東日本大震災〜原発事故
 軍事力でなく市民の生命と人権まもる自治体づくりを今こそ!
                                2011/3/29 無防備地域宣言運動全国ネットワーク事務局
 
 1 史上初の原発震災

  3月11日、三陸沖を震源とするマグニチュード9.0、最大震度7の国内観測史上最大の巨大地震が発生した。地震直後、岩手、宮城、福島県を中心に青森から千葉にいたる太平洋岸を最大波30m弱という大津波が襲った。この巨大な地震・津波により東北・関東地方は甚大な被害をこうむり、死者は1万1千人を超え、行方不明者も1万7千人を数えている(3.29現在)。被害の全容はいまだに把握しきれていないが、死者は最終的には3万人をも超えるものと推測される。戦後最大の「自然災害」である。

 私たちは、この大震災で被害に遭われた全ての方がたに心からお見舞いを申し上げるとともに、亡くなられた方がたに哀悼の意を表明する。

 今回の震災は過去の震災とは決定的に異なる点がある。それは今回の震災が史上初の“原発震災”となったことだ。巨大な津波が福島第一原発に押し寄せ、緊急炉心冷却装置(ECCS)を破壊した。1〜3号機の原子炉内の燃料棒は冷却不能となり、炉心は溶融(メルトダウン)、水素爆発が起こり建屋(1、3号機)、格納容器の一部(2号機)が破壊された。運転停止中であった4〜6号機でも使用済み核燃料プールで水温上昇が起り、4号機では爆発により建屋の一部が吹き飛んだ。この事故により原発から放射性物質(ヨウ素131、セシウム134、プルトニウム等)が撒き散らされ、原発周辺では一時は500ミリシーベルト(一般人の年間被曝限度は1ミリシーベルト)の放射線を検出するなど原発周辺地域は広範囲にわたって放射能に汚染された。史上初の“原発震災”は、東北関東地方の各地域自治体、住民に非常な苦難を強いている。

 2 国の言いなりでは地域・住民の生命は守れない

  この福島第一原発の事故に対し、日本政府は当初、「想定外」の事態が起こったと言い訳をしつつ、他方で、事故は「レベル4」どまりであり、スリーマイル島事故(米)やチェルノブイリ事故(ロシア)のようなレベルには至らない、「冷静な対応を」と被災住民・国民に呼びかけてきた。

 しかし、水素爆発が起こり、建屋どころか格納容器の一部損壊にまで事態が悪化するに及んで、原子炉冷却のため海水注入、放水に踏み切った。さらに爆発等により原発周辺への放射性物質の飛散が否定できなくなると、「原子力災害対策特別措置法」15条に基づき「原子力緊急事態宣言」を行い、福島第一原発から半径20km圏内の住民に対しては避難指示を、20q以上30km圏内の住民には屋内退避を指示した。
 そして、今、福島原発事故のレベルは6とランクされ、周辺地域の土地、海、野菜、牛乳、水道水などから放射性物質が検出された。原発から200q以上離れた東京の水道水からもヨウ素131が検出され、政府は乳児には飲ませないよう指示した。乳幼児を抱える家庭には急遽ペットボトルの水が配給されるという事態にまで立ち至っている。また、原発周辺4県で生産された野菜は出荷、摂取が制限された。「安全である」「健康にはただちに影響はない」と繰り返し言明してきたものが、ここまで来てしまったのである。

  政府の対応は、場当たり的であり、事態の後追いでしかない。
 何故このようなことになったのか?それは、政府がスリーマイル島原発事故(1979年)を契機に「原子力発電所等周辺の防災対策について」(1980年,以下、「防災指針」)を定め、東海村における臨界事故(1999年)の後に「原子力災害対策特別措置法」(1999年,以下、「原災法」)を制定して、原子力災害に備えてきたと言いながら、それはあくまで原発建設推進を前提としたものでしかなかったからである。

 「防災指針」、「原災法」の具体的記述、規定を見てみよう。「防災指針」では、「防災対策を重点的に充実すべき地域」(Emergency Planning Zone ,EPZ)を定め、「そこに重点を置いて原子力防災に特有な対策を講じておく」と記述しているが、そのEPZは、原発の場合は「(半径)約8〜10km」でしかない。つまり原発から20km、30km離れた地域にまでは原子力災害は及ばないという前提で「原子力防災」(?)を考えていたのである。こんな「防災指針」では今回のような原発震災に対応できるはずがない。「防災指針」では、「EPZのめやすは、原子力施設において十分な安全対策がなされているにもかかわらず、あえて技術的に起こり得ないような事態までを仮定し、十分な余裕を持って原子力施設からの距離を定めた」と堂々と(!)記述しているが、結果はこのザマである。原発推進ありきで、スリーマイル島もチェルノブイリも知ったことではなかったのである。

