要件であるのか否を検討して、形式的見地からは宣言がなされたことは必要ないとする。宣言がなされていなくても無防備の場所を攻撃すれば戦争犯罪だからである。ハーグ規則等は宣言を要件とはしていなかった(9)。

また、デルマンは『米軍マニュアル』を引用している(10)。

 「ハーグ規則第二五条における無防備な場所は、敵軍が接触している地帯の付近又はその中にある居住地区であって敵対当事者による抵抗がなく占領に対して開放されているものである。無防備と理解されるためには、次の条件が満たされていなければならない(四要件が引用されているが、省略する)。」

 デルマンは『英軍マニュアル』も引用している(11)。

 「無防備の町または開放された町とは、敵が戦闘や死傷者を出さずに、その内外に出入りし、場所を確保できる完全に無防備の町である。」

  このように米軍も英軍もマニュアルに無防備地区の説明を入れてきたのである。

(c)法解釈

 以上をまとめておこう。

 第一に、無防備地域を攻撃することは国際法上違法である。国際法上違法であるから、国際慣習法上も、また国連人権委員会で採択された「重大人権侵害被害者に対する補償・救済ガイドライン」に従っても、さらに国家責任条約の考え方に従っても、無防備地域を攻撃した国家は、人的被害や物的被害について賠償する国際法上の義務がある。

 第二に、無防備地域を攻撃することは戦争犯罪である。従って、無防備地域を攻撃した兵士や、攻撃を命令した上官は戦争犯罪の責任を問われる。ICC規程を批准した国家の兵士が戦争犯罪を行なった場合、あるいは、ICC規程を批准した国家の領土で戦争犯罪が行なわれた場合は、ICCはその戦争犯罪について裁判を行なう管轄権を有する。無防備地域攻撃が繰り返されているのに、攻撃を中止させなかった上官も同様である。ICC規程は、部下が戦争犯罪を行なっていることを知りながら戦争犯罪を中止させず放置した上官について「上官の責任」の法理を定めている。

 ICC規程を批准していない国家(例えばアメリカや日本)においても、無防備地域を攻撃した兵士は当然、戦争犯罪について国内法に基づいて国内裁判所(軍法会議や通常裁判所)で裁かれるべきである。アメリカは軍法会議を有しており、例えば、イラクのアブグレイブ収容所における捕虜虐待について一部の責任者に対して軍法会議を開いて、有罪判決を言い渡している。組織的犯行の実態を解明せず、現場の一部の兵士の犯罪としたことや、刑罰が軽いことへの国際的批判が起きたが、ともあれ戦争犯罪に対する軍法会議による対処が実際に行なわれている。

 第三に、無防備地域宣言の法的意義は、そこが民間人・民間施設のみが存在する非軍事地域であり、軍事的攻撃の対象とならないことが明らかであり、改めて証明する必要がないことである。従って、無防備地域を攻撃した事実があれば、民間人・民間施設攻撃があったことも証明されたといえる。

 無防備地域ではない民間人・民間施設に対する攻撃の場合には、それが意図的な民間人・民間施設攻撃であったことを証明しなければ、戦争犯罪の立証にはならない。兵士を戦争犯罪で有罪とするためには、検事側が、故意により民間人・民間施設攻撃がなされたことを立証しなければならない。

 これに対して、無防備地域の場合は、宣言がなされ、相手方に宣言が通告されているから、無防備地域を攻撃すれば、その事実をもって戦争犯罪の証明とすることができる。安易な「誤爆」の論理を遮断する効果といえよう。

四 自治体は無防備地域宣言をすることができる
                 
 大阪・枚方・荒川・藤沢・西宮の各首長は、おおむね「無防備地域宣言は国がこれを行なうものと解されており、地方自治体は宣言を行なうことができない。すでに平和都市宣言などがなされており、あらためて無防備地域宣言条例を制定する必要はない」といった主張をしている。各市議会も、同様の見解のもとに、条例制定要求を否決した。

 「無防備地域宣言は国がこれを行なうものと解されており、地方自治体は宣言を行なうことができない」というのは、日本政府の公式見解と同様である。というよりも、各自治体首長は、自ら第一追加議定書の解釈を行なうことなく、日本政府見解に従っているだけといったほうが正しいであろう。