 「原災法」は、雑則、罰則も含めると全42条となる法律であるが、「緊急事態応急対策の実施等」を規定する条文は、第25条「原子力事業者の応急措置」、26条「緊急事態応急対策及びその実施責任」の2条しかない。「応急措置」は「原子力事業者防災業務計画の定めるところによ」るとしか規定されておらず(←電力会社まかせ)、「応急対策」についても、情報伝達、避難勧告・指示、情報収集、被災者救難・救助から食糧・医薬品等の物資の確保などを羅列的に規定しているに過ぎない。そして、実際の「防災計画」策定は自治体に委ねられるが、その自治体は政府と電力会社から「原発は安全」「事故は起らない」と散々吹き込まれている。そんな自治体が、過酷事故が起ることを想定した計画など策定するはずがなかった。

 現に、福島第一原発を抱える福島県・富岡町の「防災計画」では、「太平洋に面する大熊町、双葉町、富岡町、楢葉町沿岸部に立地する原子力発電所(福島第一原子力発電所、福島第二原子力発電所)については、国がその耐震安全性を確認しており、地震によって原子力災害が発生することはないと考えられるが、発電、送電が停止した場合、あるいは、送電施設が被災した場合には、首都圏への電力供給が停止され、国内外の社会経済活動に大きな混乱が引き起こされることも考えられる」としか記述していなかった。自らの町、住民の身に今回のような原発震災が降りかかってくるということなど全く想定せず、「首都圏」や「国内外の社会経済活動」の「大きな混乱」のことを心配するような内容となっていたのである。

 こうして大地震・津波の上に、原発事故(レベル6)による放射線被曝、地域汚染という災害に見舞われた自治体と住民は、被災者避難・救助に当たる「司令部機能」さえ喪失した中で、事態に対処せざるを得なくなった。国や電力会社の言うことを鵜呑みにしていては、地域も守れなければ、住民の生命・財産も守れないという事実に否応なく向き合うことになったのである。原発震災はまさに“権力災害”であり、利益追求のみに走る電力・原発資本によって引き起こされた“資本災害”に他ならない。

 3 原発廃絶、自治の強化で住民の生命を守る地域をつくろう

  原発事故は今も続いている。核燃料を冷やし、原発周辺地域の放射能汚染を低減させていくには何年、何十年もかかると予想されている。被災住民の方々が直ぐに住み慣れたもとの場所に戻れる保障はない。被災者は生命、財産だけでなく土地、ふるさととその文化までも奪われようとしている。このような原発震災は二度と起こさせてはならない。そのためには原発を廃絶するほかない。

  しかし、問われていることはそれだけではない。権力や強大な資本の言うことを鵜呑みにせず、あくまで住民、自治体が自ら考え、自らを守る政策を立案し、町づくりを進めていくことが必要だ。

 米国では、電力会社が自治体の協力を得て住民の避難計画を策定することが義務づけられているという。ニューヨーク州のショアハム原発、ニューハンプシャー州のシーブルック原発は、州政府が避難計画づくりに協力しなかったため、原発は完成したものの運転にいたらず結局廃炉となった。シーブルック原発は、隣接するマサチューセッツ州政府が「10万人以上の海水浴客を避難誘導することは不可能、電力会社の避難計画は浴びた放射能を洗い落とす施設を義務づけていない、身体障害者の避難対策を特別に配慮していない」という理由をあげて避難計画策定を拒否したため、廃炉に追い込まれたのである(山ア隆敏著『生き残れない「原子力防災計画」』p.52〜53)。「州の担当者は、『本当に事故が起こるかどうかという問題ではない。市民の安全は、最悪の事態を予測して準備すべき』と、地方自治の優先を重んじた」(同著)。

  このように自治を強化していかなければ、そこに生活する住民の生命を守っていくことはできないのである。私たちは、「国民保護計画」は住民の生命・財産を守らないことを明らかにし、軍民分離の町づくり、無防備平和条例実現の運動を進めてきた。そして、東北関東大震災の中で、政府の進めてきた「原子力防災計画」なるものがいかに無力で、住民を守らないものかを思い知らされた。今こそ、核と人類は共存できないという立場を押し出し、徹底した非核の町づくりに踏み出すときである。“非核三原則を守れ”だけではなく、いったん事故を起こせば広範囲に放射性物質を拡散させ、被害をもたらす原発は廃止させていかなければならない。

  政府は北朝鮮、中国等を「危険」と言い、「脅威」をあおって戦争態勢づくりを進めてきたが、一番危険であり、実際に住民に脅威・被害をもたらしたのは、政府・資本が口を極めて「安全」「大丈夫」と言っていた原発であった!この事実を多くの人びとに伝えていく必要がある。原発では、政府、原発関連資本、メディアは真実を隠し、ウソを言い続けてきた。安全保障も同じことだ。ウソを撒き散らす資本が電力会社等ではなく軍需産業・軍産複合体になっているだけの違いだ。
 今こそ、真実を明らかにし、自治を強化、住民の生命を守る町づくりを本格化させていこう。