 それでは、日本政府見解は正当な解釈といえるだろうか。以下では、「地方自治体は無防備地域宣言をすることができる」という主張の根拠を整理しておきたい。ここでは、第一に、法解釈上の根拠を検討して、自治体は無防備地域宣言をすることができることを明らかにする。第二に、歴史的経験を踏まえた現実的根拠を検討して、地方自治体は無防備地域宣言をする責務があることを主張する(12)。

1 法解釈上の根拠

 地方自治体が無防備地域宣言をなしうるか否かは、基本的には第一追加議定書五九条の法解釈問題である。無防備地域宣言について規定した国際法規範は、一九〇七年のハーグ陸戦法規慣例規則二五条と、それを継承した第一追加議定書五九条であるから、第一追加議定書五九条をどのように理解するかが決め手となる。

 第一追加議定書五九条の無防備地域宣言の意義を照らし出すためには、ハーグ諸条約、一九四九年のジュネーヴ諸条約、一九七七年の二つの追加議定書などの関連する国際人道法の基本精神や諸規定が参照されなければならないが、無防備地域宣言に関する直接の規定はハーグ規則二五条と第一追加議定書五九条だけである。

 従って、国際人道法の基本精神を参照しつつ、無防備地域宣言の意義については第一追加議定書五九条の法解釈に頼るしかない。
      
(a)文理解釈
 そこでまず、法解釈の出発点である文理解釈を検討してみよう。文理解釈とは、法令をその文言の通りに解釈する方法を指す。当たり前のようではあるが、今日のような複雑な社会と法規範の存在する時代においては、法解釈に際しても様々な解釈方法が駆使されることが多い。しかし、法解釈の出発点は、法規範にどのような表現が用いられているのかを確認し、その意義の通りに解釈する文理解釈である。

 第一追加議定書五九条は「紛争当事国の適当な当局は宣言する」と明示している。「紛争当事国は宣言する」とはしていない。このことから、宣言の主体は「紛争当事国」そのものだけではなく「紛争当事国の適当な当局」が含まれることは疑問の余地がない。

 そして、「適当な当局(appropriate authorities)」は英文では複数形となっている。第一追加議定書では、「紛争当事国(a Party)」は単数形で示されているので、「紛争当事国の適当な当局」には政府以外のものが含まれることにならざるをえない。政府は単数形であり、複数になるのは内戦その他の事情で政府の意思が分裂している場合であろう。この点だけから言っても、「国だけが宣言主体である」という解釈は採用できない。

(b)主観的解釈

 法令を制定した制定者の意思に従って解釈する立法者意思説を主観的解釈という。国内法であれば、その法律を制定した議会が、何ゆえに、どのような意図を持って制定を行ったのかを問うことになる。通常は、立法事実(その法律の制定を必要とした社会的事実)を確認したり、議会における法案提出者の説明を参照することになる。

 一九七七年の第一追加議定書を採択した国際会議においては、当初は国家が無防備地域宣言をする規定だったのが修正されて「適当な当局」になった。「適当な当局」を挿入したのは、内戦などの状況で国家が崩壊したり、意思決定をなしえないような状況となった場合に、自治体による宣言を可能とするためである。

 従って、第一追加議定書の締結作業に関与した諸国の意思によれば、地方自治体が無防備地域宣言をすることができると解釈するのが当然である。この解釈に反するような解釈を許す事情は知られていない。

(c)赤十字国際委員会の解釈

一九七七年の追加議定書を審議・採択したジュネーヴ国際会議を提唱したのは赤十字国際委員会である。今日では国際人道法と呼ばれる国際法体系を形成し、その適用を推進し、人道法違反を監視してきた赤十字国際委員会は、国際人道法の解釈についてもっとも権威を有する団体であるといってよい。

 赤十字国際委員会が出版した第一追加議定書の注釈書は、自治体による無防備地域宣言の可能性を明言している(13)。すなわち、赤十字国際委員会注釈書によると、宣言は基本的には国家または責任ある軍当局によって発せられるものであるが、場合によっては、自治体の首長によって発せられることもある、としている。文理解釈や主観的解釈から言っても当然の解釈である。追加議定書の制定過程の事務局を支えた赤十字国際委員会がこのように解釈しているのは、これまた理の当然である。

 追加議定書はジュネーヴ国際会議に参加した諸国が採択した国際文書であり、追加議定書を批准する主体は国家である。日本政府も追加議定書を批准した。その意味で、国際文書の解釈の主体も「国家」であるとされてきた。確かに、国際法の解釈は、国家、国家群、国際司法裁判所などの判断によることになる。そのため、日本政府は従来しばしば、国際文書の「解釈権」は日本政府にあるとしてきた。

 しかし、「国家」が解釈主体だから「日本政府」が解釈権を独占するということはありえない。日本政府は諸国家の一つにすぎない。諸国家の間で通用しない日本政府の独自の解釈は否定されるべきである。

 このことは、市民的政治的権利に関する国際規約に基づく自由権委員会や、経済的社会的文化的権利に関する国際規約に基づく社会権委員会における日本政府報告書の審査と、審査結果としての日本政府に対する勧告の中で明らかにされてきたことである。「国家」が解釈主体だから「日本政府」が解釈権を有していて、日本政府の独自の解釈が採用されるという見解を認めれば、国際条約を批准した各国それぞれの勝手な解釈を認めることになり、条約の意味自体が喪失してしまう。条約などの国際文書の解釈は国際社会において吟味されなければならない。

 赤十字国際委員会は、国際司法裁判所とは異なって、国際文書の「解釈権」を有するわけではないかもしれない。しかし、国際人道法分野ではもっとも信頼と権威を獲得している国際機関であることは言うまでもない。赤十字国際委員会の解釈を覆すのなら、その論理を示すべきである。日本政府は何らの理由を示すことなく、赤十字国際委員会の解釈に反する独自の解釈を唱えている。

(d)憲法的解釈

 以上の検討から、国際法の解釈として、自治体が無防備地域宣言をなしうることは明白であるが、日本において自治体が無防備地域宣言をなしうるか否かは、国際法だけではなく、日本法の検討も踏まえる必要がある。

 そこで、国家の基本法である憲法との整合性が問題となる。すなわち、日本国憲法に適合的な解釈は何かである。日本国憲法八一条が違憲審査権を明示しているように、日本における法の制定や解釈は、日本国憲法を頂点として、憲法に違反することのないように行なわれなければならないからである。

 日本国憲法九条はそもそも無防備国家の宣言である。憲法の精神からして、すべての自治体が無防備地域となるのが当然である。日本国家が戦力を保持することは憲法違反であるから、日本政府はいかなる自治体にも戦力を配備することはできない。

 また、日本国憲法には「防衛・軍事」に関する条項は存在しない。憲法九条が戦力不保持を規定していることの当然の帰結として、憲法は「防衛・軍事」に関する条項を置いていないのであり、従って、憲法は日本政府に「防衛・軍事」に関するいかなる権限も付与していない。

 自衛権は国家固有の自然権であるから、憲法九条にもかかわらず日本国家にも自衛権があり、その結果として日本政府は自衛権に関する権限を有するという「解釈」が唱えられているが、これは日本国憲法とはかかわりのない「解釈」であって、憲法違反の事実を隠蔽する機能を果たすに過ぎない。

 一方、日本国憲法の下では、外交は内閣の所管事項である。従って、政府の外交政策に違反して自治体が外交に関する事項を処理することはできない。自治体は、日本国憲法に従って、政府の外交政策の範囲内で自治体における行政を行なうことができる。日本政府の外交は、日本国憲法に従って行なわれなければならないから、本来ならば無防備国家にふさわしい紛争予防と平和外交に徹するべきである。自治体は、政府の紛争予防と平和外交に則って行政を行なうことができる。従って、日本国憲法に適合的な無防備地域宣言は当然に自治体の権限内にある。

 しかも、外交は内閣の専権事項であるとしても、今日では自治体、NGOなど多数のアクターが外交に関連する活動を行なっている。「自治体外交」や「民間外交」という用語はマスコミにおても一般的に使用されているし、政府文書の中でも使われてきた。自治体外交は憲法に逸脱して行なうことはできないが、憲法の趣旨に従って展開するのはむしろ当然のことである。
   
(e)体系的解釈

 第一追加議定書は、二〇〇四年に日本政府が批准手続きを行い、二〇〇五年二月に効力を有することになったから、日本国の国内法体系の中に位置づけられることになった。従って、憲法、条約、法律の体系的整合的解釈が求められる。

 憲法学上、条約と法律の優位性をめぐる論争がなされてきたが、ここでその論争に立ち入る必要はないだろう。というのも、日本国憲法、第一追加議定書、地方自治法を矛盾のないように、体系的整合的に解釈することは容易にできることだからである。

 日本国憲法前文と九条は、平和主義、国際協調主義、平和的生存権、戦力不保持、戦争放棄、交戦権の否認を疑問の余地なく明示している。

 第一追加議定書五九条は、国際人道法の軍事目標主義の具体的方策として、無防備地域宣言を定め、自治体が無防備地域宣言できるとしている。そして、無防備地域を攻撃することは、国際慣習法においてもICC規程においても、戦争犯罪であることが明らかとなっている。

 地方自治法は、「住民の福祉」を自治体の責務としている。自治体は、住民の生命と暮らしに責任を有する。従って、自治体には憲法の範囲内で平和行政を行うことが要求される。

 憲法、第一追加議定書、地方自治法を体系的に解釈すれば、住民の平和と安全を守るために無防備地域宣言をすることは自治体の権限であり責務である。

 なお、国民保護法が制定されているため、無防備地域宣言と国民保護法の関係も考慮する必要がある。無防備地域宣言は国民保護法に違反するかという問題である。

 国民保護法は、戦争などの武力紛争を「災害」の一種に位置づけて、非常事態に際しては自治体が住民の避難を行い、自衛隊が「災害」の鎮圧・排除を行なうことを想定している。国民保護法は日本政府の意思決定が適切に行なわれている事態を予定しているが、日本政府の意思決定が不可能となった場合を想定していない。つまり、自治体が無防備地域宣言をしなければならない、もっとも重要な事態について、国民保護法は何も述べていない。従って、無防備地域宣言は国民保護法とは異なる段階を想定しているものであり、両者の間に矛盾が存在するわけではない。自治体における無防備地域宣言は国民保護法に違反しない。

2 現実的根拠

 無防備地域宣言の必要性は、法解釈上の根拠だけではなく、日本の歴史と現在の事実に基づいた現実的根拠を有している。

(a)歴史的経験

 まず、日本国は無防備地域宣言をしなかった事実を確認しておく必要がある。

 第二次大戦時において、日本政府はハーグ規則二五条の無防備地域宣言を行なわなかった。日本政府が無防備地域宣言についてその可能性を検討した事実も確認できない。

 現在、日本政府は「無防備地域宣言は国においてこれを行なうものである」と主張しているが、それでは、日本政府は無防備地域宣言をする可能性について検討しているだろうか。これまで明らかにされた日本政府の法律・方針等を見る限り、日本政府が無防備地域宣言を検討した事実は確認できない。それどころかむしろ、国民保護法と国民保護計画モデルを見るならば、無防備地域宣言を行なわないことを確定的に述べているものと見るしかない。

 しかも、沖縄戦の経験を見るならば、日本軍は軍民混在をもたらして民間人被害を招いた。日本軍は、侵攻する米軍と日本軍の間に民間住民を置いたり、民間住民を軍隊とともに移動させることによって、常時、軍民混在をもたらした。このため、必然的に「誤爆」や「付随的損害」が生じることになり、沖縄住民は筆舌に尽くしがたい被害を受けた。

 また、日本軍は住民を守らなかった。沖縄戦の経験は、軍隊が自己防衛のために、意図的に民間住民を放置し、避難先であるがまから追い出した事実を示している。それどころか、日本軍は住民を殺害したり、集団死に追いやった。

 現在、国民保護法に従って都道府県で策定されている国民保護計画を見る限り、日本政府、自衛隊、都道府県は軍民混在をもたらさないような配慮をおよそ行なっていないと考えるしかない(14)。

(b)日本国は住民を守るか?

 それでは日本国は住民を守るだろうか? もちろん、国民保護法を制定し、都道府県や市町村レベルで国民保護計画を策定している。しかし、国民保護計画の多くは、住民避難すらまともに行なえないことを露呈している。

 国家が国民を守ることは自明のことのように見えて、実は決して自明のことではない。歴史的経験が教えるのは、国家は国家の論理に即して必要な限りで「国民」を守るに過ぎず、多くの場合、「国民」ではなく、君主や貴族や企業や特権階級を守るに過ぎないことである。民定憲法を遵守している国家でさえも国民を守る保障はない。まして、憲法を守らない国家が住民を守るかと問いを立てれば答えは自ずと明らかであろう。

 同様に、憲法違反の自衛隊は住民を守るか否かも疑問として提起しておく必要があるだろう。なるほど、自衛隊は旧日本軍とは一応区別された存在である。創設当初は旧軍関係者が中心にいたとはいえ、現在はまったく新しい組織となっている。従って、旧日本軍が国民を守らず、それどころか国民を殺した事実をもって、自衛隊が同様の行動パターンをとると決め付けることはできない。

 しかし、自衛隊が国民を守るかという問いへの回答は、すでに自衛隊幹部の口から明らかにされている。周知のように、「自衛隊は国民を守るのではなく、国家を守るのだ」と自衛隊幹部は公言してきた。「国家」を守るために障害となると判断すれば、やはり「国民」を排除したり殺したりする危険性は残されている。

 最後に、国民保護計画で住民を守れるかも確認しなくてはならない。これまで策定されている国民保護計画なるものは、住民避難計画そのものが架空の設定の下になされた便宜的なものでしかなく、到底、住民保護の実効性を持つとは考えられない。首都圏や関西のような人口稠密地域では、国民保護計画なるものはナンセンスとしか言いようのない代物である。
             
3 結論

 以上の検討から導き出される結論をまとめておこう。

 第一に、諸国家が採択した第一追加議定書五九条は「自治体も宣言できる」という意味を含んでいる。このことは文理解釈、主観的解釈からも明らかであるし、赤十字国際委員会の解釈からも確認できる。

 第二に、憲法的解釈や体系的解釈によっても、日本において地方自治体は無防備地域宣言をすることができると解釈するのが正しい。住民の生命と暮らしに責任を有する自治体は、平時のうちに、万々万が一の究極の平和維持手段である無防備地域宣言について検討し、その宣言をすることができるように準備しておかなくてはならない。 

 第三に、自治体が無防備地域宣言をすることはできないとしている日本政府は、「宣言は国の権限」などと主張しているが、いずれかの自治体に無防備地域宣言を行なう準備を全くしていない。権限を行使するつもりがないと考えられる。

 第四に、日本国は国民保護法に基づく国民保護計画を推進しているが、国民保護計画で国民を守れるとは考えられない。国民保護法はむしろ戦争協力法である。

 それゆえ、自治体こそ無防備地域宣言を行なう主体でなければならない。   

 しかも、自治体による無防備地域宣言はいざその時になって急に準備するのでは間に合わない。宣言するための事前準備の必要性がある。緊急事態において宣言の可否を論じている余裕はないから、少なくとも宣言できるように議論を済ませ、準備しておくことが、責任ある自治体の行動というべきである。

五 非武装・非暴力・無防備

 無防備地域宣言運動は、先にも述べたように、地域における反戦平和運動の一環として取り組まれている。無防備地域は攻撃対象としてはならないという点にだけ注目すると、攻撃されないための運動のように見えるが、実際には、攻撃することも攻撃されることもないための運動であり、戦争協力拒否宣言運動である。

 従って、無防備地域宣言運動は、非武装や非暴力の思想と密接なつながりを有する。

 日本国憲法九条は戦力不保持と戦争放棄を定めた「非武装国家宣言」であるのに、日本政府は「武装国家」をつくりあげ、しかも自衛隊を海外派兵している。これに対して、平和運動は「憲法九条を守れ」と憲法遵守を求めてきたが、政府はこれに耳を貸そうとしない。こうした状況の中で、地域で無防備地域宣言をすることによって、地域における非武装をめざす新しい運動を広げることが課題となっている。

 「九・一一」以後の現代世界は、日本国憲法制定時とは大きく様変わりした。そのため「非武装国家は時代遅れ」といった言説も登場している。しかし、軍事力でテロを防止できるはずのないことは言うまでもない。肥大化した軍事力の違法な行使によってテロが再生産されていることも明らかである。世界の軍事費のほぼ半分を一つの超大国が支出し、その「同盟国」を含めると世界の軍事費の三分の二を占めている現実は、それ以外の諸国にとって武装は何の意味も持たないことを意味している。無用な予算の支出を強いられ、特定国から武器を輸入させられ、社会を非人間的に再編成し、しばしば軍事独裁は内に向かっての暴力となる。

 従来、日本では憲法九条の世界史的意義を強調するあまり、その先進性(ひいては特異性)に焦点を当ててきた。しかし、コスタリカの事例が知られるように、世界には多くの非武装国家がある。スイスの弁護士で平和運動家であるクリストフ・バルビーによれば、世界には二七カ国の非武装国家がある。しかも、一九八〇年代・九〇年代に増えている。その多くは小国であるが、小国における非武装国家の実例は、無防備地域宣言運動にとって大きな示唆となる(15)。

 非武装国家宣言としての憲法九条は、非暴力の思想を憲法に刻み込んだものでもある。紛争を暴力ではなく、非暴力で解決する人間の叡智を鍛えることこそが、地域の平和にも国際平和にも不可欠である。二〇世紀においてマハトマ・ガンジーやマルティン・ルーサー・キングが育み実践した非暴力の思想と行動に再び光をあてる必要がある。

 非暴力・非武装・無防備の思想と行動を確立することが現代平和運動の優先課題でなければならない。



(1)各地の無防備地域宣言運動の状況は、無防備地域宣言運動全国ネットワークのウエッブサイトで知ることができる。http://peace.cside.to/
(2)最近の文献として、井上忠男『戦争のルール』(宝島社、二〇〇四年)、小池政行『国際人道法 戦争にもルールがある』(朝日新聞社、二〇〇二年)、斉藤貴男「『自警団』か『無防備都市』か」法学セミナー五九九号(二〇〇四年)、澤野義一「有事法制と無防備地域条例制定の意義」憲法理論研究会編『現代社会と自治』(敬文堂、二〇〇四年)、同「広がる無防備地域宣言運動」法と民主主義三九〇号(二〇〇四年)、同「コスタリカの非武装永世中立と日本の無防備地域宣言運動」法と民主主義三九四号(二〇〇四年)、田中伸尚「広がる『無防備地域宣言』運動」週刊金曜日四九五号(二〇〇四年)、藤中寛之「『無防備地区条例』制定運動と沖縄」けーし風四六号(二〇〇五年)、前田朗「無防備地域(地区)宣言と
は何か」法と民主主義三九四号(二〇〇四年)、同「平和運動の新しい風 無防備地区宣言運動」救援四二九号(二〇〇五年)、同「地域から平和をつくる--無防備地域宣言運動を広げよう」青年法律家四〇七号(二〇〇五年)、同「無防備地域宣言とは何か」世界七三六号(二〇〇五年)、吉田敏浩『ルポ戦争協力拒否』(岩波書店、二〇〇五年)など。
(3)前田朗『民衆法廷の思想』(現代人文社、二〇〇三年)第四章参照。
(4)ジャン・ピクテ『国際人道法の発展と諸原則』(日本赤十字社、二〇〇〇年)。
(5)戦争犯罪についてはさしあたり、前田朗『戦争犯罪論』(青木書店、二〇〇〇年)、同『ジェノサイド論』(青木書店、二〇〇二年)。以下の記述につき、前田朗「無防備地域(地区)宣言とは何か」前掲。
(6)東京地裁判決一九六三年一二月七日(下民集一四巻一二号二四三五頁、判時三五五号、判タ一五五号)。
(7)William J. Fenrick, War Crimes, in: Otto Triffterer (ed.), Commentary on the Rome Statute of the Internatinal Criminal Court. Observes' notes, Article by Article, Nomos Verlagsgesellschaft, 1999, p.197-198.
(8)Knut Doermann, Elements of War Crimes under the Rome Statute of the International Criminal Court, ICRC, Cambtidge,2002, p.179-182.
(9)Knut Doermann, Elements of War Crimes under the Rome Statute of the International Criminal Court, ICRC, Cambtidge,2002, p.179-182.
(10)Doermann, p.182.
(11)Doermann, p.183.
(12)自治体における無防備地域宣言について、澤野義一「条例による無防備地域宣言について」元山健・澤野義一・村下博『平和・生命・宗教と立憲主義』(晃洋書房、二〇〇五年)、藤中寛之「自治体による『無防備地域』宣言の意義と課題」沖縄大学地域研究所所報三〇号(二〇〇三年)、同「自治体の『無防備地域』宣言」けーし風四一号(二〇〇三年)。
(13)赤十字国際委員会のウエッブサイト。
(14)岡本篤尚「国民『保護』という幻想」世界七二四号(二〇〇四年)、水島朝穂「『国民保護』法制をどう考えるか」法律時報七六巻五号(二〇〇四年)、本多滝夫「『有事法制』と『国民保護法案』」法律時報七六巻七号(二〇〇四年)など。
(15)前田朗「軍隊のない国家、軍隊のない世界」法と民主主義三九九号(二〇〇五年)。さらに、澤野義一「今こそ、非武装・中立を」月刊まなぶ二〇〇四年五月号(二〇〇四年)。

投稿者 全国ネット : 00:37 | トピック

2006年03月28日

品川区議会審議について

品川区議会における無防備平和条例審議の到達点と今後の課題    
                           無防備地域宣言運動全国ネットワーク事務局
1.はじめに
 1月19日品川区議会は、品川無防備平和条例を総務委員会で審議し、これを否決した。04年大阪市から始まった無防備平和条例制定を求める運動は、またしても自治体当局・議会の壁に阻まれて条例制定を実現することはできなかった。しかし、条例否決という結果に変わりはないものの、条例案をめぐる審議は大きく変わった。審議内容は深まり、無防備平和条例実現の展望は切り開かれてきている。このことを品川区議会審議の到達点を整理することを通じて明らかにする。

2.条例を実現するか否かは自治体当局・議会の判断にかかっている!
 平和的生存権(憲法)と文民保護規定(ジュネーブ条約第一追加議定書)、そして住民主権・地方自治に基づき自治体は無防備平和条例を制定できる、実際に制定するか否かは首長と議会の判断にかかっている―これが品川区議会審議を通じて見えてきた。
 何故このように結論づけられるのか、その根拠を以下に明らかにする。

  1. 無防備地域の宣言主体=「適当な当局」について、自治体当局も宣言主体となりうるという赤十字国際委員会コメンタールが事実上承認された。コメンタールが言う「困難な状況」とはどのような状況をさすか、そのような状況に陥った場合の宣言の可能性・有効性にまで踏み込んだ審議が行なわれ、宣言主体の「国家独占」の誤りは明白となった。「防衛に責任をもつ当局、即ち、政府だけが宣言する権限をもつ」とする、「宣言主体=4条件整備主体」論(同一主体論)を退けたと言える。
  2. 日本政府が批准・発効したジュネーブ条約追加議定書=文民保護規定を、住民自治・地方自治に基づいて自治体が具体化する条例を制定すること(国内法化)の可能性、意義が審議を通じて明らかとなった。  自治体は本来その立法権を有するが、政府が国内法化を怠り、または極めて不十分にしか法整備を行なっていない場合には、自治体が自主的、「上積み」的に立法化する権限を有していることが反対派をも含めてほぼ共通の認識となった。
  3. 条例案審議において品川区当局は、文民保護を規定したジュネーブ条約追加議定書、国際人道法の意味について、基本的には、正確な理解、本来の解釈に基づいた答弁を行なった。文民保護規程についての無理解・曲解に基づく議論はほぼ影を潜めた。無防備平和条例制定に反対するあまりに、ジュネーブ条約追加議定書、文民保護規定の意義すら否定するという議論・審議に自治体当局は組することができなくなってきた。

3.今後の運動の課題・展望
 上記のように、無防備平和条例制定をめぐる最大の争点・論点であった、「宣言主体」をめぐる議論についてはほぼ決着がついた。論理では「勝った」のである。それ故、あとは運動の力で突破していくだけであり、もっと運動を大きくし、自治体首長・議会に決断を迫っていくことが問われている。
 それと同時に確認すべきは、赤十字国際委員会コメンタール2263号である―「ある地域は第2項に定める条件を満たしたときに無防備地域となったものと見なされる。一方的宣言や協定は、この状況を確認するものであってそれ以上ではない」。自治体が、平和的生存権の具体化、文民保護のために、当該自治体を無防備地域とするための条件整備を図り、それを満たすことこそが重要なのである。「戦争に協力しない・させない町」づくりを進め、4条件を満たす地域としたならば、その地域は「無防備地域となったものと見なされる」のである。自治体はそれを自らの権利として正々と進めることができ、誰にも妨げられることはない。
 今後の無防備平和条例制定の直接請求運動の中では、宣言主体をめぐる論争における勝利を踏まえ、平和的生存権と自治権をもっと前面に出して、無防備地域4条件を整備する町づくりに対する住民・首長・議会の支持・同意をかちえるような運動を展開していこう。

投稿者 全国ネット : 02:37 | トピック /| 東京都品川区 | トラックバック (0)

2005年05月10日

「通販生活」2005年夏号

「通販生活」2005年夏号「通販生活」2005年夏号で、「ときには同じテーブルで 憲法九条大論争」と題して特集が掲載されました。
作家・井上ひさしさんと自民党憲法調査会会長・保岡興治さんの対談という形をとっています。
その中で、無防備地域宣言運動が紹介されています。
年4回発行で、180円/冊、年間購読しても720円という手軽さで、300ページにも及ぶ情報量も大きな魅力です。
まだご覧になっていない方は、ぜひどうぞ。

http://www.cataloghouse.co.jp/cat_order/tsuhan/life.html

投稿者 全国ネット : 09:29 | トピック | トラックバック (1)

2005年04月29日

西宮市でも平和条例制定要求署名がスタート!

本日(4月29日)、兵庫県西宮市でも直接請求署名運動がスタートしました。
初日の署名数は、917筆。
このペースで、連休中で一気に法定数(7200筆)突破をめざします。

20050429-1p.jpg
     元気いっぱいにスタート!(阪神電鉄西宮駅)

20050429-2p.jpg
土井たか子さんより激励アピール(西宮市立勤労会館、夜の集会)

投稿者 全国ネット : 23:48 | トピック | トラックバック (0)

2005年03月16日

「地方自治職員研修」4月号に掲載

 「地方自治職員研修」4月号(3/15発売)に、全国ネット事務局の矢野秀喜さんによる“opinion!”コラムが掲載されています。
 題して「自分のまちを守るために~無防備地域宣言・条例を」。

「地方自治職員研修」4月号
 この月刊雑誌をご存知の方はそれほど多くはないかも知れませんが、自治体職場ではそれなりにメジャーな雑誌です。コラムの最後には「全国の首長・議員の皆さんへのアピール」として、無防備地域宣言の意義と条例化へ理解と支持を呼びかけています。

 ちなみに、「公職研」発行の当雑誌、「昇任試験V講座」連載があるなど、どちらかというと「行政」寄りの雑誌ですが、同じ4月号に松下圭一著「自治体再構築の市民戦略」(本書にも無防備地域宣言の記述がある)の書評が載るなど、「自治体の職員さん方に一般の市民感覚を」といった編集意図もあるようです。ご一読を!

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
 HPは以下の通りです。
http://www.koshokuken.co.jp

トップページ右側の月刊「地方自治職員研修」の冊子表紙の下に「今月号はここがおススメ!」があります。
ここをクリックすると、以下のような編集部のコメントが掲載されています。

 -------以下、抜粋-----------
 自治体の無防備地域宣言とは荒唐無稽と笑う人があるかも知れませんが、そういう 人は今回の「opinion!」(と松下圭一先生の『都市型社会と防衛論争』(公 人の友社))を読んで下さい! 自治体政府の自覚と誇りがあれば、市民の切実な思 いに対して、ここに挙げられた2市のような対応はできないと思いますが…。(t)
 -------抜粋ここまで-----------

ちなみに、編集部のリンク集には、全国ネットのHPへのリンクが張ってあります。

投稿者 全国ネット : 21:37 | トピック | トラックバック (0)